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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
18/22

迷える音色は闇夜の調べ-2

 楽屋に戻ると、ここに来た時と同じ騒めきがそこにあった。笑いながら話している奴も居れば、弁当を食っている奴も居る。


 俺はドアノブを掴んだまま、少しだけ立ち止まった。

 脳裏に浮かぶのは、先程のリハ。……誰も俺のリハなんか見ていないはずなのに、何となく居心地が悪かった。


 俺は他の出演者の視線を逸らすようにしてギターを壁に立て掛ける。楽屋の端の椅子に腰を下ろすと、コンビニの袋から弁当を取り出した。


 弁当の米を一口運ぶが、味気が無い。腹は減っているはずなのに、何を食っているのかよく分からなかった。


 もう一口、箸で掴もうとしたところで、ふと影が落ちた。


「そこ、空いてる?」


 顔を上げると、茶髪を後ろで結んだ男が立っていた。恐らく、さっき入り口でスタッフと話していた奴だろう。


「……あ、はい」

「ありがと」


 男はそう言って、俺の隣の椅子を引いた。ギターケースを壁に立てかけると、そのままどさりと腰を下ろす。


「高校生?」

席に着くなり、男は聞いてきた。

「……はい」

「何年生?」

「2年です」

俺が答えると、男はぱっと声色を上げた。

「あ、じゃあ1個下か!俺、3年」

「……!そうなんですか」

慌てて姿勢を正すと、男は手をひらひらさせた。

「いやいや、かしこまらなくて良いって。1個しか違わないしさ。タメ口で喋ろうぜ」


 ……年上にタメ口だと?


「……分かった。……これで良いか?」

俺は少し戸惑いながら尋ねた。年上に馴れ馴れしくするのは、変な感じがする。

「うんうん、良いね」

男は満足そうに笑った。

「俺、(ひびき)。響って呼んで。君の名前は?」

「……立花、奏介」

「奏介か!よろしくな、奏介」

響はそう言うと、鞄の中からお握りを取り出した。

「奏介も一人で出るの?」

「……まあな」

俺は壁に立て掛けたギターに視線を移す。

「やっぱり!実は俺もなんだ。俺、ギター弾いててさ。奏介もギターなんだな」

「ああ」

俺が唐揚げを口に運ぶと、響は嬉しそうに目を細めた。

「嬉しいな。同じ高校生で、ソロの奴いて。……何かさ、意外とバンドで出てる奴多くね?だからさ、一人で出てる奴が他にもいてくれて心強いわ」

ハハハと笑う響。

「しかも、ギタリストってのも同じだし」

響はそう言ってから、ペットボトルの茶を一口飲む。

「奏介、好きなバンドとかあるの?憧れてるバンドとかさ」


 ——“憧れてるバンド”?そんなの、決まってんだろうが。


「黒宴。……知ってるか?」

恐る恐る尋ねると、響は腕を組んだ。

「うーん……名前だけは聞いたことあるかも。確か、5年ぐらい前に流行ってたよな」

「……ああ」


 ……名前だけ聞いたことある、か。

 黒宴の名前を出しても、大体そんな反応になる。知ってる奴は知ってるが、知らない奴は本当に知らない。


「奏介、意外とニッチな曲聴くんだね」


 ……今、ニッチって言ったな?


 俺は「まあな」と答えつつ、少しだけ肩をすくめた。“ニッチ”という言葉だけで片付けれるのは、気に入らない。


 しかし響はお構いなしに米に齧り付くと、もぐもぐと嚙みながら言った。

「でも良いよな、そういうの。俺、割と雑食だからさ、コレと言って好きなバンドとか無いんだよな」

「そうなのか」


 ……意外だな。大体音楽やってる奴ってのは、何かしらのアーティストに影響を受けて始めるモンじゃねえのかよ。


「だからさ、一つのバンドが好きって言える奴が羨ましい。目標がちゃんとあるみたいでさ。……奏介も、そんな感じがする」

俺は箸を止めた。

「そうか?」


 ……まだ俺の事なんかよく知らないクセに、よく言うよ。

 そう思いながらも、完全に否定する気にもなれなかった。


「楽器って長続きしない奴も多いだろ。でも、目標があるだけで、そういう奴らとは一歩違う気がする」

響は自分のギターケースに手を添えると、少しだけ視線を落とした。その視線は、どこか遠くを見ているかのように感じた。


 ……何を考えてるのかは分からない。けど、さっきまでの軽い表情が一瞬だけ陰ったように感じた。


「お前――」


「次、響さんお願いします!」

俺が言いかけた途端、突然楽屋の入口からスタッフの声が飛んできた。

「あ、俺だ」

響は急いで残りの飯を口に放り込むと、手早くギターを取り出した。

「俺、一番最後なんだよ」

「最後……だと?」


 ——“最後”って事は、トリじゃねえか。


 今さっきまで一緒に飯を食っていた奴が、しかも1個しか年が変わんない奴が、このライブの最後を任されている。


 その事実に、俺は息を呑んだ。


 楽屋でスタッフと話している響を見かけた時、俺が感じたあの違和感。……あれは、気のせいじゃなかったのかも知れない。


「じゃあちょっと行ってくるわ」

響は軽く手を上げて、楽屋を出る準備をした。

 俺はその背中を見たまま、暫く動けなかった。


 一体、コイツはどんな音を出すんだろう。


 気付けば、俺は慌てて弁当を片付けていた。


「……俺、見に行って良いか?」

声を掛けると、響は振り返った。

「良いけど……リハなんか見ても面白くないぞ」

「それでも良い。折角だし、見せてくれよ」


 ……それに。俺はリハで手こずりまくった。


 でも、トリを任されるような奴なら——リハの時点で、もう何かが違うはずだ。……直感的に、そう思った。


「じゃあ行こうぜ」

そう言って、響は先に楽屋を出る。俺は急いでその背中を追った。


 俺と響。(コイツ)は、何が違うのか——この時の俺は、それがどうしても気になっていた。

 気が付けば、奴を追う足取りは軽くなっていた。

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