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業を鳴らす  作者: 希乃咲 空
1章―2008年〜―
13/22

障壁が孕む連関の長い日-2

 放課後、俺と黒田は学校の近くのファミレスを訪れた。まだ夕方の早い時間帯だからなのか、店内は意外にも空いていて、俺たちは一番奥のボックス席に案内された。


 俺たちはドリンクバーを注文し、俺は迷わずコーラを選んだ。黒田も同じようにコーラを注いでから、椅子に腰を下ろした。


「じゃあとりあえず、今日の小テストから復習しよっか」

席に戻って早々、黒田は今日返されたばかりの小テストを取り出した。

「うっ……」

俺は一瞬、固まった。


 ……あの点数を晒せってか。


 勉強が出来る奴の前で、あんな点数を見せるのは抵抗がある。何より、自分の酷い点数を見せてしまった途端に“出来ない奴”のレッテルが張られそうで、正直怖かった。


 ……でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


「……先言っとくけど、笑うなよ」

「……え?」

俺は鞄の中からシワの寄った答案を取り出し、恐る恐るテーブルの上に置いた。


 バツだらけの解答欄に、主張の激しい「5」。赤いペンの跡がやけに派手で、見れば見る程腹が立つ。……俺はそれを見ただけで、すぐにでも答案を隠したくなった。


「……お、おう」

黒田も確実に戸惑っている。その反応だけで、俺は更にムカついた。……クソ、だから見せたくなかったんだよ。

「……もう良いだろ」

俺はすぐに答案を引き戻そうとしたが、黒田はそれより先に紙を手に取った。

「待ってよ。ちゃんと見るから」

黒田は眼鏡をくいっと上げて答案を持ち直し、端から順に目で追い始めた。見る、というより読み解く——そういう仕草だった。


「……」

沈黙が、やけに長くて気まずい。俺はコーラのグラスを手に取ったが、飲むタイミングすら分からなくて、結局テーブルに置いたまま揺らすだけだった。

 コーラの氷が、カランとグラスの中で鳴って、その音が余計に気まずさをかき立てる。


 ——けれど、次の瞬間。


「……っ」

黒田の肩が、びくっと震えた。

「……あ?何だよ」

「いや、その……」

黒田は答案をテーブルに置き、解答欄を指差しながら言った。


「……分かんないからって、分かんないとこ全部、橘諸兄(たちばなのもろえ)で埋めんなよ。何でそれだけ知ってんだよ……ははっ」

そう言った瞬間、黒田は吹き出した。

「いや……山張ってただけだし」

「もしかして立花(たちばな)だから、(たちばな)だけ覚えてたのかよ」

「……ああ、そうだよ。悪かったな。一番覚えやすかったんだよ。……何した奴かは知らねえけど」

俺がそっぽを向くと、黒田は更に笑い始めた。

「だから笑うなって言ってんだろ。……それに、藤原とか天皇っぽいとこはそれっぽく書いてあんだろうが」

ついイラついて言い返したが、言い訳がましくなってしまって、自分でもダサかった。……てか、そんなに面白いかよ。


「……っ、ははっ……ごめんごめん、いや違くて」

黒田は慌てて手を振った。

「立花君の発想が面白くてさ」

「面白くねえよ」

俺は腕を組んで、再び視線を逸らした。やっぱ見せるんじゃなかった、と少しだけ後悔する。


「でもさ——」

黒田は笑いを引っ込めるみたいに一度息を整えてから、答案をもう一度手に取った。


「これなら俺も教え甲斐があるよ」

「……どういう意味だそれ」

「いや、馬鹿にしてる訳じゃなくて。伸び代があるってこと」

黒田は解答欄の一部を指差して、「ほら、こことか惜しいじゃん」と言った。さっきまで笑ってたクセに、急にちゃんと見ている。その切り替えが、妙に腹立たしい。


 ……でも、確かにコイツには馬鹿にしている様子は無かった。


「ちゃんと勉強すれば、立花君なら絶対伸びるよ」

「……そうかよ」

俺はそっと視線を答案に戻し、自分の答案を見つめた。赤い「5」は相変わらず鬱陶しいが、心なしかさっきよりは少しマシに見えた。


 *


「じゃあ早速、教科書の内容から整理しよっか」

黒田はガサゴソと鞄を漁り、赤いノートを取り出した。

「ここが今日の範囲だね」

そう言って、黒田は開いたノートを俺に差し出す。


 俺は開かれたページを覗いた瞬間、目を疑った。


「何だコレ……」


 黒田のノートは、綺麗な字でよくまとまっていた。規則正しく整理された箇条書きは、麻生の汚い板書よりも見やすい。余白の取り方まで計算されてるみたいで、ぱっと見ただけで“どこが大事か”がすぐに分かる。

