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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
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歪で異物な出会いは突然に-1

「奏介、起きなさい!!」


 ——バサッ!


 朝、俺が気持ち良く寝ていると、母に容赦無く布団を剥がされた。


「……っ、うるせえな……」


 俺は顔を枕に押し付けたまま、掠れた声を出す。


「今何時だと思ってるの!?」

「……」


 俺が布団を引っ張って戻そうとすると、母は更に声を張り上げた。


「もう7時過ぎてるわよ!」


「……は!?」


 その一言で、一気に目が覚めた。俺はケータイを手に取り、時間を確認する。


 ……やべえ。思ったより寝てた。


 俺は慌てて体を起こして、制服に着替える。

 昨日はライブだった。終わってからも片付けに時間を取られて、帰るのが遅くなった。飯を食って風呂を済ませると、そのまま倒れるように寝落ちてしまった。


「……よし」

俺は学ランを羽織ると、急いでリビングに向かった。


 *


 食卓には、既に父が居た。新聞を読みながら、黙ってコーヒーを飲んでいる。

 俺がパンを食べ始めると、母は呆れた様子で声を掛けてきた。


「あんたねえ……毎朝ギリギリじゃない。もっと早く起きなさいよ」


 ……出た、母の小言モード。

 母の小言は、一度始まったらキリが無い。こうなったら、テキトーに聞き流すしか無い。


「……しょうがないだろ。昨日、夜までライブやってたんだから」


 俺は目を合わせずに言うと、母はわざとらしく溜息をついた。


「ライブだの、ギターだの、何でも良いけど——」


「あんまりギターばっかにならないでよ?勉強だって、ちゃんとやってるの?」

「……やってるよ」


 渋々答えると、母は俺をじっと見つめて言った。


「それに、友達もちゃんと作りなさいよ」


「……」


 ……俺は何も返事をしなかった。正確には、出来なかった、と言う方が正しいのかも知れない。


 向かい側の父は、相変わらず新聞を読んだまま、何も言わない。ただ、一瞬だけこっちを見て、また紙面に視線を戻した。


「ライブライブで友達居ないとかやめてよ」

「わーってるよ」


 俺は一気に牛乳を飲み込み、席を立つ。


 ——チッ。


 玄関に向かう途中、思わず舌打ちが漏れた。


 ——“友達”、か。


 ……母は簡単に“友達作れ”って言うけどよ。


 勉強なら、得意じゃなくても教科書を見れば何とかなる。でも、“友達の作り方”なんて誰も教えてくれない。“正しい人付き合いの仕方”も“上手な距離の掴み方”も、お手本なんか何も無い。……俺は、それがどうしても苦手だった。

 人間関係という曖昧なモノに対して“ちゃんとしろ”って言われても、どうやって“ちゃんと”すりゃあ良いのか、俺にはよく分からない。


 だから、俺は母にそう言われるのが億劫で仕方が無い。


 ……そんなくだらない事を考えながら、俺は足早に家を出た。


 *


 駅のホームに立つと、俺はすぐにイヤホンを耳に突っ込んだ。そして、ウォークマンの再生ボタンを押す。


 ——ギュイーン!


 曲が始まった瞬間、歪んだギターの音が、俺の鼓膜をぶっ刺してくる。


 ——やっぱ、コレだ。


 黒宴-kokuen-。

 俺が昔からずっと聴いてるバンドだ。


 重いのに、あり得ないぐらい速くて、どこか刺々しい音が、耳の中に鳴り響く。


 小学生の頃、両親にねだって地元のホールで見た、あのライブ。

 尖った衣装に身を包んだメンバー達が、爆音で客を圧倒する。まさに、音と視覚でぶん殴ってくるライブだった。


 そんな中、俺は一際ド派手なギターに目を奪われた。人間のモノとは思えない超絶技巧に、俺は一瞬で釘付けになった。

 ギタリストの矢神(やがみ)がお立ち台に立った瞬間、幼い俺はこう思った。


 ——俺も、矢神(このヒト)みたいになりたい。


 矢神の激しいギソロに包まれると、周りの音が遠のいた。電車の揺れる音も、アナウンスも、乗客のざわつきも——全部どうでも良くなる。


 彼らの音楽が流れている間だけ、世界は少しだけマシになる。

 だから、俺はいつもこのバンドの曲を聴いている。



 学校に着いても、俺はイヤホンを外さない。そのまま席に着いて、鞄を机の上に置いた。

 周りでは、みんな喋っている。誰かが、会話をしながら笑っている。


 ……けど、俺には聞こえない。



「……ん?」

教科書を取り出して、ふと気づいた。


 ……数学の課題、やってねえ。


「……マジかよ」


 俺は小さく呟いて、慌ててノートを開いた。

 ホームルームまで、あと10分。俺はひたすら机に向かってペンを走らせる。

 もちろん、音楽を聴いたまま。誰とも喋らずに必死で問題を解いた。



 ……これが、俺の日常だ。


 周りに干渉し過ぎず、ギター以外は必要最低限だけこなす。それ以上でも、それ以下でもない。

 通学中も、休み時間も、大好きな音楽とはずっと一緒。だけど、基本はいつも一人ぼっちだ。



 昼休みも同じ。

 イヤホンを付けたまま、俺は教室で毎日一人で弁当を食べる。


 誰かと話す気も無いし、話し掛けられる気配も無い。

 全く寂しくないと言ったら嘘になるが、それでも、変に誰かと馴れ合って、結局上手く距離感を掴めずに疎遠になるぐらいなら、これで良いと思っていた。


 ……自分でも、大分捻くれていると思う。


 そんな捻くれた俺だけど。

 こんな俺に、この後“あんな出来事”が起こるなんて、見当もついていなかった——。

■立花家

奏介、父、母の3人家族。

父は営業職、母は専業主婦で週に何回かはパートに出ている。


※本日より、週1〜2回の更新に変更させていただきます。

ゆっくりにはなりますが、1話1話丁寧に綴っていくので、引き続きよろしくお願いいたします。

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