迷える音色は闇夜の調べ-8
響はその後も何曲か続けた。
どの曲も、俺が想像していた“全国レベルの超絶技巧”とは、少し違った。けれど、どの曲にも客が入るための“隙間”があって、“響と客”で完成形に向かっていく。そして、一番美味しいところで、遊び心満載のギターソロを見せつけて来るスタンスは変わらなかった。
……そんな“型”のようなモノにハマっているはずなのに、どの曲も1つとして同じではない。聴く度に、客席の声や手拍子を吸い込んで、大きな“花”が開く景色が何度も見えた。
「ありがとうございました!」
最後の曲が終わると、会場が一斉にお得意の“響コール”を始めた。
「響―!」
「響―!」
「響響―!!」
響は“もっと寄越せ”と言わんばかりに、またしても両手で手招きするような仕草をした。フロアはそれに応えるように、更に大きな声で響コールをする。
響はご満悦の様子でフロアを暫く見渡してから、マイクを手に取った。
「コールもありがとうございます! 今月20日にワンマンもやるので、もし良かったら来てください!」
……何ちゃっかり宣伝してんだよ。
俺は少し呆れて、心の中でそうツッコんだ。すると響は、この距離からそんな“俺一人”のツッコミまでを見透かしたように、分かりやすく俺の方を向いてグッドサインをした。
……こっち見んな。
俺は奴と目を合わせる事ができず、ついそっぽを向いてしまった。
*
響のステージの後、出演者全員がステージに呼ばれ、簡単な挨拶をした。一人一人軽くコメントを残してから、客席に向かって礼をする。
……その間も、俺は響のステージの余韻をうまく振り払えなかった。
終演後、楽屋で出演者とスタッフ同士での挨拶が終わると、真っ先に響が話し掛けて来た。
「奏介、お疲れ。改めてだけど、今日のギター、ホント良かったよ」
「……」
俺は、またしても目を逸らしてしまった。……別に、褒められて嬉しくない訳でもないけれど、やはり素直に喜べない。何より、さっきの響のステージを見た後だと、どうしても自分の演奏が薄っぺらく思えたのだ。
「……お前の方が凄かったに決まってんだろ」
そう呟いて俯くと、響は相変わらずの調子で言った。
「まあ、そりゃ全国だから。……なんてね」
「よく言うよ」
俺はギターをケースに仕舞いながら呆れてしまった。
「でも、奏介の曲が良かったのも本当だから」
そう言われた途端、俺は眉間にシワを寄せたまま、ギロッと睨み返した。
「……どこがだよ」
すると響は“やれやれ”といった態度で「ハァ」と溜息をついた。
「奏介はさ、自分に自信無さすぎ。聴き手が“良かった”って言ってんだから、もっと素直に喜べよ」
「そう言われてもよ」
そう言われても——どこが“良かった”んだか分かんねえから、しょうがないだろ。
俺が不服そうにしていると、響は「仕方無いなあ」と言って続けた。
「奏介の曲ってさ、ちゃんと自分で考えて作った感じがしたんだよね」
「……どういう事だよ。……オリ曲限定なんだから、自分で作って当たり前——」
「いや、そうじゃない」
響はいつにない真剣な目つきで俺の言葉を遮った。
「奏介の曲は、誰かの音をそのままなぞってる感じがしなかった。だから良かったんだよ」
「……そこを見てたのか」
俺はボソリと独り言を零したが、響は構わず続ける。
「黒宴が好きって言ってたから、もっとそれっぽい曲やるのかと思ってた。でも、全然違った。シンフォニック系が来るのかと思いきや、そうじゃなかった」
「……」
俺はふと、開演した時の響の言葉を思い出した。
——““好きな音”があっても、それを真似する感じじゃ駄目なんだよ。……結局、どっかの二番煎じになって、“自分の音”じゃなくなる”
「1から構築したからこそ、頑張って自力で作った感じが、ちゃんと伝わってきた」
そう言われた瞬間、俺はギターケースの留め具に掛けていた指を止めた。
——“頑張って、自力で作った感じ”?
