黎明の音-2
チャイムが鳴ると、待ちに待った放課後が訪れた。
「あー、疲れた~」
「今日の日本史、難しすぎだろ」
さっきまでの張り詰めた空気が嘘みたいに消え、教室には色んな喋り声が響いた。
そして、みんな一斉に各々の行き先へ向かう。
俺は教室の後ろに立てかけていたギターケースを引き寄せ、肩に掛けた。
「お前、これから部活?」
「そうなんだよ~」
「頑張れよ。じゃあまたな」
そんな声が飛び交う中、俺はお構いなく、誰とも話さずに学校を出た。
校門を抜けると、肩の力がほんの少し抜けた。重たいギターを背負ってるはずなのに、なぜだか学校を抜けた途端に軽く感じる。
いつの間にか足取りも軽くなり、気が付けば最寄り駅まで走って向かっていた。
*
電車に乗ること、約10分。俺は博多駅で降りた。
ここの駅は改札を抜けると、いつも通り一気に賑やかになる。九州の中心地なだけあって構内は広く、人通りも多い。
だが今は工事中で、あちこちに仮囲いが立ち、外では工事音が響いているせいか、どこか落ち着かない。
それでも、俺はここに来るといつも不思議と気分が浮き立つ。
俺は博多で生まれ育った。だからなのか、見慣れた駅が姿を変えていくのは少し寂しいけれど、この駅も、この街も嫌いじゃない。
俺は人波を搔き分け、筑紫口に向かった。
*
筑紫口を出て、暫く歩くと見慣れた看板が目に入った。
繁華街から少し外れた所にある、小さな建物。——そう、ここは俺の行きつけのライブハウスだ。
急な階段を一歩ずつ下り、分厚いドアを開けると、中からベースの音が聴こえた。
低くて、腹に響く音。ここじゃないと、絶対に聴けない音だ。
中は薄暗くて、少しだけ埃っぽい。古い箱のせいか、いつ来ても独特の臭いが鼻につく。
俺はドアを閉め、ステージの方に向かった。
「お、来たか」
声を掛けられて顔を上げると、ステージの脇でベースを構えている男が居た。
彼の名前は山村 智也。俺の父の友人で、この箱の常連だ。
「お疲れ様です」
俺がそう言うと、山村は軽く頷いた。
「早いな。学校終わったとこか?」
「はい」
俺はそう返事をしながら、ギターケースを下ろし、ファスナーを開けた。
中から現れたのは、綺麗な紫色のエレキギター。何年か前に、初めて父に買って貰った自慢の“相棒”だ。
俺はギターを肩に掛け、チューナーを取り付けた。
ペグを少しずつ回すと、弦が僅かに軋む音がする。耳に意識を集中させて、Eの音を探した。
——ジャーン。
「お、良いじゃん」
俺が音を鳴らすと、山村が言った。
「ありがとうございます」
山村に褒められる度、俺は少しだけ嬉しくなる。
——ジャジャジャーン。ジャジャジャ……。
俺は得意なフレーズを軽く鳴らしてみた。
……うん、悪くない。今日も“相棒”は機嫌が良い。
「じゃあ、いつもの曲で合わせてみるか」
ウォーミングアップを終えると、山村が声を掛けてきた。
そして、彼の合図で、俺は弦を鳴らした。
俺のギターと山村のベースが重なり、分厚い一つの音となる。
それが気持ち良くて、俺は無意識のうちに自然と顔が綻んできた。
■山村 智也
【年齢】40代前半
【職業】楽器屋店長、ベーシスト
【備考】彼が個人で経営している「山村楽器」は、奏介の行きつけの楽器屋。
山村楽器の名前の由来は、YAMA〇A+〇村楽器です()




