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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
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24/26

迷える音色は闇夜の調べ-8

 響はその後も何曲か続けた。


 どの曲も、俺が想像していた“全国レベルの超絶技巧”とは、少し違った。けれど、どの曲にも客が入るための“隙間”があって、“響と客”で完成形に向かっていく。そして、一番美味しいところで、遊び心満載のギターソロを見せつけて来るスタンスは変わらなかった。


 ……そんな“型”のようなモノにハマっているはずなのに、どの曲も1つとして同じではない。聴く度に、客席の声や手拍子を吸い込んで、大きな“花”が開く景色が何度も見えた。




「ありがとうございました!」

最後の曲が終わると、会場が一斉にお得意の“響コール”を始めた。


「響―!」

「響―!」

「響響―!!」


 響は“もっと寄越せ”と言わんばかりに、またしても両手で手招きするような仕草をした。フロアはそれに応えるように、更に大きな声で響コールをする。


 響はご満悦の様子でフロアを暫く見渡してから、マイクを手に取った。


「コールもありがとうございます! 今月20日にワンマンもやるので、もし良かったら来てください!」


 ……何ちゃっかり宣伝してんだよ。


 俺は少し呆れて、心の中でそうツッコんだ。すると響は、この距離からそんな“俺一人”のツッコミまでを見透かしたように、分かりやすく俺の方を向いてグッドサインをした。


 ……こっち見んな。


 俺は奴と目を合わせる事ができず、ついそっぽを向いてしまった。


 *


 響のステージの後、出演者全員がステージに呼ばれ、簡単な挨拶をした。一人一人軽くコメントを残してから、客席に向かって礼をする。


 ……その間も、俺は響のステージの余韻をうまく振り払えなかった。


 終演後、楽屋で出演者とスタッフ同士での挨拶が終わると、真っ先に響が話し掛けて来た。


「奏介、お疲れ。改めてだけど、今日のギター、ホント良かったよ」

「……」


 俺は、またしても目を逸らしてしまった。……別に、褒められて嬉しくない訳でもないけれど、やはり素直に喜べない。何より、さっきの響のステージを見た後だと、どうしても自分の演奏が薄っぺらく思えたのだ。


「……お前の方が凄かったに決まってんだろ」

そう呟いて俯くと、響は相変わらずの調子で言った。

「まあ、そりゃ全国だから。……なんてね」

「よく言うよ」

俺はギターをケースに仕舞いながら呆れてしまった。


「でも、奏介の曲が良かったのも本当だから」

そう言われた途端、俺は眉間にシワを寄せたまま、ギロッと睨み返した。

「……どこがだよ」

すると響は“やれやれ”といった態度で「ハァ」と溜息をついた。


「奏介はさ、自分に自信無さすぎ。聴き手(こっち)が“良かった”って言ってんだから、もっと素直に喜べよ」

「そう言われてもよ」


 そう言われても——どこが“良かった”んだか分かんねえから、しょうがないだろ。


 俺が不服そうにしていると、響は「仕方無いなあ」と言って続けた。

「奏介の曲ってさ、ちゃんと自分で考えて作った感じがしたんだよね」

「……どういう事だよ。……オリ曲限定なんだから、自分で作って当たり前——」

「いや、そうじゃない」


 響はいつにない真剣な目つきで俺の言葉を遮った。


「奏介の曲は、誰かの音をそのままなぞってる感じがしなかった。だから良かったんだよ」


「……そこを見てたのか」


 俺はボソリと独り言を零したが、響は構わず続ける。


「黒宴が好きって言ってたから、もっとそれっぽい曲やるのかと思ってた。でも、全然違った。シンフォニック系が来るのかと思いきや、そうじゃなかった」

「……」


 俺はふと、開演した時の響の言葉を思い出した。


 ——““好きな音”があっても、それを真似する感じじゃ駄目なんだよ。……結局、どっかの二番煎じになって、“自分の音”じゃなくなる”


「1から構築したからこそ、頑張って自力で作った感じが、ちゃんと伝わってきた」


 そう言われた瞬間、俺はギターケースの留め具に掛けていた指を止めた。


 ——“頑張って、自力で作った感じ”?

