13 火星移住計画
その計画が、いつから始まったかは、具体的な記録が残されていない。
19世紀には小説で。
20世紀には映画などでも描かれた物語は、20世紀後半には実際の研究対象となり、火星に調査や観測の為のロケットを打ち上げる事となった。
21世紀に入って、行動は息を潜めたが、決して無くなった訳ではなかった。
2024年に月へ人を送る事を目標にしているアルテミス計画では、月面基地の開発と、火星への有人飛行をも唱っているからだ。
初期段階では、火星に地球タイプの大気を作る計画も考案された。
だが、これは火星の環境的に無理が多いとされている。
火星の劣悪な環境を知れば知るほど、移住計画には賛成しかねるだろう。
『それほどやりたいなら、お前達が住んでみろ!』と言う反対意見が出たのは、反対派の真意なのか?
賛成派の計略だったのか。
一部の財界を巻き込み、秘密裏に行われた火星移住計画は、最終的には高い完成度を見せていたのだった。
電動自動車や電動工作重機の開発。
新たな火星着陸方式の開発。
無人ロケットを用いた、大量の物資の資材搬入。
極冠を冷却剤とした原子力発電の導入。
密閉式地下都市の開発。
これらの壁を半世紀をかけて克服していった努力は、並み大抵の事では無かっただろう。
そして2061年以降、明確になった未曾有の危機到来に際して、火星移住計画は、人類存亡を握る鍵の一つとして重要視される事となる。
それでも、未曾有の危機を楽観視する者や火星開発の危険性を重視する者など、多くの派閥が存在したが、どちらの情報もパニックや非難を浴びると言う理由で、巧みに隠蔽されていった。
◆◆◆◆◆
宇宙飛行のリハビリが終わった後、ルーシー達の仕事は忙しかった。
看護師の資格を持っていたルーシーの現場を例にとるなら、病院のベッドは、ほぼ埋まり、食品や薬品も足りない。
苦肉の策として、人工冬眠のカプセルを流用したり、一部は再度の人工冬眠をさせたりしている。
患者の多くは凍傷とノイローゼ、皮膚ガンなどだ。
主に長期滞在の者に多いが、ルーシー達の組にも数人でている。
物資のリサイクルは効率が想定よりも低く、特に水は足りないくらいだ。
「氷は山ほどあるのに、ほとんどがドライアイスときてやがる」
そう、ぼやく声が聞こえてくる。
「誰かに頼らず、自分達で出きる事は、自分達でやるしかないよ」
看護婦長は、ノイローゼの患者を庭園エリアへ散歩に行かせる許可をとる為に、奔走している。
忙しいのは医局だけではない。
全てのエリアが限られた資源で、量と質の向上を目指さないと、生きていけない状況なのだ。
「もう、地球からの補給は無いんでしょ?」
ルーシー達と一緒に来たロケットが、最後の物資だったのだ。
実際には、まだ整理されてない物もあるので、いろいろと不手際が起きている。
医療崩壊が起きていないのは、本来は資格を持っていない者たちによる副業的ボランティアによる功績が大きい。
軽傷の患者さえも手伝っている。
こんな状況でも、地球へ帰りたいと騒ぐ人は居なかった。
地球へ行けるロケットが無いわけではない。
ルーシーも働きだしてから、同僚に聞いたのだが、この場所に居る多数が『大規模な流星雨の為に地上に被害がでるかも知れない』と言う話の元に、火星へと来ていた。
地球でライナス達が、色々と話を濁していた理由が、なんとなく理解できる。
◆◆◆◆◆
ルーシーは、火星到着の数か月後にライナスに呼び出された。
「ここでも、やっぱり本物の星空を見る事が出来ないのね?」
「ルーシー。天気が良ければ外に出れるけど、夜はお薦めしないよ」
若干だが大気があり、夜には気温がドライアイスができそうな温度まで下がる火星では、自殺行為に等しい。
宇宙服の表面は、すぐに凍結して動けなくなる。
また、季節風で、電動ヤスリで削るような酸化鉄の砂嵐が吹く世界では、展望スペースなど望むべくもない。
既に追加人員の到着もない、この段階では、医療スタッフであるルーシーが屋外に出るのは、事故があった時くらいだ。
非番のタイミングを見計らって、庭園エリアに呼び出されたルーシーは、ライナスと一緒に星空を眺めていた。
火星の一日は、地球と大差ないので、生活のリズムに負担はない。
これは、ニセ物の星空だが、ちゃんと星座やスターダスト、スターレインが演出されている。
地球の物と違うのは、明けの明星や宵の明星が青く大きい地球だと言う点だ。
「これはデートのつもりかしら?ライナス」
「メインはデート。他にも用事は有るけどね」
ある意味で、やたらとルーシーに付きまとっていたライナスの心中は、容易に察しがついた。
優しく、紳士的な行動に、ルーシーも嫌な気はしていない。
御互いの素性や家庭環境を知っているだけに、他の者とよりは話に制限がなく、話しやすいとも言える。
「ここでの暮らしは慣れた?」
「そうね。ある意味では都会で暮らしているのと大差ないし、十年くらいは、あっと言う間かも知れないわね?」
「ここで結婚したり、子供を産む人達も出るだろうね?」
「あらっ?もうプロポーズ?」
「あれっ!ゴメン、指輪を買ってきてないや。ハハハハ・・」
まぁ、二人とも、そこそこ悪い気はしなかった。
個々の仕事が忙しく、久しぶりに会った二人は、御互いの苦労話をはじめた。
「やはり、物資不足なのね?」
「特に水素がね。元素合成が効率よくいかない理由も、そこにある。今、岩石から効率よく水素を抽出する方法を検討中らしい」
鉄と酸素、炭素は簡単に、有り余る程に入手出きる。
だが、それ以外の物が思った程には入手出来なかった。
そんな話をしている最中にも、定期的に時計を見ているライナスに、ルーシーは疑問を覚える。
「ライナス。他の用事って、誰か来るの?」
「いや、人が来るんじゃなくて、報告待ちなんだよ」
「だったら、MoAコントロールの方が良くない?」
MoAコントロールセンターは、ライナスが働いている運営の中心部だ。
「コントロールセンターは、君が入れないし、この報告は内容がとんな物でも、対処は決まっているから、私が不可欠ってわけじゃないんだよ」
「なぜ、私と?」
「君との方が、いろいろと都合が良くてね」
そうして、時間が18時を回り、辺りが暗くなった頃、夜空を演出していた天井が、一気に暗くなった。
『イエローアラート、イエローアラート。MoAコントロールより伝達。手空きの者は全員、情報パネルに注目』
庭園エリアの空にアラート表示が現れ、場内にアナウンスが響く。
ジョギングしていた者も立ち止まって、空の表示を見上げていた。
「始まったよ」
ライナスが、ルーシーの肩に手をあてて、そう、口にした。




