連関は境界を結ぶ共鳴か-3
「おい、お前……マジで言ってんのか」
「マジだよ」
俺が目を見開いて黒田に問うと、黒田はにっこりと笑って言った。
「お前、ライブとか行った事あんのかよ」
「あるよー」
「いつからだ」
「3年前ぐらいかな。ホントは武道館も行ってみたかったんだけど、俺が知った時はもうとっくに武道館終わってて……もっと早く知りたかったな。でも、毎年ツアーは行ってるよ」
「マジかよ……」
俺はただ、きょとんとするばかりだった。
俺だって、毎年黒宴のライブは必ず行っている。初めて行った時は親と一緒だったが、その次の年からは、一緒に行くような奴なんか居る訳が無くて、いつも一人で行っていた。
……あの会場のどこかに、黒田が居た。
そう考えると、不思議な気分になって来る。
自分以外の客なんて、どうでも良い。ライブハウスでも、ホールでも、俺の隣に誰が来ようが、いちいち気にする訳が無い。
けれど、同じ照明の下で、同じ音を浴びて、同じ感動を味わっていた奴が、教室のすぐ隣の席に居たのかも知れない。
そう思うと、学校で丸眼鏡を掛けて座っている黒田の輪郭が、少しだけ違って見える気がした。
でも、今はそんな事よりも、黒田が俺と同じバンドのファンであった事に、ただただ興味を刺激されていた。
「じゃあ、聴くけどよ。どの曲が好きなんだ」
俺が続けて質問をすると、黒田は「待ってました」と言わんばかりに目を輝かせた。
「そりゃあ『罪の毒牙』だよ。あの曲、2番のサビの後が好きなんだよね。京真さんのベースが綺麗でさ」
「……なかなかクセが強い曲が好きなんだな」
「いやあ、そりゃ俺だってベーシストの端くれだもん」
すると黒田は、急に早口になった。
「サビが終わった後にベースソロがあるのも良いよね。ベースって、“リズム隊”って言われるだけあって、あんまり目立たないイメージあるけどさ。あそこでソロ入れてくれたのもそうだけど、この曲はしっかりベースの音に一音一音重みがあって、ベースの重要性が分かるから好きなんだ」
「“ベースの重要性”、な」
……そこを、聴いていたのか。
ギタリストの俺にとって、黒田の視点は全く新鮮なモノだった。
俺はいつも、新曲を聴く時はついついギターに耳がいってしまう。派手なギターほど目立つし、正直、ギターはボーカルに次ぐ“第二の花形”と思っていた。だからこそ、ギターを弾かない奴からしても、大体耳を傾けるのはボーカルかギターだけだろうとすら思っていた。
けど、黒田は違う。黒田はきちんと“ベーシストの耳”で聴いている。俺が取り溢した音を、こいつはちゃんと拾っている。
――こいつ、“ちゃんと聴いてる”な。
「おう、奏介じゃないか」
俺達が話していると、レジの奥の扉がガチャリと開いて、山村が現れた。
「あ、店長!」
「どうしたんだ、お前ら。随分と仲が良いみたいじゃないか」
山村がそう言うと、黒田は一部始終を伝えた。
「そうか。奏介と黒田が同じ高校なのは知っていたが、まさかクラスメイトだったとはな」
「そうなんですよ〜。でも立花君って全っ然、学校で自分の事話してくれなくて。立花君が店長のサポメンって事も、初めて知りました」
「そうなのか、奏介」
「……」
俺が少し下を向くと、山村は「ふうん」と言って続けた。
「まあでも、奏介は結構ライブ出てるぞ。この前なんか、若手の対バンに出てたぐらいだ」
すると黒田は一気に声を明るくして、俺の方を向いた。
「そうなの!? 立花君!?」
「ま、まあな……」
俺は何て答えれば良いのか分からず、しどろもどろな返答をしてしまった。その代わり、山村は勝手に俺の話を続けた。
「そうだぞ。自分で曲作って、1人でステージ立ったんだ」
「え、凄い! 立花君!」
黒田の真っ直ぐな声にに耐え切れず、俺は横目で山村に“喋りすぎだ”という視線を送った。
「そう言うお前はどうなんだよ」
俺は黒田達の話を遮るように尋ねた。
