迷える音色は闇夜の調べ-3
「じゃ、お願いしまーす」
フロアに入ると、響はPAにセッティングシートを渡した。
スタッフはそれを受け取ると、軽く目を通す。
「俺、こっちで見てるわ」
俺がそう言うと、響はステージに向かった。
響はアンプの前に立つと、すぐさまセッティングに取り掛かった。
ツマミをチラリと見てから、ギターを繋ぐ。そのままアンプに視線を戻し、ツマミに手を伸ばした。
一番端のツマミを、一つ回す。そして、すぐ隣のツマミを回す。響はテンポ良く、手を動かしていた。
その一連の動きに、引っ掛かりが無い。
一つ一つ確認しているようで、“探している”感じがしなかった。最初から“ここだ”という匙加減が分かっているみたいに、手が迷わない。
「セッティング終わりました」
1分も経たないうちに響はギターを構え、センターに立った。
……早えな。
「ギターお願いします」
「じゃ、クリーンいきます」
——ジャーン。
軽く弦に触れただけの音が、すっとフロアに広がった。
余計なノイズが無く、輪郭がハッキリしている音だった。壁に当たって返って来る音が、やけに素直だった。
「OKです。次、お願いします」
PAが言うと、響は足元のスイッチを踏んだ。
「クランチです」
——ジャカジャーン……。
またしても、一発で音が通った。
「OKです」
……鳴らして、そのままお終い。俺みたいにやり直しも調整も無く、次に行く。
響はそのままリードまで音を切り替え、流れるようにリフを刻んだ。
徐々に音が太くなっても、芯はそのままだ。歪みが増しても、決して音は崩れない。
……何でだよ。
俺と同じ事やってるだけなのにアンプ繋いで、調整して、音出して——それなのに。響の音は、鳴らした瞬間にもう“完成している”。
“調整しながら探す”音じゃない。最初から“そこにある音”を、ただ出してるだけみたいだった。
*
「以上です。次、曲お願いします。サビの手前までで」
響が言うと、PAは「了解です」と言って曲を流した。イントロが聴こえた瞬間、響はするりと入り込むように、手を動かし始めた。
俺は流れて来る音に、耳を澄ませる。
……案外、普通のPOPロックじゃねえか。
フレーズ自体はそこまで難しくない。指もそこまで動いていない。——けれど、リズムが一切揺れず、音が前に出る。……これを、一発で出来る響。
——何で、こんなまとまってんだよ。
「……クソが」
俺は拳を握りしめ、グッと唇を噛んだ。
「はい、OKです!」
サビの手前で、演奏が止まった。
「ありがとうございました」
響は軽く頭を下げてから、そのままステージを降りた。
「いや~、お待たせ」
響はフロアに降りると、俺の方に向かってきた。
「……早かったな」
「え?別に、これぐらい普通だろ」
響は平然と言いやがる。
「……普通、ね」
俺は小さな声で呟いた。
俺は無意識に、自分のリハを思い出していた。……何度も止まって、何度も音を鳴らして、確かめて。
それに比べて、あっさりと終わった響のリハ。ハッキリ言って、手際が良すぎた。止められないし、やり直しも無い。
俺の時より、ずっと短い。なのに、何一つ足りていない感じがしない。
——違う。最初から、全部揃っていたんだ。
……何なんだよ、この差。
「まあ、この箱はよく使うからな」
「……“よく使う”、のかよ」
思わず聞き返した、その時だった。
「おい、奏介——」
背後から、聞き慣れた声が飛んできた。振り向くと、フロアの入り口に山村が立っていた。
「山村……?」
何でこんな所に——と思いかけて、すぐ思い出す。今日の対バン、見に来るって言ってたな。……にしても、開場前に来るとは思ってもいなかった。恐らく、関係者として入ったのだろう。
「奏介、探したんだぞ。楽屋探しても居ねえし」
「ああ、すいません」
俺がそう答えると、山村の視線がそのまま隣に流れた。
そして、すぐに止まった。
「……あれ、響君じゃないか」
「は?」
俺は響の方を見る。
「あ、どうも」
響はペコリと頭を下げた。……知り合いなのか?
「今日、出るんだな」
「はい。通ってる教室の紹介で」
「そうなのか」
山村はそう呟くと、俺の方に顔を向けた。
「奏介、コイツ知らないのか?」
「……知らないです」
俺が答えると、山村は「……マジかよ」と一拍置いてから声を落とした。
「コイツはな、結構色んなとこで弾いてる奴だぞ。サポートとかもやってるし、この辺の顔なら大体顔出してる」
……まあ、そんな感じはした。
「たまにワンマンもやってるな」
「……は?」
思わず、聞き返してしまった。
——ワンマン?
コイツ、一人でライブやってんのか?……高校生なのに?
「まあ、ワンマンと言っても全然動員少ないっすよ」
響は驕り高ぶる様子も無かった。
「そう言えば、この前大会出てたよな」
「はい、出ました」
「どうだった?」
「いやあ、流石に全国はキツかったっす」
……全国?
響は、まるで大した事じゃないみたいに流す。言ってる内容は全然軽くないのに、全部軽く流しやがって。
——ホント、何なんだよ。コイツ。
「……」
俺は俯いたまま、言葉が出なかった。
今、この瞬間、同じライブハウスに立っているのに、同じ場所に立っている気がしなかった。……どことなく、距離を感じてしまう。その瞬間、何とも言えない疎外感がジワジワと湧いて来た。
響はきっと、見えてる景色が違うのだろう。
俺が見ていた世界は、思っていたよりずっと狭かったのかも知れない。でも、俺と響の何が違うのか——それは何となく分かるようで、まだ何も分からなかった。
■響
【年齢】18歳 (高校3年生)
【職業】高校生、ギタリスト
【備考】学校でワンマンライブのフライヤーを配っていたら、学年主任に怒られた。
奏介という名前に対して彼の名前を響にしたのは、某プ〇キュアが由来だったり()




