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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
17/22

迷える音色は闇夜の調べ-1

 テストが終わってから、俺は毎日ギターを弾いていた。テスト期間中ほとんど触れていなかったせいで、最初は指が少しだけ重く感じた。けれど弦に触れているうちに、眠っていた感覚が少しずつ戻ってくるのが分かった。


 既に作ってあった曲も、何度も作り直した。


 一度完成させたつもりの曲をもう一度バラしてみる。リフを変え、構成を組み替える。イントロを削って、別のフレーズを差し込む。そうして作り直した曲を、翌朝もう一度聞き直す。

 すると今度は、昨日気付かなかった粗がたくさん見えてくる。

 そして結局、また直す。


 そんな作業を、何度も繰り返した。


 そうして出来上がった曲の中から、最終的に激しめの3曲を残した。

……正直、まだ完璧とは言えない。だが、今の俺が限界まで出せるモノは、この3曲に全部詰め込んだつもりだった。



 ——そして、8月2日。対バンの日がやってきた。


 今日は、その3曲を披露する。どれも歌詞までは付けれず、インスト曲という形になった。だが、俺のギターを聴かせられれば——それでも構わない。


 先日、山村に対バンに出る事をメールで話したら、「絶対見に行く」と返って来た。

 ……俺を目当てに来てくれる奴が一人でもいる。それだけで、少し誇らしい気持ちになった。


「……やってやるぜ」


 俺はギターのボディを軽く撫でてから、そっとケースに仕舞った。


 *


 天神駅を降り、改札を抜けた。

夏休みの土曜日ということもあって、人通りはまあまあ多かった。買い物袋を提げた主婦に、笑いながら歩く若者達。

 俺はそんな奴らとすれ違いながら駅構内のコンビニに入り、弁当を買って駅を出た。


 駅の南側にある渡辺通りに出ると、見慣れた景色が広がった。

 九州最大の繁華街なだけあって、ソラリアステージをはじめとする大型商業施設が並び、人の流れは途切れる事を知らない。


 俺はポケットからケータイを取り出し、対バンの会場を確認した。

 住所を見る限り、この渡辺通りを真っ直ぐ行って、途中で一本中に入った所にあるらしい。


 俺は歩きながら周囲を見回した。

 天神のライブハウスと言えば、駅北の親不孝通りの方に集まっているイメージがある。だからこんな場所にあると知って、最初は少しだけ疑っていた。


 だが暫く歩いて細い路地に入ると、すぐにそれは見つかった。

古びた雑居ビルの前に、黒い立て看板が立っている。そこに今日のイベント名と、開場時間、開演時間が書かれていた。


 ——ここか。


 俺は足を止めて、ビルをもう一度見上げた。こんな場所にライブハウスがあるなんて、今まで全く知らなかった。


 入り口の奥には、地下へ続く細い階段が伸びている。

 俺はギターケースを背負い直し、ゆっくりと階段を降りた。


 *


 ライブハウスに入ると、スタッフの女性が名簿を見ながら声を掛けてきた。

「出演者ですか?」

「はい」

名前を言うと、スタッフは名簿に丸を付けてから奥を指差した。

「立花 奏介さん、ですね。全員集まり次第ミーティングが始まるので、楽屋で待機しておいて下さい」

「分かりました」

俺は頭を下げて、奥の扉に向かった。



 楽屋の中は想像していた通り、かなり狭かった。壁際に長机が並び、その上にはペットボトルや荷物が無造作に置かれている。ギターケースも幾つか立て掛けられていた。


 既に何組かの出演者が集まっている。

 高校生らしい連中が音を出さずにギターを触っているかと思えば、大学生らしい連中がくだらない話で盛り上がっている。ドラムスティックを回している社会人っぽい男もいた。更にその奥では、中学生くらいの女の子がベースを抱えたままケータイを弄っている。