何でもないように聴こえる言葉なのに、何故かそこだけが耳に残った。
……俺が、どんだけ曲作りに躓いたか。何度聴き直しても違う気がして、打ち込みを組み替えて、ギターのフレーズも直して——どんだけ手を尽くしてもまだ何かが足りなくて、また最初から作り直した事。
……そんな事、俺は響には一言も言っていない。
なのに、響はそれを見透かしたみたいに言ってくる。
——そういう所がムカつくんだよ、クソが。
でも、響の言っている事は完全に外れてる訳でもない。……だからこそ、余計に腹が立った。
「……別に、そこまで考えてねえよ」
俺はケースの留め具を乱暴に閉めながら、そう返した。
……嘘つけ。
本当は、嫌になる程考えたクセに。けれど、今ここでそれを認めるのは、何となく響に負けたみたいに感じるから、もっと嫌だった。
けれど、口だけは正直に、勝手に動いてしまった。
「ただ、黒宴の真似をするのは違うとは思っていた。あの人らの音は、あの人らおモンだろ。……パクリみてえになんのも嫌だし」
そう言ってから、少しだけしまったと思った。
……何でわざわざ説明してんだよ、俺。
けれど響はそんな俺をよそに、嬉しそうに笑った。
「そういう所だよ。そういう所が良かったって言ってんの」
「……」
「あとさっきも言ったけど、ギソロも凄かった」
「……本当かよ」
俺は訝しげに響の顔を覗き込むと、響は逆にこちらをじっと見てきた。
「当たり前だろ。あの早業、どうやって出すんだよ。……やっぱ、たくさん練習したんだろ?」
俺は一瞬、唾を飲んだ。
速いフレーズを弾く為に、何度も同じ場所を繰り返した。指が追い付かなくてイラついて、やり直し。いけたと思えば思ったよりも音が汚くて、またやり直し。
——今日まで、そんな毎日を繰り返して来た。
だからこそ、それを見抜いたみたいに言われると、どう返せば良いのか分からない。
やはり素直に嬉しいと認めるには、俺にはまだ少しだけ勇気が必要だった。
「……まあ、練習は……した」
結局、返答に困ってそれだけ言うのが精一杯だった。
「だろうな。あれは練習してないと出ないだろ」
「何だよ、偉そうに。……知ったような事言いやがって」
「別に良いだろ」
「良くねえよ」
そう返したものの、声にはさっき程の棘が乗らなかった。
一方響は、悪びれもせずに笑っている。
……そんな奴の態度が、また少しムカついた。けれど、奴の言い分を完全に否定する気にもなれなかった。俺がずっとミスばかり見ていた間に、響は俺が積み上げていたモノを見ていた。……まあ、それを認めるのは、やっぱ癪なんだけどよ。
でも——そう言われて、ほんの少しだけ胸の奥の引っ掛かりが緩んだのも事実だった。
「……まあ、ありがとよ」
俺はほとんど聞こえないぐらいの声で言った。
「ん?何か言ったか?」
「何でもねえよ」
響がすかさず聞き返してきたので、俺はすぐに誤魔化した。これ以上、何かを言うと余計に変な事まで口走りそうだった。
「俺さ、弾いた瞬間に“そいつだ”って分かる音が好きなんだよね」
響はふと、何かを思い出したように言った。
「上手いだけの曲っていっぱいあるじゃん。速いとか、難しいとか、音が綺麗とか……。そういうのも普通に凄いんだけどさ」
響は遠い場所を見るような目で、僅かに声音を強めて続ける。
「でも、たまにあるんだよ。誰が作ったか一発で分かるやつ」
「……“自分の音”ってヤツか」
俺が尋ねると、響はニッコリと微笑んだ。
「そうそう。……ああいうの、カッコいいよな」
「……“自分の音”、ねえ」
そう呟いた瞬間、俺の頭に浮かんだのは矢神だった。
この前買った、あのアルバム。あの人にしか出せない音で、どれだけ似たようなバンドが居ても、絶対に埋もれる事の無い音。
——あの人の音こそ、響の言う“誰が作ったか一発で分かる”音だ。
「……ああ。俺も、そういう音を目指したい」
気付けば、そう口にしていた。それを口にした瞬間、俺の心に生えていた棘が、ほんの少しだけ削がれたような気がした。
だが、口ではそうは言ったものの——俺は、まだ“それ”を手に入れていない気がした。
矢神は勿論、“矢神の音”を持っている。
響の曲は、普通っぽいのに、どこか遊び心があるし、客が入って“完成形”になる。あれが、奴にしか出せないと言うのなら——あれが、もしかしたら“響の音”なのかも知れない。
……なら、俺はどうだ?
