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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
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迷える音色は闇夜の調べ-3

「じゃ、お願いしまーす」

フロアに入ると、響はPAにセッティングシートを渡した。

 スタッフはそれを受け取ると、軽く目を通す。

「俺、こっちで見てるわ」

俺がそう言うと、響はステージに向かった。


 響はアンプの前に立つと、すぐさまセッティングに取り掛かった。

 ツマミをチラリと見てから、ギターを繋ぐ。そのままアンプに視線を戻し、ツマミに手を伸ばした。


 一番端のツマミを、一つ回す。そして、すぐ隣のツマミを回す。響はテンポ良く、手を動かしていた。


 その一連の動きに、引っ掛かりが無い。


 一つ一つ確認しているようで、“探している”感じがしなかった。最初から“ここだ”という匙加減が分かっているみたいに、手が迷わない。


「セッティング終わりました」

1分も経たないうちに響はギターを構え、センターに立った。


 ……早えな。


「ギターお願いします」

「じゃ、クリーンいきます」


 ——ジャーン。


 軽く弦に触れただけの音が、すっとフロアに広がった。

 余計なノイズが無く、輪郭がハッキリしている音だった。壁に当たって返って来る音が、やけに素直だった。


「OKです。次、お願いします」

PAが言うと、響は足元のスイッチを踏んだ。

「クランチです」


 ——ジャカジャーン……。


 またしても、一発で音が通った。


「OKです」


 ……鳴らして、そのままお終い。俺みたいにやり直しも調整も無く、次に行く。



 響はそのままリードまで音を切り替え、流れるようにリフを刻んだ。

 徐々に音が太くなっても、芯はそのままだ。歪みが増しても、決して音は崩れない。


 ……何でだよ。


 俺と同じ事やってるだけなのにアンプ繋いで、調整して、音出して——それなのに。響(コイツ)の音は、鳴らした瞬間にもう“完成している”。

 “調整しながら探す”音じゃない。最初から“そこにある音”を、ただ出してるだけみたいだった。


 *


「以上です。次、曲お願いします。サビの手前までで」

響が言うと、PAは「了解です」と言って曲を流した。イントロが聴こえた瞬間、響はするりと入り込むように、手を動かし始めた。

 俺は流れて来る音に、耳を澄ませる。


 ……案外、普通のPOPロックじゃねえか。


 フレーズ自体はそこまで難しくない。指もそこまで動いていない。——けれど、リズムが一切揺れず、音が前に出る。……これを、一発で出来る響。


 ——何で、こんなまとまってんだよ。


「……クソが」

俺は拳を握りしめ、グッと唇を噛んだ。




「はい、OKです!」

サビの手前で、演奏が止まった。

「ありがとうございました」

響は軽く頭を下げてから、そのままステージを降りた。



「いや~、お待たせ」

響はフロアに降りると、俺の方に向かってきた。

「……早かったな」

「え?別に、これぐらい普通だろ」

響は平然と言いやがる。


「……普通、ね」

俺は小さな声で呟いた。


 俺は無意識に、自分のリハを思い出していた。……何度も止まって、何度も音を鳴らして、確かめて。


 それに比べて、あっさりと終わった響のリハ。ハッキリ言って、手際が良すぎた。止められないし、やり直しも無い。

 俺の時より、ずっと短い。なのに、何一つ足りていない感じがしない。


 ——違う。最初から、全部揃っていたんだ。


 ……何なんだよ、この差。


「まあ、この箱はよく使うからな」

「……“よく使う”、のかよ」

思わず聞き返した、その時だった。


「おい、奏介——」


 背後から、聞き慣れた声が飛んできた。振り向くと、フロアの入り口に山村が立っていた。


「山村……?」


 何でこんな所に——と思いかけて、すぐ思い出す。今日の対バン、見に来るって言ってたな。……にしても、開場前に来るとは思ってもいなかった。恐らく、関係者として入ったのだろう。


「奏介、探したんだぞ。楽屋探しても居ねえし」

「ああ、すいません」

俺がそう答えると、山村の視線がそのまま隣に流れた。

 そして、すぐに止まった。


「……あれ、響君じゃないか」

「は?」

俺は響の方を見る。

「あ、どうも」

響はペコリと頭を下げた。……知り合いなのか?


「今日、出るんだな」

「はい。通ってる教室の紹介で」

「そうなのか」

山村はそう呟くと、俺の方に顔を向けた。


「奏介、コイツ知らないのか?」

「……知らないです」

俺が答えると、山村は「……マジかよ」と一拍置いてから声を落とした。


「コイツはな、結構色んなとこで弾いてる奴だぞ。サポートとかもやってるし、この辺の顔なら大体顔出してる」


 ……まあ、そんな感じはした。


「たまにワンマンもやってるな」

「……は?」

思わず、聞き返してしまった。


 ——ワンマン?


 コイツ、一人でライブやってんのか?……高校生なのに?


「まあ、ワンマンと言っても全然動員少ないっすよ」

響は驕り高ぶる様子も無かった。


「そう言えば、この前大会出てたよな」

「はい、出ました」

「どうだった?」

「いやあ、流石に全国はキツかったっす」


 ……全国?


 響は、まるで大した事じゃないみたいに流す。言ってる内容は全然軽くないのに、全部軽く流しやがって。


 ——ホント、何なんだよ。コイツ。


「……」

俺は俯いたまま、言葉が出なかった。


 今、この瞬間、同じライブハウスに立っているのに、同じ場所に立っている気がしなかった。……どことなく、距離を感じてしまう。その瞬間、何とも言えない疎外感がジワジワと湧いて来た。


 響はきっと、見えてる景色が違うのだろう。

 俺が見ていた世界は、思っていたよりずっと狭かったのかも知れない。でも、俺と響の何が違うのか——それは何となく分かるようで、まだ何も分からなかった。

■響

【年齢】18歳 (高校3年生)

【職業】高校生、ギタリスト

【備考】学校でワンマンライブのフライヤーを配っていたら、学年主任に怒られた。


奏介という名前に対して彼の名前を響にしたのは、某プ〇キュアが由来だったり()

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