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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
6/22

黎明の音-3

「山村さん、立花さん、そろそろ……」

俺と山村がリハを続けていると、箱スタッフが声を掛けてきた。


 腕時計を見ると、18時ちょっと前。そろそろ開場時間だ。


「もうこんな時間か」

山村が言った。ギターを弾いていると、時間が過ぎるのは本当に早い。


 俺たちはスタッフに誘導され、楽屋で待機した。


 *


 開場時間になると、整理券番号の呼び出しが始まった。

 楽屋からは直接フロアの様子を見る事はできないが、壁越しに楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 俺たちのライブは、普通のライブとはちょっと違う。観客はほぼ山村の知り合いばかりで、年齢層は高め。客数は少ないが、ほぼ町内会みたいなものだ。


「あら、久し振り」

「最近、暖かくなって来たね」


 そんな世間話が、微かに耳に入る。この箱も、ライブハウスというより“集会所”に近い雰囲気だ。


 そして、俺は山村のサポートメンバー。俺だけ10代で少し浮いているが、それでもこの箱の空気は嫌いじゃなかった。


 *


「そろそろ行くか」

開演時間になり、山村が言った。


 その一言で、楽屋の空気が切り替わる。

 俺は小さく頷いて、ギターを構えて山村の後について行った。


 *


 先にステージに出たのは山村だ。彼が上手に立った瞬間、聞き慣れた拍手が起こった。


「智也ぁー!!」


 中から図太い、男の声が聞こえた。恐らく、山村の友人か何かだろう。

 山村はニッと笑って、軽く手を振った。


 続けて、俺もステージに出た。入ってすぐの下手側に立つと、客席の視線が一瞬だけこちらに向き、拍手が送られる。


 ——メインは山村。俺はサポート。


 ……頭では分かってる。

それでも、一瞬でも自分に目を向けられると、やはり嬉しくなってしまうモンだ。


 そんなことを思っていると、山村はマイクを取る。


「今日は来てくれてありがとう。山村 智也です。……で、こっちはサポートの奏介」


 俺は軽くお辞儀をして、客席を見た。


 客は案の定、オジサン、オバサンばっかり。立ってる人も、座ってる人もいる。みんなペットボトルや酒を片手に、肩の力を抜いて観ている。


「じゃあ、いつも通りゆるっとやります」


 山村はそれだけ言って、曲を流した。

 俺は手元に視線を落とし、ピックを構える。


 ——1曲目。


 有名な邦ロックのイントロを鳴らすと、フロアの空気が一気に動いた。

 リズムに乗って、体を揺らす人。拳を突き上げる人。楽しんでくれてるのがはっきり分かって、こっちも嬉しくなる。


 2曲目は、ジブリメドレー。と言っても、全部ロックアレンジだから、どの曲もテンポは超速い。

 分かりやすいメロディのおかげか、1曲目は知らなそうだった人も自然と笑顔になっていた。


「おっ、ラピュタじゃん!」

「何かかっけえ」


 そんな声が、どこからか聞こえた気がした。


 3曲目が終わる頃には、もう完全に“いつもの空気”になっていた。拍手も、掛け声も、全部が身内ノリで、どこか安心する。


 そして——4曲目。

 山村の低いベースが細かく唸った瞬間、さっきまでの空気が、がらっと変わった。


 ——『スペイン高速悪魔との死闘』。


 ぶっちゃけ、何の曲か分かってない人の方が多いだろう。正直、俺も洋楽はあまり詳しくない。これは、完全に山村の趣味だ。

 それでも、音の勢いだけは確実に伝わっている。


 Aメロは少しずつ、ギターを鳴らす。ベースの音を殺さないように、でもギターの存在感は消さない。ピッキングは正確に。


 俺は指板を見つめ、ひたすら弦を目で追う。長くて、しかも緩急が極端な曲だから、一際集中しないといけない。


 遅いフレーズは、慌てずしっかりと。休むところは、ちゃんと休む。


 そして——。


 ——今だ!


 俺は隙間に滑り込むように、ギターを走らせた。

 ほんの僅かなフレーズだけど、速く、鋭く、迷い無く。



 フロアが、一瞬静まる。

 誰かがすうっと、息を呑んだ気配がした。


 ……うん、良い。


 曲を知ってるとか、知らないとか、どうでも良い。ただ、俺の音が“ちゃんと届いてる”なら、それだけで十分だ。


 曲が終わると、少し遅れて拍手が起こった。

「いいねえ」

山村がこっちを見て笑う。


 そして、そのまま最後の曲に入った。


 最後の曲はオリジナルのインスト曲。山村が作った曲だが、俺も少しだけ弄らせて貰ったことがある。

 BPM150の、ちょっと速いけど弾きやすい曲。メタルが好きな俺の、お気に入りの曲だ。


 山村のベースも、打ち込みのドラムも粒が細かくて疾走感がある。

 さっきのスペイン高速悪魔と違って、休む暇は無い。


 途中、打ち込みのドラムだけのパートに入った。

 そして、それが終わると——。


「ギターソロ、奏介!」


 山村の掛け声が響いた。


 俺は一瞬だけ呼吸を整えて、ステージの最前線に躍り出る。

 全員の視線が、一気に集まった。


 そして、俺は得意なフレーズを目にも止まらぬ速さで弾く。

 意識せずとも、指が勝手に素早く動いた。

 

「凄え……」


 一番近くに居たオッサンが、ポロリと零した。隣のオバサンも、ぽかんと口を開けたまま、思わず手を口に当てて固まっている。


 ……俺はそれを見逃さなかった。


 ——今だけは、俺のターンだ。


 音を出している間だけは、ちゃんとここに居て良い気がした。

 大好きなギターを、思う存分弾けて。それを、ちゃんと見てくれる人が居る。

 ……それが、どうしようもなく気持ち良い。


 ここは、俺が“俺らしく居られる場所”——心からそう思った。


 *


 最後の音を鳴らし切ると、拍手が起きた。さっきより、明らかに大きかった。


 その音を浴びながら、俺は思った。


 ——いつか、俺は。サポートじゃなく、ここに立ちたい。


 プロになりたい。ギターで生きていきたい。


 昔からずっと思い描いている夢だ。

 それでも、ステージに立つ度に、その想いは強くなる。

そう言えば本日2/15はカルマこと奏介の誕生日という裏設定があります(前々回の後書きにもさり気なく書いています)。めでたいめでたい。

ちゃんと意味があってこの誕生日にしたので、もし良ければ、これから作品を読み進めながら由来について考察していただけると嬉しいです。

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