 ……年齢も、多分ジャンルも、バラバラだ。


 俺は思わず肩に力が入った。


 すると、部屋の入口から威勢の良い声が聞こえた。


「お疲れ様です!」


 振り向くと、ギターケースを背負った男が男性スタッフと話していた。

 年は俺と同じぐらいだろうか。明るい茶髪を後ろでまとめていて、ニコニコと笑っている。


「おお、(ひびき)君じゃないか。今日出るんだな」

「はい。よろしくお願いします」

「流石だね。今日も期待してるよ」

「ありがとうございます!」


 ……誰だ、アイツ。


 随分スタッフと気安く話している。……顔見知りなのか?それとも、ここに何度も出ているのか。

 少なくとも、初めてここに来た俺とは確実に空気が違った。


 ——同じ世代で、こんな奴がいるのか。


 俺は呆然と立ち尽くしたまま、茶髪の男をじっと見つめていた。


 ——その時だった。


「全員揃ったので、ミーティング始めます!」


 スタッフの声が響いた瞬間、楽屋の空気が一斉に動いた。

 さっきまでだらけていた連中も、背筋を伸ばして立ち上がる。スティックを回していた男も、のしのしとスタッフの後ろに着いて行った。


 俺もギターケースを肩から降ろし、静かに楽屋を後にした。


 *


 ミーティングは簡単なモノだった。出演者が順番に自己紹介をし、進行の説明を聞くだけだった。

それが終わると、いよいよリハーサルが始まった。スタッフによると、出演順に行っていくらしい。


 俺は3番目なので、前の出演者のリハが終わるまで楽屋でセッティングシートを書き込むことにした。


 先に呼ばれた出演者が、楽器やスティックを手に取り、ステージの方へ向かっていく。


 暫くするとバスドラのドッドッという音が響いてきた。どうやらセッティングが終わり、サウンドチェックが始まったようだ。

 俺はセッティングシートを書きながら、ぼんやりとその音を聴いていた。


 サウンドチェックは、各パート毎に行う。PAの指示に従って、ドラム、ベース、ギター、ボーカルの順に音を出して調整していく。


 ボーカルの声が順番に聴こえると、今度は曲の演奏が聴こえた。今度は、全体の音出しだ。俺は思わず手を止め、耳を澄ませた。


 ——どんな曲なんだろう。


 だが——1分もすればすぐに音が止まり、思わず肩の力が抜けた。


 ……そうだ。


 ……リハーサルというのは、“曲の練習”をする時間ではない。飽くまでPAが音の調整をするための時間だ。慣れている奴らは、必要最低限の確認だけしてすぐに終わらせてしまうらしい。




