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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
22/22

迷える音色は闇夜の調べ-6

「ありがとうございます」

2曲目が終わってすぐ、俺はマイクを手に取り軽く頭を下げた。

「次がラストになるので、最後までよろしくお願いします」


 そう言ってから俺は足元を見下ろし、3曲目に使う音色に切り替えた。最初から、リードの太い音で入る。

 今日持ってきた中で、一番作り込んだ曲だ。


 ベースとドラムだけじゃなく、キーボードも入れてある。もちろん、ベースとドラムのシンプルな打ち込みも悪くない。むしろ、ギターを前に出すならその方が分かりやすい。だが、それだけだと、どうしても景色が平坦になる部分があった。


 だからこそ、新しい音を入れて、空気を変えたかった。

 ベースとドラムのリズムに、キーボードの音を差し込んで鮮やかに。そして、そこに俺のギターを重ねる。ただ派手にするのではなく、キーボードの音を受け継ぐようにして、俺のギターへと繋ぐ。


 しかも、この曲には2回、ギソロを仕込んで来た。

 上手くいけば、ただ速いだけの曲じゃなくなる。1曲目と2曲目で積み上げてきた“空気”を、ここで一気に変えることが出来る。


 そう思って、何度も手直しした。


 ……これを弾く為に、今日来たようなモンだ。


「PAさん、次の曲お願いします」

俺はそう言うと、スッと照明が落ちた。



 暗くなったフロアに、ゆっくりとイントロが流れ始める。それと同時に、四方から白い光が差し込んで、俺の立っている場所だけを浮かび上がらせた。


 俺は一瞬だけ息を吸い、すぐに吐いた。


 そして、最初のフレーズを奏でる。

 最初からキーボードのシンセがスタイリッシュに刻まれる。そこにギターを上手く食い込ませなければいけない。


 俺はリード寄りの太い音で、最初のリフを叩き込んだ。


 ——ジャラッジャラッ、ジャラララジャーンジャララ……。


 さっきまでより、Aメロの時点で明らかに手数が多い。右手は休む暇が無いし、左手もすぐ次の場所に移さなければならない。けれどその分、フレーズの1つ1つに練習してきた時間がそのまま乗っているような曲だった。


 最初の数小節で、客席の前の方が、少し動いた。

 金髪の女が、顔を上げた。腕を組んで見ていた男が、少しだけ前屈みになったのも分かった。


 ……へっ、そうだろ。この曲は簡単じゃねえんだよ。



 俺は指を止めずに、次のリフを鳴らす。

 色鮮やかなキーボードの上に、歪んだギターを食い込ませる。低音と高音が噛み合って、曲の景色が少しずつ広がっていく。ベースとドラムだけでは出せなかった空気が、キーボードの音で一気に変わっていくのが分かった。




 やがて、一瞬の静寂が訪れる。いよいよ、1回目のギターソロだ。


 ここだけは、少しテンポを落としてある。さっきまでみたいに速さで押すのではなく、音を伸ばしてじっくり“聴かせる”ためのギターソロだ。


 俺はお立ち台に片足を立てると、フロアの方へ音を投げるようにフレーズを奏でた。


 伸ばした音にビブラートを掛け、チョーキングで持ち上げて、少しだけ溜めてから落とす。俺のお気に入りのフレーズだ。


 速いリフで走ってきた分、音を伸ばした時に空気が変わる。客席の前方も、さっきより少し静かになっている気がする。


 ……ちゃんと、耳を傾けてくれてる。



 俺はそのまま1度目のソロを弾き切り、再び元の速さへ戻った。

 打ち込みのドラムが細かく刻み、ベースがその下で低く走る。キーボードの主張が激しくなり、それを飾るようにカンカンとシンバルの音が鳴る。


 今度は、華やかなキーボードを際立てつつもギターの存在感が薄くならないようにするターンだ。姿を消さず、且つキーボードの邪魔をしない。そういう“自然なギター”にしなければならない。


 俺は手元を見ながら、ピックの当て方を少しだけ変えた。さっきまでみたいに力任せに前へ出すのではなく、音の粒を細かくすることで、キーボードの音を上で光らせる。そして、その下を縫うようにギターを走らせる。


 シンセの冷たい音が、フロアの空気をバサバサと切っていく。そこに、歪んだギターを絡ませる。


 ……自分で作っておいて何だが、ここはかなり気を遣った場所だった。

 キーボードのフレーズを複雑にしたせいで、打ち込みの音が少し派手にはなった。だが、ただ派手なだけでは意味が無い。キーボードが前に出過ぎれば俺のギターが埋もれるし、ギターを強くしすぎれば、今度はキーボードを入れた意味が無くなる。


 何度も聴き直して、何度も作り直した。


 夜中にイヤホンで聴いて、翌朝また聴いて、やっぱり違うと思って組み替えた。キーボードの入り方も、ギターのフレーズも、ベースの動きも、何回も弄った。


 ……だからこそ、ここは外せない。


 俺は奥歯を軽く噛み締め、ほんの少しだけフロアを見た。

 前列の客は、ちゃんとこっちを見ている。金髪の女も、腕組みの男も、きちんとこちらに視線を向けていた。




 けれど——。


 どことなく、違和感があった。


 ……俺の速いリフに合わせて、拳を上げている奴も居るし、身体を揺らしている奴も居る。

 だが、全員がそうではなかった。何となく周りの空気に合わせてるような奴もチラホラ居るし、後ろの方では、こちらにバレないようにしてるのか、コソコソとケータイを見ている奴も居る。


 ……ノッてんのか?