“俺の音”は、あるのかどうか。
響は“ちゃんと作った感じがした”と言っていたが、それだけでは“俺の音”が存在している証明にはならない。自分の曲を聴いたとしても、響の言うような“俺が作ったと一発で分かる”——つまり、俺の“個性”がある気がしなかった。
だったら——どうやったら“自分の音”が出せるのか。
そもそも、“誰が作ったか一発で分かる”ような個性とは、何なのか。
……そんなの、未熟な俺には分かるはずがなかったし、響に聞き返す勇気も無かった。
「そういえばさ」
俺があれこれ考えていると、響はポケットからケータイを取り出して言った。
「奏介、メアド教えてよ」
「何でだよ」
「せっかくだし、良いだろ。また対バンで一緒になるかも知んねえし、ギター仲間ってなかなか居ないからさ」
「……」
俺が黙って考え込んでいると、響は「別に良いだろ」と頼むような目で覗いてきた。
「それに、同じ高校生であそこまで弾く奴、あんま居ないから」
……そう言われると、断る理由が無かった。
いや、本当はそう言われて少し嬉しかったのかも知れない。けれど、それを認めるとやはり腹が立ってしまいそうで、素直に顔に出せなかった。……そんな俺は、やはり天邪鬼なのかも知れない。
「……まあ、減るモンじゃねえし」
「よっしゃ」
俺が渋々ケータイを取り出すと、響は嬉しそうに笑った。
こうして俺達は、互いに連絡先を交換して別れた。
*
「おう、奏介」
楽屋を出ると、山村が煙草を吸って待っていた。
「お疲れ様です」
「そっちこそお疲れ。奏介、よく弾けてたじゃねえか」
「ありがとうございます。……まあ、ちょっとミスったんですけど」
「ミスなんざ誰でもする。それを次に繋げるんだ」
そう言って山村はポンと俺の肩を叩いた。
俺はここで、さっき響と交わした会話を山村に伝える事にした。
「……さっき、響が言ってたんですけど。響、“誰が作ったか一発で分かる音が好き”って」
「ほう」
俺が切り出すと、山村は煙草を持つ手を止めた。
「“自分の音”を手に入れたい、みたいな話をしたんですけど……それって結局、個性って事ですよね」
俺はそう伝えたが、山村はすぐには答えなかった。
山村はもう一度煙草を口に咥えると、暫く暗くなった夜の通りを見つめた。
「……さあな。でも、“自分の音”っていうのは、そう簡単な話じゃないぞ」
「……そう、なんですか」
俺は山村の言葉が分からず、つい曖昧に返事をしてしまった。
響と話した時は、“自分の音”なんて、“誰かに似ていない音”の事だと思っていた。端的に言えば、誰が作ったか一発で分かるような、分かりやすい“個性”の事だと。
けれど山村の一言で、その輪郭はまた迷うようにぼやけていく。
“そう簡単な話じゃない”——この言葉だけが、暗い夜の闇に、濃い影を落としていくようだった。
「迷える音色は闇夜の調べ」は、ひとまずここでおしまいです!長くなってしまいましたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次回からは別のお話がスタートしますので、引き続き、奏介の成長を見守っていただけると嬉しいです。
……と、その前に!久し振りに活動報告を更新させる予定です!
活動報告では『業を鳴らす』にまつわる、お伝えしたい裏話がたくさんあるので、そちらの方もよろしくお願いいたします!!




