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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
20/21

迷える音色は闇夜の調べ-4

「……っと、あんまり邪魔しちゃいけないな」

山村は腕時計を見て言った。

「俺はフロアで見てるから、頑張れよ。2人共」

「あざっす!」

「ありがとうございます」

俺達は礼を言うと、楽屋に戻った。


 *


 ドアを開けると、空気が少し変わっていた。さっきと同じ場所のはずなのに、張り詰めたような気配がある。

 誰かが小さく弦を弾く音が、壁に反射して耳に届く。“確認するだけ”の短い音が重なって、楽屋の中が少しずつ“その時間”に近づいているのが分かった。


「……俺、ちょっと練習するわ」

俺は壁に立て掛けたギターを引き寄せた。

「ああ、じゃあ俺もそうするわ」

響はそう言うと、俺とは少し離れた所に座ってギターを抱えた。

俺はイヤホンを付け、ウォークマンで自分の曲を流しながら軽く弦を弾いた。


 ——バチ、バチ。


 アンプを通さない、乾いた音。指先にだけ残る振動が、イヤホン越しの音と微妙に噛み合わなかった。そのズレが歯痒く感じる。

 俺はピックを動かしながら、さっきの会話を思い出していた。


 ——ワンマン?全国?


 ……俺が曲すらまともに作れなくて足踏みしてる間に、響はどんどん現場に出ている。その事実が、言葉として聞いた時よりも、今こうしてギターを抱えている時の方がずっと重くのしかかってきた。