「次、立花さんお願いします」

セッティングシートを書き終えると、スタッフに呼ばれた。


 ——いよいよか。


 俺はケースから相棒を取り出すと、楽屋を出てステージへ向かった。


 *


 ステージに出ると、まず俺はセッティングシートを音響スタッフであるPAに提出した。

 それからアンプの前に立ち、セッティングを始めた。


 まず、ツマミがゼロの位置になっているかをしっかりと確認する。ギターと接続したら、俺はそっとツマミを掴んだ。

 トレブル、ミドル、ベース……そしてゲイン。一つ一つ、家で決めてきた設定に近づけながら、少しずつ回していく。

 家の小さなアンプと違い、ライブハウスのアンプは音の出方が全然違う。家のアンプに慣れているせいか、指先がほんの少し震えているのが分かった。


 俺は一度ツマミから手を離し、ステージの奥に目を向けた。

 ドラムセットに、ベースアンプに、床に置かれたモニタースピーカー。ステージはごちゃごちゃしているのに、今日だけはぽっかり何かが抜けたように、やけに広く感じた。


 それもそのはず。今日は——“一人”だからだ。

 他の出演者は、バンドで出ている奴も多い。だから、ギター一本でステージに立つ俺は、少し浮いている気がした。


 ……それに、いつもなら隣に山村が居る。山村のベースがあれば、俺はそれに合わせて音を作れば良い。練習でも、リハでも、本番でも、あの人が横で色々教えてくれた。


 ——でも、今日は違う。


 そう思った瞬間、胃の端がチクリと痛んだ。


 ……ここに来るまではただ楽しみだったのに。今になって、“孤独”という事実がひしひしと迫ってきた。


「……」

俺はアンプに視線を戻し、ゴクリと唾を飲み込んでからツマミを回した。



「……よし」


 全部のツマミを回し終えると、俺はギターを構えた。

 すると即座に「ギターお願いします」という声が飛んできた。


「クリーンいきます」

そう言って、俺は歪みの無いクリーントーンでコードを鳴らした。


 ——ジャーン。


 音が空のフロアに広がり、壁に反射して戻って来る。


 ……やべえ、ちょっと小さかったか。


「もう一回お願いします」


 案の定PAにそう言われて、俺は同じコードをもう一度鳴らした。今度は少し強くピックを当ててみる。


「モニター大丈夫ですか?」

俺は足元のモニタースピーカーから返って来る音を注意深く聴いた。

「……すみません、もう少し下さい」

「はい、上げます」


 ——ジャーン。


 音を鳴らすと、モニターから返って来る音が少し大きくなった。

 俺は同じフレーズをもう一度鳴らしてみる。


 ……よし、聴こえる。


「ありがとうございます。次、クランチです」


 そう言って、俺は足元のエフェクターを見下ろした。


 今回の3曲は音色が多い。だから、リハでは全部の音色を確認しておかないと落ち着かない。


 俺はスイッチを踏み、リフを刻む。すると、歪みの無いクリーンから、ほんの少しだけ歪みの効いたトーンに変わった。

 低いリフを刻むと、ザッ、ザッという短い音がフロアに響いた。


 これを、クランチからディストーションまで、何度も繰り返して確認していく。




「最後、リードです」

俺はそう言って、得意なギターソロのフレーズを弾いた。ここは弾いていて気持ち良いところ。

 サステインが伸び、音がフロアの奥まで引っ張られる。


 ——はずだった。



 ……あ?


 弾いた瞬間、違和感が走った。……高音が、少しだけ硬い。音の伸び方が、どこか引っ掛かる。

 俺はすぐに弾く手を止めた。


「すみません、ちょっと待って下さい」


 俺はアンプの前にしゃがみ込み、ミドルのツマミをほんの僅かに下げた。ついでにゲインも少しだけ上げた。

 そして立ち上がり、もう一度同じフレーズを弾く。すると、さっきよりは滑らかに音が伸びた。


「はい、大丈夫です」


 ……多分、コレで良い。

 だが内心はまだ落ち着かなかった。



「じゃあ曲、お願いします」

PAが言うと、いよいよ曲のリハーサルが始まった。俺は3曲のうち1曲のイントロから始めることにした。


 曲が流れた瞬間、俺はギターのリフを走らせる。そこに打ち込みのドラムとベースと重なって、音が一気に厚くなった。


 だが数小節進んだところで、いきなりPAの声が飛んだ。


「ギター少し大きいです!」


「……!?あ、すみません!」

俺は慌ててアンプの前に戻り、ボリュームを少し下げた。


「……クソ」


 いつも山村と弾いてる時は、こんな事にはならない。


 ……どうしてだ。どうして、こんなに上手くいかない?


「……今度こそ」

俺はもう一度イントロから弾いた。

 心なしか、弦の手触りが、さっきより太く感じた。



 ——ジャーン。


 Bメロまで弾いたところで、PAが言った。


「はい、OKです!」


「ありがとうございました」

礼を言い、再びアンプの前に戻る。俺はポケットからメモ帳を取り出し、アンプの目盛りをメモした。



「……はあ」


 思わず、溜息が出てしまった。……こんな所で溜息をつくのは、初めてかも知れない。


 ……ちょっと時間取らせたな。


 俺はケーブルを外し、ギターを抱え直した。腹の底にまだ残っている妙な緊張を振り払うように肩を落とすと、足早にステージを降りて楽屋へ戻った。

作者は音楽知識ゼロなので、リハのシーンはリハの進め方をGoogle先生に聞いたり、ギタリストのYoutubeを見たりして何とか書きました。すんごい大変だった……。

もし有識者の方で“ここおかしいよ”と言うのがあったら、是非教えていただけると助かります。

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