 前方の奴はともかく、大体の奴は聴いてはいるし、身体も動いてはいる。けれど、それが俺の音に引っ張られているのか、ただ周りに合わせているだけなのかは、分からなかった。


 全員が、同じようにノッている訳ではない。

 ……そんな事は、当たり前なのかも知れない。それでも、その“当たり前”に苛立ちを覚えた。



 ……いちいち、そんな事考えてんじゃねえよ。


 俺は自分にそう言い聞かせ、視線を手元に戻した。


 今度は、一音一音を強調するように、少しペースを落としてリズムよく奏でる。すると、さっきまで主張の激しかったキーボードが、徐々に“土台”へと変化していく。


 ……そう、これは次のギターソロにバトンタッチをするための、前段階だ。“土台”になりながらも、しっかりと音を伸ばして、キーボードは鮮やかに役目を終えた。




 すると——ほんの一瞬、無音になる。打ち込みの楽器も、俺のギターも何も鳴らない、僅かな静寂。



 ……ここからが、2回目のギターソロ。


 俺は少しだけ息を呑み、キーボードの余韻を受け取るように、ピックを弦に当てた。


 無音の中で、俺のギターだけを聴かせる場所。

 1回目のギターソロ以上に、スピードを一気に落とす。さっきの激しいテンポが嘘みたいに感じるぐらい、ゆっくり、じっくりと“見せつける”為のギソロだ。


 ……ここだって、家で何度も練習した。絶対に決めてやりたくて、何度も何度も繰り返した。



 ——来た!


 いよいよ今日一番の見せ場見せ場(フレーズ)がやって来た。テンポは相変わらず落としているが、運指はきめ細かく、複雑で、一番聴かせ甲斐がある所だ。


「……フッ」

俺は得意気に顔を上げ、客と目を合わせした。



——が、またしてもどこか“違和感”を覚えた。



 ……あれ、さっきと反応、変んなくね?


 1曲目でも、2曲目でも驚いていた連中も、何も動じない。ギターソロに入っても、反応が薄い。……いや、ギターソロになったのに、下を向いている奴が、さっきよりも増えている気がする。


 今度は明らかに、“ただ聴いている”。そんな様子が、ジワジワと伝わってきた。



 ——これ、届いてんのか?

 ……もしかして、飽きられてる?


 弦を押さえる左手に、少しだけ力が入った。



 ……クソ。

 もっと驚けよ。さっきみてえに、「おお……!」って言ってくれよ。



 そう思った途端、余計な事が頭を掠めた。




 ——こういうの、多いよな。




「……っ!」

響の、溜息交じりの顔が脳裏に浮かぶ。



 ——“みんなが好きな音”の二番煎じっていうかさ。



 ……違う。俺は、そんなんじゃねえ。……そんなんじゃねえはずなのに……何でだよ。


 俺はピックを強く握った。


 ……うるせえ、響。今じゃねえだろ。余計な事考えてねえで、集中しろ……!



 けれど、次の瞬間——指が大きく遅れた。


「ぐっ……!」


 キーボードが再び入り込む、その直前。本当なら、そこへピタリとギター重ねるはずだった。


 ……別に、リズム全体が崩れた訳でもない。けれど、傍から聴いても明らかに分かるぐらい、嫌なズレ方をした。


 ……クソ、何してんだよ。


 俺は遅れた分を塗り潰すように、ギターソロの残りを強めに弾いた。チョーキングを深く掛け、ビブラートをいつもより大きく揺らす。……さっきまで“じっくり見せつける”ギターソロだったのに、気が付けば少しだけ荒くなっていた。


 弦を弾く度にピックが必要以上に強く当たり、音の粒が少しだけ硬くなる。それでも、弾くしかなかった。

 俺は指板を睨みつけるように見下ろし、残りのフレーズを追う。



 ——指を間違えんな、テンポを崩すな。音を、途切れさせるな——。


 頭の中で、幾つもの命令が重なっていく。

 フロアの反応を確かめる余裕は、もう無かった。さっきまで気にしていた客の姿も、勝手にケータイを見やがった奴の事も、一度全部頭から追い出した。

……どうしても、今は弾く事だけに集中したかったのだ。


 ベースが低く唸り、ドラムが細かく刻む。その上で、俺のギターが何度も同じように歪んだリフを畳みかける。

 キーボードも、奥でちゃんと光っている。さっきよりも控えめだが、ちゃんとこの曲を彩ってくれる。俺はその音を背負って、この曲を“完成”させなきゃいけない。



 俺は弦を叩きつけるように、ラストのリフを鳴らした。


 ——ジャラララ、ジャラララ……。


 打ち込みのドラムが細かく刻み切り、ベースが最後の音を重く引きずる。俺はそれに合わせて、最後のコードを全力で鳴らした。



 ——ジャァァァン……。


 最後の音がフロアに広がり、少しずつ薄くなっていく。


 俺は右手を止めたまま、暫く動けなかった。



 ……終わった。……終わった、はずだ。


 けれど、身体の中ではまだ曲が続いているような気がした。……指先にはさっきミスした時の感触が残っているし、耳の奥にはキーボードへ繋ぐはずだった“あの一瞬”が、うざったく鮮明にこびりついている。



 一拍遅れて、拍手が起こった。


「……ありがとうございました」


 そう言って深々と頭を下げると、客席からもう一度拍手が返って来た。

 俺はその音を聴きながらギターを抱え直し、そそくさとステージから退いた。



 背中から拍手が追いかけて来る。けれど、この時はその音を素直に受け取る気にはなれなかった。


 ……弾き切った。そのはずなのに、ステージを降りた足元が、不気味なぐらいに頼りなく感じた。

お待たせしました!前回の投稿から日が空いてしまい、申し訳ございません。

本日より、本作は不定期更新とさせていただきます。

いつも作品を応援してくださる皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、これからも応援のほどよろしくお願いいたします。

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