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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
21/21

迷える音色は闇夜の調べ-5

 曲が終わると、フロアに拍手広がった。


「ありがとうございました!」


 ボーカルが声を上げると、前列の客が手を上げたまま跳ねて、少し遅れて周りもそれに合わせる。さっきまで鳴っていた音の余韻が、会場の空気にまだ残っているような感覚だった。


 ステージ上では、メンバーがそれぞれ軽く頭を下げている。ボーカルがマイクを握ったまま何かを言っているが、頭に入ってこない。



 ……と言うのも、響の言葉がまだ頭の中でぐるぐると渦巻いているせいで、他の事が入り込む余地なんか無かったからだ。


 ——こういうの、多いよな。

 ——“みんなが好きな音”の二番煎じっていうかさ。


 俺は無意識にカップを口に運ぶ。レモネードはもうほとんど残っていなくて、底に溜まったぬるい液体だけが舌に染み込んだ。


 その時、ステージに黒いカーテンが掛かった。フロアの照明が明るくなり、周りの奴らは次第に話し始める。

 転換が始まったようだ。俺はふと腕時計に目を落とした。


 ……次の出演者が終わったら、俺の番だ。


「……悪い、俺行くわ」

俺は響に言った。

「そっか、3番目だもんな。頑張れよ、奏介」

「……ああ」

俺は手をひらりと上げ、楽屋へ向かった。


 *


「あ、立花さん」

楽屋に戻るなり、スタッフが声を掛けてきた。

「次の次、出番になりますのでスタンバイお願いします」

「……了解です」

そう返すと、スタッフは「お願いします」とだけ言って、すぐに別の部屋に向かって行った。


 ドアの向こうでは、ギターの音が鳴り始めている。ドラムのキックの低い音が床を伝わって、靴の裏に微かに響く。


 ……始まったのか。


 俺は空になったカップをゴミ箱に投げ捨て、壁に立て掛けてあったギターを手に取った。ストラップを肩に掛けると、さっきと同じ重さなのに、やけに方に食い込む感覚があった。


「……」


 いつも通り、ピックを握って指を慣らそうとした。……だが、ステージから漏れて来る音がうるさくてやっぱり集中できねえ。


 俺は体を傾け、聞き耳を立てた。


 シンプルなビートに、歪んだギター。さっきの大学生とは違って、感情が爆発しているような、“叫び声”に近いようなボーカルがくっきりと聴こえる。

 ……所謂パンクロックか。ちょっと懐かしい感じがして、悪くない。こういう激しめの曲は俺も好きだ。


 ただ、そう思った直後、自分の感想がどこか頼りなく感じた。

 ……“俺一人”が好きかどうかじゃない。それが“良い音”なのか、“そいつの音”なのかまでは、今の俺には分からない。


 ——分からない。そう自覚した瞬間、さっきまで隣に居た奴の顔が頭をよぎった。


 ——響なら、何て言うんだろう。

 どうせまた“二番煎じ”とかって言うんだろ。


「……!」


 何考えてんだよ俺。……集中しろ、集中。

 俺は頭を左右にブンブンと振り、イヤホンで耳を塞いだ。


 *


 ——バァン!

「!?」


 勢い良くドアが開かれ、俺は反射的にイヤホンを外した。顔を上げると、スタッフがドアから顔を出していた。


「立花さん、そろそろスタンバイお願いします!」


 ……いよいよか。


「はい、今行きます」

俺はそう返事をするとイヤホンを鞄に押し込み、スタッフの後を追った。



 ステージに着くと、転換が始まった。転換とは、前の出演者と次の出演者が入れ替わる為の“準備時間”だ。スタッフが前の出演者が使ったであろう機材を、次々と運び出している。

 俺はポケットからメモ帳を取り出し、リハーサルでメモしたアンプの目盛りを確かめた。そして、トレブル、ミドル、ベース……と順番にツマミを合わせていく。



 セッティングが終わると、俺はギターの弦を掻き鳴らした。


 ——ジャカジャーン。


 ……よし、思った通りの音だ。リハで確認したのと、全く同じ音。


 俺はスタッフにOKの合図を出すと、フッと照明が落ちた。

 そして——。


 ステージのカーテンが少しずつ開き、天井から眩い光が降り注いだ。

 目の前には、大きな人だかり。客の表情はよく読み取れないが、全員の視線がこちらに集まっているのは確かだった。


 ——みんなが、俺を見てる。


 胃がキリリと痛んだ。俺はゴクリと唾を飲み込み、マイクを手に取った。

「今日はお集りいただき、ありがとうございます。……立花……奏介です」

緊張のあまり、声が震えてしまった。……人前で話すのは、全く慣れていない。


 それでも俺がそう言うと、客席からパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。面と向かってまとまった拍手が飛んでくると、少し照れるモノがある。


「えっと……今日はギター曲を3つ持ってきたので、楽しんで下さい。……PAさん、お願いします」

俺は照れを隠すようにPAの方を向くと、すぐさま打ち込みのシンバルが聴こえた。


 ——ジャンジャカジャンジャカジャンジャカ……。


 打ち込みのハイハットが、規則正しく刻まれ始める。その上に、キックとスネアが重なり、速いリズムが組み上がっていく。メタルチックなイントロで、打ち込みの楽器はほぼベースとドラムだけ。音を厚くしすぎると、肝心のギターが埋もれてしまう。だから、土台はシンプルにした。