 何でもないように聴こえる言葉なのに、何故かそこだけが耳に残った。


 ……俺が、どんだけ曲作りに躓いたか。何度聴き直しても違う気がして、打ち込みを組み替えて、ギターのフレーズも直して——どんだけ手を尽くしてもまだ何かが足りなくて、また最初から作り直した事。


 ……そんな事、俺は(コイツ)には一言も言っていない。

 なのに、響はそれを見透かしたみたいに言ってくる。


 ——そういう所がムカつくんだよ、クソが。


 でも、響の言っている事は完全に外れてる訳でもない。……だからこそ、余計に腹が立った。


「……別に、そこまで考えてねえよ」

俺はケースの留め具を乱暴に閉めながら、そう返した。


 ……嘘つけ。


 本当は、嫌になる程考えたクセに。けれど、今ここでそれを認めるのは、何となく響に負けたみたいに感じるから、もっと嫌だった。


 けれど、口だけは正直に、勝手に動いてしまった。


「ただ、黒宴の真似をするのは違うとは思っていた。あの人らの音は、あの人らおモンだろ。……パクリみてえになんのも嫌だし」

そう言ってから、少しだけしまったと思った。


 ……何でわざわざ説明してんだよ、俺。


 けれど響はそんな俺をよそに、嬉しそうに笑った。

「そういう所だよ。そういう所が良かったって言ってんの」

「……」

「あとさっきも言ったけど、ギソロも凄かった」

「……本当かよ」

俺は訝しげに響の顔を覗き込むと、響は逆にこちらをじっと見てきた。


「当たり前だろ。あの早業、どうやって出すんだよ。……やっぱ、たくさん練習したんだろ?」


 俺は一瞬、唾を飲んだ。


 速いフレーズを弾く為に、何度も同じ場所を繰り返した。指が追い付かなくてイラついて、やり直し。いけたと思えば思ったよりも音が汚くて、またやり直し。


 ——今日まで、そんな毎日を繰り返して来た。


 だからこそ、それを見抜いたみたいに言われると、どう返せば良いのか分からない。

 やはり素直に嬉しいと認めるには、俺にはまだ少しだけ勇気が必要だった。


「……まあ、練習は……した」

結局、返答に困ってそれだけ言うのが精一杯だった。


「だろうな。あれは練習してないと出ないだろ」

「何だよ、偉そうに。……知ったような事言いやがって」

「別に良いだろ」

「良くねえよ」


 そう返したものの、声にはさっき程の棘が乗らなかった。

 一方響は、悪びれもせずに笑っている。


 ……そんな奴の態度が、また少しムカついた。けれど、奴の言い分を完全に否定する気にもなれなかった。俺がずっとミスばかり見ていた間に、響は俺が積み上げていたモノを見ていた。……まあ、それを認めるのは、やっぱ癪なんだけどよ。


