此岸に咲く彼岸花一輪-1
「……俺、こんなとこで何やってんだよ」
*
ライブが終わって楽屋のドアを閉めると、さっきまでの空間が嘘みたいに遠のいた。厚い壁の向こう側には、まだ僅かに人の気配が残ってるはずなのに、ここだけ切り離されたみたいに静かで、現実に引き戻されたような気分だ。
俺はギターをケースに仕舞い、椅子に腰を下ろした。そして、テーブルに置いてあったタオルに顔を埋めた。
俺の名前は立花 奏介。バンドマンだ。「カルマ」って名義で、ギターを弾いている。
少し前まではバンドに居たが、今は訳あって一人だ。
……“少し前”つっても、もうとっくに過去の事だけどよ。
「——はあっ」
タオルを外すと、鼻の奥に汗と埃の臭いが残った。
壁に立てかけたギターケースに目をやると、思わず溜息が出た。
……今日のライブも、動員は少なかった。
クソちっせえ箱なのに、フロアはスカスカ。客の数なんて、わざわざ数えなくても分かった。
それでも俺は手を抜いたつもりは無えし——抜ける訳が無い。
——なのに、何かが足りなかった。
もちろん、動員が足りねえのは分かってる。
けど、それだけじゃない。
歓声や拍手の大きさでもない。セトリの曲数でもない。数字じゃない“何か”が、確実に欠けていた。
全力で音を出したのに、どこか届いてない感覚が残った。どんなに爆音で、どんなに激しく掻き鳴らしても——どこか寂しく聴こえた。
「……クソ」
座ったまま項垂れると、自分の手元が目に入った。紫のマニキュアが、一本だけ剥げていた。
「……俺、こんなとこで何やってんだよ」
狭い楽屋に、独り言がやけに大きく響いた。
*
「カルマさん、準備できたら撮影の方——」
俺がぼうっとしてると、突然マネージャーが楽屋に顔を出してきた。
——撮影?……ああ、Xに上げるやつか。
「……はいよ」
俺は腰を上げ、衣装と三つ編みのエクステを直してマネージャーに着いて行った。
指示された椅子に座り、キメ顔を作って、写真を撮られる。
1枚で終わらず、何枚も撮られ続けるのはもう慣れっこだ。
——パシャ。パシャ。
……シャッターが切られる度に、俺の意識は少しずつ別の所へ行った。
東京の端っこで、“売れないギタリスト”やってる俺。
売れないなら辞めれば、って言われたことも一度や二度じゃない。
でも、音楽以外に取り柄が無くて、気付けばここまで来ちまった。
……ホント、何やってんだか。
自分でも呆れちまうし、傍から見ればダセえに決まってる。
——それでも。
俺はギターだけはどうしても手放せなかったんだ。
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