障壁が孕む連関の長い日-1
日本史の時間、俺は返された小テストと睨めっこしていた。
「……マジかよ」
20点満点の小テストに、赤で大きく書かれた「5」の文字。バツの並んだ答案を見て、思わず裏返してしまった。
……5点。たったの5点。確実に平均以下だ。
平城京に、平安京——中学レベルの問題しか合っていない。人物名は、ほぼ全滅だ。藤原のナントカも、ナントカ天皇も、誰が誰だか分からないまま全部ごちゃ混ぜになっていた。
「……やべえな」
このままでは、期末も確実に赤点になってしまう。……だからと言っても、どうすりゃあ赤点を回避できるかなんて、分かるはずがない。
「黒田、よく出来てるな」
突然、麻生の声が教室に響いた。
俺は、それに釣られて反射的に顔を上げた。
前を見ると、黒田は「ありがとうございます」と言って、小テストを受け取っていた。
……そういえばコイツ、歴史得意って言ってたな。
黒田が席に戻ってきた時、横目に見えた答案には赤い丸が整然と並んでいた。
点数までは見えなかったが、あの丸の量で分かる。……あれは絶対、満点だ。
俺は、もう一度自分の答案に目を落とした。
赤い「5」がやけに目立つ。……まるで“お前は向いてない”と書かれているかのように感じて、腹が立つ。
……同じ教室で、同じ授業を受けて、同じテストを解いたはずなのに。この差は、何なんだ。
「……お前、凄えな」
気付けば、心の声が漏れていた。
「……え?」
黒田は、少し驚いた顔でこちらを見た。普段、俺から話し掛けることなんてほとんど無いからだろう。
「……満点だろ、それ」
「ああ、うん。たまたまだよ」
……たまたまな訳あるか、クソが。
みんな“偶然”だの“たまたま”って言うけどよ。こう言う奴に限って、絶対に“たまたま”じゃないんだよな。本当に出来る奴こそ、必ず“たまたま”って言う。
……俺も一度で良いから、そんな事言ってみてえよ。
「これで全部だな」
麻生は全員に答案を配り終えると、腰に手を当てて教室を見渡した。
「良いかァ、ここも期末の範囲だからな。ちゃんと勉強しとくんだぞ」
「……はぁっ」
——“期末”。その言葉を聞いただけで溜息が出た。
補習になったら、対バンに出れない。でも、今の俺の実力では、赤点を回避するのは絶望的だ。
「……」
俺は俯いたまま、答案を机の中に押し込んだ。そうしたところで、何も点数は変わらないのに。
*
「……なあ」
授業が終わった後、俺は黒田に声を掛けた。
「……日本史、どうやって勉強してんだ?」
言った瞬間、自分でも少しびっくりした。こんな風に、俺が他人に何かを聞くのは滅多に無いからだ。
黒田も一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに答えた。
「ノートと資料集見て、問題集解くだけだよ」
「それでも出来ねえから聞いてんだろ」
すると黒田は顎に手を当て、少し考える仕草をしてからこっそりと俺に尋ねた。
「もしかして……期末、ヤバそう?」
「……ああ」
図星を突かれて、俺はそう答えるしか無かった。
「……小テストもヤバかったし、中間も……赤点だった」
「マジで!?」
「このまま期末も赤点取ったら補習になりそうなんだよ」
“補習”という言葉を口にした瞬間、胃の辺りが重くなり、俺は口を閉じた。
……頼む、勉強教えてくれと言いたいけれど、なかなか言えずにもどかしい。
別に、黒田は俺に教える義務も無い。しかも俺に構っていたら、黒田が勉強する時間まで減ってしまうし、コイツからすると何も得しない。
……俺はそこで話を切り上げ、席に戻ろうかとも考えた。
——でも。
このままでは何も変わらない。俺一人の力じゃ、どうにもならない。……今、この状況を突破するには、黒田の力を借りるしか無い。
だから俺はゆっくりと息を吸い、喉の奥に詰まっていた言葉を吐き出した。
「……日本史、教えてくれねえか」
掌に変な汗がじわりと滲んだ。テストを返された時よりよっぽど緊張して、つい目を逸らしてしまった。
しかし、そんな俺とは対照的に、黒田は嬉しそうな顔をして言った。
「良いよ。じゃあ放課後、一緒に勉強しよっか」
あまりにあっさりとした返事だった。俺は安心したのか、急に肩の力がふっと抜けた。
「……助かる」
俺が言うと、黒田は胸を張って「任せて」と答えた。
——“任せて”、か。流石だな。
……黒田は、俺には無いモノを当たり前のように持ってる。それが少し、悔しかった。
けれど、今の俺は、それに縋るしか無い。
「……ありがとよ」
俺が礼を言った瞬間、交わした約束がやけに現実味を帯びて胸に響いた。
こうしてこの日から、俺は黒田との勉強会が始まることになった。
■奏介の高校
偏差値は55〜57ぐらいの公立高校。
自由な校風で校則は割と緩い。
ちなみに、奏介と黒田は文系。