 でも——そう言われて、ほんの少しだけ胸の奥の引っ掛かりが緩んだのも事実だった。


「……まあ、ありがとよ」

俺はほとんど聞こえないぐらいの声で言った。

「ん?何か言ったか?」

「何でもねえよ」

響がすかさず聞き返してきたので、俺はすぐに誤魔化した。これ以上、何かを言うと余計に変な事まで口走りそうだった。



「俺さ、弾いた瞬間に“そいつだ”って分かる音が好きなんだよね」

響はふと、何かを思い出したように言った。

「上手いだけの曲っていっぱいあるじゃん。速いとか、難しいとか、音が綺麗とか……。そういうのも普通に凄いんだけどさ」

響は遠い場所を見るような目で、僅かに声音を強めて続ける。

「でも、たまにあるんだよ。誰が作ったか一発で分かるやつ」

「……“自分の音”ってヤツか」

俺が尋ねると、響はニッコリと微笑んだ。

「そうそう。……ああいうの、カッコいいよな」


「……“自分の音”、ねえ」


 そう呟いた瞬間、俺の頭に浮かんだのは矢神だった。


 この前買った、あのアルバム。あの人にしか出せない音で、どれだけ似たようなバンドが居ても、絶対に埋もれる事の無い音。

 ——あの人の音こそ、響の言う“誰が作ったか一発で分かる”音だ。


「……ああ。俺も、そういう音を目指したい」

気付けば、そう口にしていた。それを口にした瞬間、俺の心に生えていた棘が、ほんの少しだけ削がれたような気がした。



 だが、口ではそうは言ったものの——俺は、まだ“それ”を手に入れていない気がした。


 矢神は勿論、“矢神の音”を持っている。

 響の曲は、普通っぽいのに、どこか遊び心があるし、客が入って“完成形”になる。あれが、奴にしか出せないと言うのなら——あれが、もしかしたら“響の音”なのかも知れない。


 ……なら、俺はどうだ?


 “俺の音”は、あるのかどうか。

 響は“ちゃんと作った感じがした”と言っていたが、それだけでは“俺の音”が存在している証明にはならない。自分の曲を聴いたとしても、響の言うような“俺が作ったと一発で分かる”——つまり、俺の“個性”がある気がしなかった。


 だったら——どうやったら“自分の音”が出せるのか。

 そもそも、“誰が作ったか一発で分かる”ような個性とは、何なのか。


 ……そんなの、未熟な俺には分かるはずがなかったし、響に聞き返す勇気も無かった。




「そういえばさ」

俺があれこれ考えていると、響はポケットからケータイを取り出して言った。

「奏介、メアド教えてよ」

「何でだよ」

「せっかくだし、良いだろ。また対バンで一緒になるかも知んねえし、ギター仲間ってなかなか居ないからさ」

「……」


 俺が黙って考え込んでいると、響は「別に良いだろ」と頼むような目で覗いてきた。


「それに、同じ高校生であそこまで弾く奴、あんま居ないから」


 ……そう言われると、断る理由が無かった。


 いや、本当はそう言われて少し嬉しかったのかも知れない。けれど、それを認めるとやはり腹が立ってしまいそうで、素直に顔に出せなかった。……そんな俺は、やはり天邪鬼なのかも知れない。


「……まあ、減るモンじゃねえし」

「よっしゃ」


 俺が渋々ケータイを取り出すと、響は嬉しそうに笑った。

 こうして俺達は、互いに連絡先を交換して別れた。


 *


「おう、奏介」

楽屋を出ると、山村が煙草を吸って待っていた。

「お疲れ様です」

「そっちこそお疲れ。奏介、よく弾けてたじゃねえか」

「ありがとうございます。……まあ、ちょっとミスったんですけど」

「ミスなんざ誰でもする。それを次に繋げるんだ」

そう言って山村はポンと俺の肩を叩いた。


 俺はここで、さっき響と交わした会話を山村に伝える事にした。


「……さっき、響が言ってたんですけど。響、“誰が作ったか一発で分かる音が好き”って」

「ほう」

俺が切り出すと、山村は煙草を持つ手を止めた。


「“自分の音”を手に入れたい、みたいな話をしたんですけど……それって結局、個性って事ですよね」


 俺はそう伝えたが、山村はすぐには答えなかった。

 山村はもう一度煙草を口に咥えると、暫く暗くなった夜の通りを見つめた。


「……さあな。でも、“自分の音”っていうのは、そう簡単な話じゃないぞ」

「……そう、なんですか」


 俺は山村の言葉が分からず、つい曖昧に返事をしてしまった。


 響と話した時は、“自分の音”なんて、“誰かに似ていない音”の事だと思っていた。端的に言えば、誰が作ったか一発で分かるような、分かりやすい“個性”の事だと。


 けれど山村の一言で、その輪郭はまた迷うようにぼやけていく。


 “そう簡単な話じゃない”——この言葉だけが、暗い夜の闇に、濃い影を落としていくようだった。

「迷える音色は闇夜の調べ」は、ひとまずここでおしまいです!長くなってしまいましたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

次回からは別のお話がスタートしますので、引き続き、奏介の成長を見守っていただけると嬉しいです。


……と、その前に!久し振りに活動報告を更新させる予定です!

活動報告では『業を鳴らす』にまつわる、お伝えしたい裏話がたくさんあるので、そちらの方もよろしくお願いいたします!!

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