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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
14/22

障壁が孕む連関の長い日-3

 それから俺は、黒田に教わった“魔法のノート術”とやらを始めた。


 最初は男のクセに多色ペンを持つだけで、妙に気恥ずかしかった。ノートをカラフルにするなんて、女がする事みたいでダセえと思っていた。けど、隣で何本もペンを走らせている奴を見ると、俺も自然とペンを取らざるを得なくなった。


 重要語句を赤で書き、人物名を青で書く。地名は緑で、余白に相関図も描く。——そんな作業を繰り返すうちに、いつもは睡魔と戦っているような授業も、気付けばすっかりペンを走らせる時間になっていた。

 今まで真っ黒だった俺のノートも、いつの間にかやたらと鮮やかになっていった。



 そして俺と黒田は、学校が終わると何度かファミレスに足を運ぶようになった。


 ドリンクバーの手順も、店内に流れるポップなBGMも、すっかり覚えてしまった。最初は少し落ち着かなかったあのボックス席も、今では店に入れば自然とそこに腰を下ろしている。


 今日も、俺たちはいつも通り一番奥の席に着いた。すると、黒田は鞄から教科書を取り出しながら言った。

「そういえば麻生先生、仏像の名前答える問題出すって言ってたけどさ」

「……ああ」

「先輩から聞いたんだけど、仏像の問題は毎年正答率低いらしいよ」

「……先輩?」

俺は思わず聞き返した。

「うん、委員会の先輩。去年、麻生先生の授業受けてたんだって」

黒田はサラッと言ったが、俺の頭には仏像の問題がどうこうよりも別の事が引っかかっていた。


 ——“先輩”かよ。……コイツ、普通に上の学年とも繋がってんのか。


 同級生ですらまともに繋がっていない俺にとって、“先輩”なんか廊下ですれ違うだけの存在だ。

 けれど、黒田には情報の通り道は幾つもある。俺の知らない所で、色んな奴と繋がっている。

 ……俺は、そんな黒田の人脈の広さに驚いていた。


 だが黒田は、そんな俺をよそに続けた。

「配点も低いし、教科書に載ってない写真も出るらしい。だから、あそこに時間割くより他固めた方が良いって」

「……へえ」

「あと、麻生先生は年号が大好きらしいから、年号はちゃんと覚えといた方が良いみたい」

「マジかよ」


 ……そんな事、俺一人じゃ絶対に知る事は出来なかった。

 もしも黒田が居なかったら、知らねえ仏像を必死に覚えて、肝心の年号を落としていたかも知れない。


「やっぱ流石だな、黒田」

「じゃあ今日は、年号たくさん覚える日にしよっか」

「おう」

俺が頷くと、黒田はニコニコしながらファイルから1枚のルーズリーフを取り出した。

「今日は良いモノ持ってきた」

黒田が差し出した紙には、縦一列にびっしりと数字が並んでいた。規則正しく並ぶその数列は、相変わらずよくまとまっていて読みやすい。……てか、よくここまで書いたな。

「俺がまとめた年号リスト。所々、語呂合わせも書いといたよ」

俺はもう一度紙を覗き込んで、尋ねた。

「……コレ、写して良いか」

「勿論」


 俺は自分のノートを開き、ペンを握った。

 701、708、710……上から順に書き写していく。黒田の字は何度見ても綺麗なのに丸みがあって、どこか柔らかい。横に小さく書かれた語呂合わせは、時々変な言葉が混じっていて、思わず口元が緩んでしまう。

「……何だよ、“墾田永年私財法はナンシーさん (743)”って」

「でも覚えやすいだろ?」

「まあな」

俺は端に小さく語呂合わせを書き足した。

 年号に、出来事に、語呂合わせ——三段構えで並べていくと、ただの羅列だったはずの年号に形が生まれた。ページが埋まる度、頭の中にも何かが積み上がっていく気がした。


 一通り写し終えると、俺は口に出して年号を唱えた。

「墾田永年私財法が743年、大仏完成が752年……。奈良公認 (752)の大仏、か」

最初はゆっくり、確かめるように。


 それを何度か繰り返すうちに、数字が呪文のようにスラスラと口から出てくるようになった。



 次に、リストの数字を手で隠して順番に見ていく。

「大宝律令が701年、和同開珎は……708年?……おっ、合ってるじゃねえか」

さっきまでノートを見ながらだったのが、次第にパッと数字が浮かび上がるようになって気持ち良い。

「覚えるの早くない?」

黒田が言った。

「じゃあランダムでいくよ。大仏完成は?」

「752」

「古事記の編纂は?」

「712」

自分でも驚くぐらい、勝手に数字が出てきた。黒田の言葉を聞いただけで、考えるより先に数字が出てくる。


「立花君、やっぱ年号覚えるの早いね」

黒田はきょとんとした顔だった。

「……そうか?」

俺は手元のコーラを一口飲んだ。舌に氷が当たり、炭酸が口の中で弾けた。

「……確かに、人名よりも覚えやすいかもな」

「どうして?」

黒田は不思議そうに聞き返した。


 ——どうして、と言われてもよ。自分でもよく分からない。

 ……けれど、年号の方が覚えやすいのは事実だった。


「……藤原のナントカみてえに、ややこしい漢字覚えなくて済むからかもな。固有名詞じゃねえ方が簡単かも知れねえ」

俺が言うと、黒田はどこか考えるように俺を見つめた。

「そういう人、なかなかレアだね。普通はみんな、年号覚えられないって言ってるのに」

「……」


 ——“レア”、なのか?


 俺はノートに並んだ数字を眺めた。

 701、708、710……整然と並ぶその数字は、妙に気持ちが良い。黒田はああ言うけど、俺にとっては訳の分からない名前が並んでるページより、こっちの方がずっとスッキリしている。


 ……だったら、“普通”って何だよ。



「じゃあもう一回やろっか。長屋王の変は?」

黒田はリストを手に取って言った。

「……729だっけ」

「合ってる。聖武天皇の即位は?」

「724だろ」

「それも合ってる。……立花君、凄いよ」

黒田は驚いた顔で言った。


 ……“凄い”なんて言われるとは、思ってもいなかった。

 急にそんな言葉を向けられて、俺は視線を合わせられなくなった。


「立花君、今ちょっと楽しいでしょ」

「……別に」

否定はしたが、少し顔が熱くなった。……確かに、ちょっと楽しかった。


「……もう一回いくぞ」

そう言って、俺がノートを閉じると黒田は嬉しそうに頷いた。

「よし、じゃあ通しでいこ。大宝律令は?」

「701」

またしても、迷い無く答えが出てきた。


 ……日本史なんて、どうせ何も分からないと思っていた。でも今は、少なくとも“全部”が無理な訳じゃないと、初めて知った。


 むしろ——ノッてきた。


「次、出せよ」

俺が言うと、黒田は次々と問題を出してきた。

 そして、俺はそのテンポに自然とついていけた。


 数字が途切れない。答えが詰まらない。それが、不思議と心地良かった。


 気が付けば、コーラの氷は溶けきっていた。店内の音も、周囲の会話もいつの間にか遠く感じる。


 ——俺たちは時間を忘れて、年号を投げ合い続けていた。

今回は奏介の意外な才能が判明しましたが……次回、奏介の更なる意外な秘密が明らかに…!?

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