 俺のギターが前に出るように。俺の音が、“ちゃんと聴こえる”ように。

 何度も家で練ってきた、聞き慣れたイントロだった。


 俺はピックを握り直し、手慣れたフレーズを鳴らした。

 まずは歪みの無いコードで、滑らかに。


 リフの入りは、もう身体に染みついている。今日まで、何百回も繰り返してきたフレーズだ。ミスる要素なんて、あるはず無い。


 ——よし。


 俺は強めに弦を弾いた。

 歪んだギターの音が、フロアに叩きつけられる。低く、固いリフが、打ち込みのドラムと絡み合って一つの塊になった。やはり、アンプを通した音は厚みがあって心地良い。


 リハであんだけ手こずった甲斐あって、音は全く問題ない。低音も潰れてないし、高音も刺さりすぎていない。


 ピックを持つ手も、想像以上にスルスルと動いている。

 俺のギターが、粒の細かいスネアドラムと、シンプルで細かいベースの音に、歯車が噛み合うように絡み合う。


 ……俺、いけてる?


 そんな考えが、少しだけ頭を掠めた。




 サビに差し掛かり、足元のスイッチ踏むとギターの音が一気に唸った。俺はすぐさまお立ち台に足を掛け、客席に身を乗り出した。


 ……ここからが、本番(ギターソロ)だ。


 まずは伸びのあるフレーズから。一つ一つ手元を見て、丁寧に“ちゃんと聴かせる”ように奏でていく。


 そして、それが終わると——一気にポジションを上げた。指板の上を、さっきよりも更に素早く滑らせる。

 速く、正確に……詰まらせずに、寸分狂わせず流す。ビブラートも、チョーキングも、全部狙い通りに当てていく。


 俺は一瞬の隙も許さずに手を上下させ、何回も練習してきたギソロを奏でる。狙い通りのディストーションが、激しく鼓膜を揺らした。

 その瞬間——。


「おお…!」


 フロアの最前列から、確かにそんな声が聞こえた。チラリと客席を見ると、何人かが顔を上げて、こっちを見ているのが分かった。……こういう反応をされるのは、やっぱり気持ちが良いモンだ。


「……フッ」

俺はニヤリと口角を上げると、すぐに意識を手元に戻した。


 ——このままいくぞ。



 俺はそのまま、最後のフレーズに入った。

 伸ばした音が天井に向かって抜けていく。細かくリズムを刻むドラムとベースに支えられ、歪んだギターが前へ前へと進んでいく感覚があった。


 *


 ——ジャーン。


 最後のコードを鳴らすと、右手を止めると音がフロアに広がった。

そして、一拍遅れて拍手が起こった。さっきのギターソロの時に声を上げた客も、まだこちらを見ていた。


 ……いけんじゃねえか、俺。


 今のところ、ミスはしていない。

 ギターソロでは、確かに反応があった。音も狙い通り出たし、手もちゃんと動いた。さっきまでのリハが嘘みたいに、ちゃんと“形になった”。


 俺は少しだけ肩の力を抜き、足元のスイッチを元に戻した。

 PAに無言で合図を出すとすぐにイントロが流れ、俺はピックを握り直した。



 2曲目は、最初から歪ませた音で押し切る曲だ。

 1曲目よりも更にテンポが速く、イントロから低いリフを刻んで、そのまま走り切らなければない。打ち込みは相変わらずドラムとベースだけで、余計な音は一切入れていない。曲の景色を広げるというより、“ちゃんと俺のギターを聴かせる”ための作りにした。


 俺は左手で強く弦を押さえ付けた。


 ……サポートの時とは違って、今日は俺が“主役”だ。だからなのか、今日は一段とフレーズが多くて、どの指も忙しい。


 けれど、さっきよりも指が温まっている。ピックを持つ右手も、弦を押さえる左手も、痛みはあるのに1曲目よりずっと自然に動いた。何度も家で繰り返したフレーズが、身体の中からそのまま出て来るような、そんな感覚だった。


 速いリフを刻みながら、俺はほとんど手元だけを見ていた。

 客席を見る余裕が無い訳ではない。けれど、“ちゃんと弾けていれば”、ちゃんと届く。……そう信じているからこそ、音の細かな微調整も、ピッキングも、左手を動かすタイミングも、抜かりなく合わせていく。



 2曲目のギターソロでも、何人かが顔を上げた。さっきよりも少しだけ反応が早かった気がする。高いポジションへ一気に駆け上がるフレーズに入った瞬間、客席の前の方がほんの少しだけざわついた。


 ……ちゃんと、見てくれてんじゃねえか。


 俺はその反応を拾いながら、最後まで弾き切った。




 最後のコードを鳴らすと、フロアからまた拍手が返ってきた。

 俺は額に滲んだ汗を右手で拭った。握ったままのピックに目を落とすと、先端は擦れて黒く汚れていた。


 ……いける。まだ、いける。


 残るはあと1曲——このまま、最後まで走り切ってやる。

奏介のステージは割と長くなってしまったので、3曲目は次回のお楽しみです。

こちらも少し長くなってしまいそうなので、次回の投稿も遅くなってしまいそうですが…気長にお待ちいただけると嬉しいです!

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