迷える音色は闇夜の調べ-2
楽屋に戻ると、ここに来た時と同じ騒めきがそこにあった。笑いながら話している奴も居れば、弁当を食っている奴も居る。
俺はドアノブを掴んだまま、少しだけ立ち止まった。
脳裏に浮かぶのは、先程のリハ。……誰も俺のリハなんか見ていないはずなのに、何となく居心地が悪かった。
俺は他の出演者の視線を逸らすようにしてギターを壁に立て掛ける。楽屋の端の椅子に腰を下ろすと、コンビニの袋から弁当を取り出した。
弁当の米を一口運ぶが、味気が無い。腹は減っているはずなのに、何を食っているのかよく分からなかった。
もう一口、箸で掴もうとしたところで、ふと影が落ちた。
「そこ、空いてる?」
顔を上げると、茶髪を後ろで結んだ男が立っていた。恐らく、さっき入り口でスタッフと話していた奴だろう。
「……あ、はい」
「ありがと」
男はそう言って、俺の隣の椅子を引いた。ギターケースを壁に立てかけると、そのままどさりと腰を下ろす。
「高校生?」
席に着くなり、男は聞いてきた。
「……はい」
「何年生?」
「2年です」
俺が答えると、男はぱっと声色を上げた。
「あ、じゃあ1個下か!俺、3年」
「……!そうなんですか」
慌てて姿勢を正すと、男は手をひらひらさせた。
「いやいや、かしこまらなくて良いって。1個しか違わないしさ。タメ口で喋ろうぜ」
……年上にタメ口だと?
「……分かった。……これで良いか?」
俺は少し戸惑いながら尋ねた。年上に馴れ馴れしくするのは、変な感じがする。
「うんうん、良いね」
男は満足そうに笑った。
「俺、響。響って呼んで。君の名前は?」
「……立花、奏介」
「奏介か!よろしくな、奏介」
響はそう言うと、鞄の中からお握りを取り出した。
「奏介も一人で出るの?」
「……まあな」
俺は壁に立て掛けたギターに視線を移す。
「やっぱり!実は俺もなんだ。俺、ギター弾いててさ。奏介もギターなんだな」
「ああ」
俺が唐揚げを口に運ぶと、響は嬉しそうに目を細めた。
「嬉しいな。同じ高校生で、ソロの奴いて。……何かさ、意外とバンドで出てる奴多くね?だからさ、一人で出てる奴が他にもいてくれて心強いわ」
ハハハと笑う響。
「しかも、ギタリストってのも同じだし」
響はそう言ってから、ペットボトルの茶を一口飲む。
「奏介、好きなバンドとかあるの?憧れてるバンドとかさ」
——“憧れてるバンド”?そんなの、決まってんだろうが。
「黒宴。……知ってるか?」
恐る恐る尋ねると、響は腕を組んだ。
「うーん……名前だけは聞いたことあるかも。確か、5年ぐらい前に流行ってたよな」
「……ああ」
……名前だけ聞いたことある、か。
黒宴の名前を出しても、大体そんな反応になる。知ってる奴は知ってるが、知らない奴は本当に知らない。
「奏介、意外とニッチな曲聴くんだね」
……今、ニッチって言ったな?
俺は「まあな」と答えつつ、少しだけ肩をすくめた。“ニッチ”という言葉だけで片付けれるのは、気に入らない。
しかし響はお構いなしに米に齧り付くと、もぐもぐと嚙みながら言った。
「でも良いよな、そういうの。俺、割と雑食だからさ、コレと言って好きなバンドとか無いんだよな」
「そうなのか」
……意外だな。大体音楽やってる奴ってのは、何かしらのアーティストに影響を受けて始めるモンじゃねえのかよ。
「だからさ、一つのバンドが好きって言える奴が羨ましい。目標がちゃんとあるみたいでさ。……奏介も、そんな感じがする」
俺は箸を止めた。
「そうか?」
……まだ俺の事なんかよく知らないクセに、よく言うよ。
そう思いながらも、完全に否定する気にもなれなかった。
「楽器って長続きしない奴も多いだろ。でも、目標があるだけで、そういう奴らとは一歩違う気がする」
響は自分のギターケースに手を添えると、少しだけ視線を落とした。その視線は、どこか遠くを見ているかのように感じた。
……何を考えてるのかは分からない。けど、さっきまでの軽い表情が一瞬だけ陰ったように感じた。
「お前――」
「次、響さんお願いします!」
俺が言いかけた途端、突然楽屋の入口からスタッフの声が飛んできた。
「あ、俺だ」
響は急いで残りの飯を口に放り込むと、手早くギターを取り出した。
「俺、一番最後なんだよ」
「最後……だと?」
——“最後”って事は、トリじゃねえか。
今さっきまで一緒に飯を食っていた奴が、しかも1個しか年が変わんない奴が、このライブの最後を任されている。
その事実に、俺は息を呑んだ。
楽屋でスタッフと話している響を見かけた時、俺が感じたあの違和感。……あれは、気のせいじゃなかったのかも知れない。
「じゃあちょっと行ってくるわ」
響は軽く手を上げて、楽屋を出る準備をした。
俺はその背中を見たまま、暫く動けなかった。
一体、コイツはどんな音を出すんだろう。
気付けば、俺は慌てて弁当を片付けていた。
「……俺、見に行って良いか?」
声を掛けると、響は振り返った。
「良いけど……リハなんか見ても面白くないぞ」
「それでも良い。折角だし、見せてくれよ」
……それに。俺はリハで手こずりまくった。
でも、トリを任されるような奴なら——リハの時点で、もう何かが違うはずだ。……直感的に、そう思った。
「じゃあ行こうぜ」
そう言って、響は先に楽屋を出る。俺は急いでその背中を追った。
俺と響。響は、何が違うのか——この時の俺は、それがどうしても気になっていた。
気が付けば、奴を追う足取りは軽くなっていた。