 それだけじゃない。赤に、青に、緑……何色ものボールペンとマーカーが使われていて、地図も肖像画も相関図も、教科書をそのままコピーしたのかってぐらい、メチャクチャ上手い。…文字というより“視覚”で訴えて来る。頭の中に文章ではなく、“形”として残るように作られているノートだった。


「凄えな……これが出来る奴のノートか」


 俺は自分のノートを取り出すのが恥ずかしくなった。

 俺のノートは黒一色で、板書を写すだけしかしていない。いつだって寝るか起きてるかの瀬戸際で書いてるモンだから字も歪むし、抜けもあるし、後から見返す気にもならない。


「これ、どうやって色使い分けてんだよ」

「ああ、それはね——大事な用語は赤で、人物名は青、地名が緑って感じかな。あとは地域毎にマーカーを使い分けたり……」

黒田は目を輝かせながら説明し始めた。どうやら、スイッチが入ってしまったようだ。

「へえ……」

……正直、俺は半分しか頭に入ってこなかった。色分けの理屈より、まずあんなに短い時間で“ここまで作り込める”って事実の方が衝撃だった。


「……お前のノート、コピーしても良いか?」

俺はつい、尋ねてしまった。


 しかし黒田は、さっきまで楽しそうに話していたクセに、急に真剣なトーンで言った。

「いや……オススメはしないかな」

「何でだよ」

黒田は目を伏せ、「うーん……」と一拍置いた。


「俺の字を見ても、立花君には覚えにくいと思う」

「……は?」

「何ていうかさ……自分の筆跡が一番見慣れてるじゃん?だから、他人(おれ)が書いた文字を読んでも、なかなか頭に入らないんだよ」

「そうなのか」


 ……そんな事、考えた事が無かった。いつも一夜漬けな俺にとって、テストってのは“とにかく詰め込む”以外の何物でもなくて、自分の筆跡なんか気にしたこと無かった。


「俺としては、俺のノートの取り方を真似して書いてみるのをオススメするよ。何気に俺も、この書き方始めたら、かなり成績上がったし」

そう言って、黒田はノートの凡例を付箋に書き、俺に渡してきた。赤、青、緑……それぞれの意味が、小さな付箋にきっちりと箇条書きでまとめられていた。

「……おう」


 ——これが、勉強が出来る奴の思考回路。


 同じ授業を受けていても、俺と黒田とは見え方が違っていたんだ。ちゃんと努力してる奴は、そうでない奴よりも色々考えている。

 俺はにとって授業中は寝るモンだけど、黒田はその間に、ちゃんと聞いて、整理して、嚙み砕いて、“組み立てる”——その過程を全部こなしている。……その差が、今になって突きつけられたような気がした。


 しかも黒田はデザイン性もある。……本人は気付いてないみたいだが、あのノートの彩りと、緻密な絵も、見る者を一瞬で惹き付ける。確かに絵も上手くて、字も丁寧だが——そういう次元を超えて、もう“センス”が滲んでいる気がした。


 ——やっぱり、黒田(コイツ)は次元が違う。


 けれどその“異次元”は、何故か悪くはないと感じた。


 コーラを一口含むと、ピリッと炭酸が舌を刺した。けれど、喉を通る頃には、甘さがゆっくりと広がった。


 その甘さに、妙な安心感が静かに溶けていった。

「障壁が孕む連関の長い日」は、タイトルの通り割と長く続いてしまいそうです……。

音楽とは関係の無い内容に見えますが、それでもこの話は奏介の内面と黒田の人となりについて掘り下げるための重要なお話なので、もう暫く苦手な日本史と戦う奏介と黒田を温かく見守っていただけると嬉しいです。


にしても放課後ファミレスで勉強とか、青春してるな…笑

(お店に迷惑となる長居は厳禁ですが)

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