歪で異物な出会いは突然に-1
「奏介、起きなさい!!」
——バサッ!
朝、俺が気持ち良く寝ていると、母に容赦無く布団を剥がされた。
「……っ、うるせえな……」
俺は顔を枕に押し付けたまま、掠れた声を出す。
「今何時だと思ってるの!?」
「……」
俺が布団を引っ張って戻そうとすると、母は更に声を張り上げた。
「もう7時過ぎてるわよ!」
「……は!?」
その一言で、一気に目が覚めた。俺はケータイを手に取り、時間を確認する。
……やべえ。思ったより寝てた。
俺は慌てて体を起こして、制服に着替える。
昨日はライブだった。終わってからも片付けに時間を取られて、帰るのが遅くなった。飯を食って風呂を済ませると、そのまま倒れるように寝落ちてしまった。
「……よし」
俺は学ランを羽織ると、急いでリビングに向かった。
*
食卓には、既に父が居た。新聞を読みながら、黙ってコーヒーを飲んでいる。
俺がパンを食べ始めると、母は呆れた様子で声を掛けてきた。
「あんたねえ……毎朝ギリギリじゃない。もっと早く起きなさいよ」
……出た、母の小言モード。
母の小言は、一度始まったらキリが無い。こうなったら、テキトーに聞き流すしか無い。
「……しょうがないだろ。昨日、夜までライブやってたんだから」
俺は目を合わせずに言うと、母はわざとらしく溜息をついた。
「ライブだの、ギターだの、何でも良いけど——」
「あんまりギターばっかにならないでよ?勉強だって、ちゃんとやってるの?」
「……やってるよ」
渋々答えると、母は俺をじっと見つめて言った。
「それに、友達もちゃんと作りなさいよ」
「……」
……俺は何も返事をしなかった。正確には、出来なかった、と言う方が正しいのかも知れない。
向かい側の父は、相変わらず新聞を読んだまま、何も言わない。ただ、一瞬だけこっちを見て、また紙面に視線を戻した。
「ライブライブで友達居ないとかやめてよ」
「わーってるよ」
俺は一気に牛乳を飲み込み、席を立つ。
——チッ。
玄関に向かう途中、思わず舌打ちが漏れた。
——“友達”、か。
……母は簡単に“友達作れ”って言うけどよ。
勉強なら、得意じゃなくても教科書を見れば何とかなる。でも、“友達の作り方”なんて誰も教えてくれない。“正しい人付き合いの仕方”も“上手な距離の掴み方”も、お手本なんか何も無い。……俺は、それがどうしても苦手だった。
人間関係という曖昧なモノに対して“ちゃんとしろ”って言われても、どうやって“ちゃんと”すりゃあ良いのか、俺にはよく分からない。
だから、俺は母にそう言われるのが億劫で仕方が無い。
……そんなくだらない事を考えながら、俺は足早に家を出た。
*
駅のホームに立つと、俺はすぐにイヤホンを耳に突っ込んだ。そして、ウォークマンの再生ボタンを押す。
——ギュイーン!
曲が始まった瞬間、歪んだギターの音が、俺の鼓膜をぶっ刺してくる。
——やっぱ、コレだ。
黒宴-kokuen-。
俺が昔からずっと聴いてるバンドだ。
重いのに、あり得ないぐらい速くて、どこか刺々しい音が、耳の中に鳴り響く。
小学生の頃、両親にねだって地元のホールで見た、あのライブ。
尖った衣装に身を包んだメンバー達が、爆音で客を圧倒する。まさに、音と視覚でぶん殴ってくるライブだった。
そんな中、俺は一際ド派手なギターに目を奪われた。人間のモノとは思えない超絶技巧に、俺は一瞬で釘付けになった。
ギタリストの矢神がお立ち台に立った瞬間、幼い俺はこう思った。
——俺も、矢神みたいになりたい。
矢神の激しいギソロに包まれると、周りの音が遠のいた。電車の揺れる音も、アナウンスも、乗客のざわつきも——全部どうでも良くなる。
彼らの音楽が流れている間だけ、世界は少しだけマシになる。
だから、俺はいつもこのバンドの曲を聴いている。
学校に着いても、俺はイヤホンを外さない。そのまま席に着いて、鞄を机の上に置いた。
周りでは、みんな喋っている。誰かが、会話をしながら笑っている。
……けど、俺には聞こえない。
「……ん?」
教科書を取り出して、ふと気づいた。
……数学の課題、やってねえ。
「……マジかよ」
俺は小さく呟いて、慌ててノートを開いた。
ホームルームまで、あと10分。俺はひたすら机に向かってペンを走らせる。
もちろん、音楽を聴いたまま。誰とも喋らずに必死で問題を解いた。
……これが、俺の日常だ。
周りに干渉し過ぎず、ギター以外は必要最低限だけこなす。それ以上でも、それ以下でもない。
通学中も、休み時間も、大好きな音楽とはずっと一緒。だけど、基本はいつも一人ぼっちだ。
昼休みも同じ。
イヤホンを付けたまま、俺は教室で毎日一人で弁当を食べる。
誰かと話す気も無いし、話し掛けられる気配も無い。
全く寂しくないと言ったら嘘になるが、それでも、変に誰かと馴れ合って、結局上手く距離感を掴めずに疎遠になるぐらいなら、これで良いと思っていた。
……自分でも、大分捻くれていると思う。
そんな捻くれた俺だけど。
こんな俺に、この後“あんな出来事”が起こるなんて、見当もついていなかった——。
■立花家
奏介、父、母の3人家族。
父は営業職、母は専業主婦で週に何回かはパートに出ている。
※本日より、週1〜2回の更新に変更させていただきます。
ゆっくりにはなりますが、1話1話丁寧に綴っていくので、引き続きよろしくお願いいたします。