「……チッ、ミスった」

舌打ちが漏れた。


 俺は再生ボタンを巻き戻し、もう一度弦を弾く。……次こそ、手元に意識を集中させる。


 ——バチバチッ。


 よし、今度は合った。

 俺は続けて曲の最後まで弾き切る。


 ……何てことは無い、簡単なフレーズだ。頭では分かっているし、指もちゃんと動かせる。




 ……なのに、どうしても意識が勝手に横へ逸れてしまった。

 視線の端に、響の手元が映る。


 響の手つきは、相変わらず無駄も、迷いも無い。リハの時と同様に、何かを探りながら弾いている感じが全く無い。


 俺も同じように弾いているはずなのに——どうしても、同じには見えなかった。けれど、何が違うのかは、やはり言葉に出来ない。


「……チッ、何見てんだか」

またしても、舌打ちが漏れてしまった。

 俺は無理矢理視線を戻し、ウォークマンの再生ボタンを巻き戻した。


 *


 暫くすると、スタッフがワタワタと動き始めた。俺は一度手を止め、腕時計を見た。

 どうやら開場したらしい。


 イヤホンを外すと、外の音が一気に戻って来る。

 ガヤガヤとした声に、ドタバタと慌ただしい足音——楽屋の扉の向こうで、人の流れる気配がどんどん増えていく。


 ——始まる。


 そう思った途端、胃の底がスッと冷たくなった。口の中も渇き、心臓の鼓動がだんだんと速くなる。

俺は手元のギターを見下ろした。


 ……やる事は決まっている。この日の為に仕込んで来た3曲を、精一杯弾く“だけ”だ。幸い、今回の対バンはMCが殆ど無いから、本当に“弾く”ことだけに集中すれば良い。


 入りのリフに、コードに、ギソロに……余計な事は考えるな。


 俺は自分にそう言い聞かせて、イヤホンを耳に戻した。




 もう一度腕時計を見ると、刻々と開演が迫っているのが分かった。1番目の出演バンドらしき連中は、慌ただしく準備に取り掛かっていた。

 俺が弦を押さえた手元を見ていると、横からにゅっと顔が現れた。

「なあ、奏介」


 ……響かよ。


 俺はイヤホンを外し、膝に置く。

「奏介ってさ、トップバッターじゃなかったよな?」

「ああ。3番目だ」

俺が言うと、響は目を輝かせた。

「だよな。じゃあさ、奏介の出番が来るまで一緒に見ないか?」

「……は?」

俺は思わず聞き返した。

「せっかくだし、良いだろ?俺、一人で暇だし」

響の爛々とした真っ直ぐな目に、俺はつい視線を逸らした。


 ……最初は、(コイツ)と一緒かよ、と思った。


 けれど、俺も他の出演者のステージも見たいとは思っていたのは確かだ。ここに来た理由の一つでもある。

 他の奴がどんな音を鳴らしているのか、どこまでやれているのか。それは、絶対に見ておくべきだ。


 それに——少し癪ではあったが、俺よりも現場で経験を積んでいるような奴が、どういう“見方”をするのか、今の俺には知っておかないといけない気がした。


「……分かった。行こうぜ」

「よっしゃ」

俺はギターを置き、イヤホンとウォークマンを鞄に仕舞う。俺達はそのまま楽屋の扉を開け、フロアに向かった。


 *


 フロアに出ると、部屋の空気が一気に温かく感じた。人の体温と、今か今かという期待が何もかも混ざって、熱を持っている感じがする。

 前の方は既に人がギュウギュウに詰まっていて、後方では女性がゆったりと集まっている。


 ……思っていたより、ちゃんと“ライブ”になってんな。


 俺達はフロアの様子を軽く見渡すと、後ろのドリンクカウンターで飲み物を交換した。

「ここの箱って、レモネードあるんだぜ」

響は嬉しそうにカップに入ったレモネードを受け取った。

「そうなのか」

俺はソフトドリンクのメニューを見た。コーラに、ジンジャーエールに、オレンジジュース……どこの箱にもあるようなドリンクばかりが並んでいる中で、“レモネード”の文字だけがやたらと太字で強調されていた。


 ……確かに、ライブハウスでレモネードというのは少し珍しいかもな。


「じゃあ、俺も同じヤツで」

そう言って俺もカップを受け取ると、俺達は壁際に寄り、邪魔にならない位置に立った。



 すると、突如として照明が落ちた。ざわついていたフロアが、一瞬で静かになる。


 ——開演だ。


 その瞬間、ステージに人影が現れた。男が3人、女が2人。どうやら、キーボードとボーカルが女で、それ以外は男のようだ。

「私達、F大学の軽音サークルです!」

ボーカルの女が軽くマイクを叩き、声を張った。

「へえ、大学生か」

隣で響がぽつりと言った。

「よろしくお願いします!」

そのまま、彼らは間を置かずにカウントを取るとBGMが流れた。


 明るいサウンドに、少し遅れてドラムが入り、ベースが追いかける。ギターのリフが軽やかなキーボードの上をなぞり、音が一つにまとまる。


 ……なるほどな。


 悪くはない。ちゃんとまとまってるし、演奏も崩れていない。ボーカルも声が出ているし、アップテンポでノリやすい。


 でも——何かが、妙に浅い。


 耳に残るはずのフレーズが、残らない。さっき耳に入ってきたばかりの旋律さえ、もう輪郭が曖昧になっていく。


 俺は耳を澄ませ、ステージを眺めた。

 ボーカルが拳を上げると、前列の客がそれに応えて真似をする。客の動きは噛み合っている。


 けれど——。


 ……なんか知ってるな、コレ。


 最近流行った、どっかのキラキラバンドに似ている。コード進行も、リフの組み方も、どこかで聴いたことがある。

 コピーって程ではない。でも、完全にオリジナルとも言えない。初めて聴くのに、初めてじゃない感じがする。


「……こういうの、多いよな」

横で響が溜息交じりに言った。

「“みんなが好きな音”の二番煎じっていうかさ」

「二番煎じ……」

俺は響が放った言葉を繰り返した。


「“好きな音”があっても、それを真似する感じじゃ駄目なんだよ。……結局、どっかの二番煎じになって、“自分の音”じゃなくなる」

「……」

「似てるって思われた時点で、もう負けだと思う。“好き”をそのまま出しても、“自分の音”にはならないんだよな」

響はそう言って、グイっとレモネードを口にした。


 ……大学生相手に、なかなかの言い様じゃねえか。流石、“全国”の奴は誰に対しても好き勝手言えるってか?


 響の柔らかい棘を持ったような軽い口調に、俺はつい口を尖らせたくなった。

 ……それでも、そうは出来なかった。響の言い分に、不思議と言い返せない自分が居たからだ。


 俺はカップに視線を落とした。音の振動のせいか、レモネードの表面がチャプンと揺れる。


 ——“自分の音”?


 ……俺の、音?


 ……それは、俺が一番知りたいモノだ。俺がどんだけ求めても、全然見つけれらんねえモン。


 今日持ってきた曲だって、試行錯誤して仕込んできた。何度も練って、削って、組み直してきた。

 それでも、“俺らしさ”はまだよく分からないままだ。


 ……それを知る為に、今日ここに来たってのによ。


 なのに。またしても(コイツ)は平然と言いやがって。“それ”を探してる俺を差し置いて、あたかも最初から“正解”を知ってるような言い草が、どうしてもやるせなかった。


 「そう言うお前はどうなんだよ」と思わず聞き返したくなった。

 けど、そんな勇気すら出なかった。


 俺は口から出かけた言葉を無理矢理押し込むように、レモネードを喉の奥へ流し込んだ。

学生時代、ライブハウスにレモネード欲しいなって思ってました。

でも結局ペットボトルの水と交換しちゃうんですけどね。楽だから()


<お知らせ>

GWが終わるまで文学フリマの準備に取り掛かるので、更新頻度下げます。

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― 新着の感想 ―
ライブ直前のヒリヒリした緊張感と、奏介の若さゆえの苛立ちが伝わってきますね。不器用ながら成長していく姿が楽しみです。
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