すると、その瞬間、さっきまであんなに弾んでいた黒田の声が少し落ちた。
「……俺は、家で弾くだけで、立花君みたいに人前で弾いた事は無いな。軽音部があれば入ってみたかったけど、ウチって軽音部無いからさ……」
そう言ってから、黒田は俯いて続けた。
「ホントは俺だって、立花君みたいに誰かの前で弾いてみたい気持ちはあるよ。でも、どうしても1人だとなかなか行動に移せなくて。だから、立花君がちょっと羨ましかったんだ」
「そうか……」
俺は何と返せば良いのか分からず、言葉を詰まらせた。
黒田の言葉は、もちろん意外だった。いつも歴史かアニメの事ばかり話してるような奴が、本当はステージに立ってみたいだなんて、思いも寄らなかった。
でも、俺は親父の繋がりで普段から山村のサポートをやっている。一人で対バンに出たのも、自分が出たかったから出てみただけだ。
……いつの間にか、俺にとってライブハウスに行くのは当たり前のようなモンになっていた。学校が終わって、ギターケースを背負って、電車に乗って、いつもの箱に入る。それはもはや特別な事ではなく、俺の生活の一部になっていた。
だから、黒田に羨ましいがられるとは微塵も思っていなかった。
でも、そんな事を黒田にそのままぶつけるのも違う気がした。
俺は何とか気の利いた台詞を言おうとしたが、何も言葉が出て来ず、結局黙りこくってしまった。
「……」
俺達の声が途切れると、急に店内が静かになった。ついさっきまで黒宴の話で盛り上がっていたのが、嘘みたいだった。冷房のガンガンという低い音と、外から入り込んでくる蝉の声だけが店内に響いていた。
その沈黙の中で、山村だけが俺と黒田を交互に見ていた。俺をちらりと見て、黒田の方をちらり。かと思いきや、また俺の方へ視線を戻す。
……何だよ、山村。
俺がそう思ったところで、山村が口を開いた。
「じゃあ、お前ら2人でやれば良いんじゃないか?」
「……は?」
俺達は顔を見合わせた。
……俺が、黒田、と……?
「奏介がギターで、黒田がベースならピッタリじゃないか。1人で無理なら、2人でやれば良い。簡単な話じゃないか」
「まあ、な……」
「しかも、お前ら、クラスメイトなんだろ?」
「そうは言ってもよ……」
俺は頭の整理が追い付かなかった。
さっきまで“ただのクラスメイト”だと思っていた黒田が、今日初めて黒田がベースを弾くと知って、しかも黒宴まで好きだと知ったばかりだ。それなのに、今度はその黒田と一緒に組むだなんて、急展開すぎてついていけなかった。
黒田のベースなんて、まだ事すら無い。
それは、黒田も同じだった。黒田だって、俺のギターをちゃんと聴いた事が無い。
それなのに、山村はまるで、ギターとベースがあればもう始められるだろう、とでも言いたげだった。
「……そう言えばさ」
突然、黒田が何かを思い出したかのように口を開いた。
「HR委員長が、有志のステージの出演者募集してたよね」
「……ああ、そんなん言ってたっけ」
俺達の高校では、10月に2日間文化祭がある。そして、2日目の最後に“後夜祭”と称して有志のステージが行われる。確か、去年はダンスだったり、お笑いライブだったりがあったような。
言われてみれば、夏休み前に、“委員長”と呼ばれている女子がHRで有志を募集するだの何だの言っていたような気がする。俺は適当に聞き流していたから、詳しい事までは覚えてないのだが。
……黒田が今、それを持ち出したという事は……。
「なら、2人で出れば良いじゃないか」
山村が言った。
やっぱりか。
「学校の文化祭なら、ハードル低いだろ。黒田だって、いきなり奏介みたいに箱でやるよりかは、そっちの方がやりやすいんじゃないか?」
「……確かに、そうですね」
黒田が答えると、山村が俺にも尋ねて来た。
「奏介もそう思うだろ?」
山村にそう振られて、俺はすぐには答えることが出来なかった。
――学校の文化祭なら、ハードルが低い?
山村はそう言うが、俺にはその感覚がイマイチ分からない。
ライブハウスなら、そこに居る奴らはちゃんと、俺の音を聴きに来ている。目当てが俺じゃなくても、ステージに立つ人間が何をしに来ているのかぐらいは、ちゃんと分かっている。
けれど、学校は違う。文化祭なんて、騒ぎたい奴が騒いで、冷やかしたい奴が冷やかすような場所だ。ちゃんと音を聴いてくれるような奴が、どこに居るのか、はたまた本当に居るのかどうかすら分からない。むしろ、俺がギターを弾く姿を見て、後から教室で何か言ってくる奴だって居るかも知れない。
「……立花君は、やっぱり嫌、かな……?」
俺が視線を反らしていると、黒田が俺の顔色を伺うように聞いてきた。
「……嫌っつーか……」
本当に嫌なのかと言われたら、きっぱり嫌と断言出来る程ではない。ただ、いつもと違うステージだからこそ、怖い気持ちがあった。そして何より、“ライブハウスの自分”と“学校の自分”を完全に切り離していた俺にとって、その境界線が曖昧に混ざるのは少し抵抗があった。
「でもさ」
黒田が、少し迷うように言った。
「やっぱり俺、出てみたい。立花君みたいにちゃんと人前で弾ける訳じゃないけど、1回ぐらい、誰かの前で弾いてみたいんだ」
「……」
その声は、さっきまで黒宴の話で早口になっていた時とはまるで違っていた。
「それに――立花君だからこそ、やってみたいと思った。俺、立花君のギター聴きたいし、立花君と合わせたらどうなるか、試してみたい」
――俺、だからこそ?
「……俺とやっても、楽しいとは限んねえぞ」
「……え?」
「俺って面倒臭いし。ズレたら普通に文句言うかも知んねえ。……文化祭で楽しくやろうぜ、みたいなノリは出来ねえかも知んないぞ」
「それでも良い」
黒田は、あっさりと答えた。それどころか、むしろ俺の返事を待っているかのような眼差しで、俺をじっと見つめて来た。
学校で弾くのは、少し抵抗がある。何も知らないクラスの奴らに見られるのも、気に入らない。
けれど――俺だって、黒田のベースがどんななのか、気にならない言えば嘘になる。俺と同じバンドを見て育った奴が、どんな音を鳴らすのか。そんなの、気にならないはずが無かった。
俺は山村の方に視線をやったが、山村は何も言わなかった。
ただ、店内で冷房の低い音がして、店の外から蝉の声が微かに聞こえる。レジの上に置いた紫のピックだけが、俺に何かを訴えるかのように、やたらと鮮やかに見えた。
俺はハアッと溜息をついた。
「……やるなら、半端なのは許さねえからな」
俺は手元にあったピックを指で寄せながら答えた。
「もちろん。俺、ちゃんと練習する」
黒田の声が、少し弾んだ。
「言ったな」
俺はピックを手にしたまま、確かめるように言った。
山村は、黙ったままくるりと背を向けて、手をひらひらとさせながら店の奥に戻って行った。
「じゃあ、やるぞ」
俺は黒田の目を見て、きっぱりと言った。
……母のお遣いのついでに、ピックを買いに来ただけなのに。それなのに、山村楽器に黒田がいて、そいつはベースを弾いていて、しかも黒宴が好きで。挙句の果てには、同じステージに立つ話になるとは、思いも寄らなかった。
握った紫のピックを見ると、さっきより少しだけ違う色に見えた。
この時の俺はまだ、この“始まり”が、どこまで俺達の音を連れて行くのか——まだ見当もつかなかった。
次回の更新までかなり日が空いてしまうかも知れません…。申し訳ございません。
それでもしっかり彼らのお話を綴っていくので、ゆっくりお待ちいただけますと幸いです。




