12 赤い星
再開!
22話で終わります。
現在、火星の開発で一番問題になるのが、着陸と言われている。
火星は大変稀薄な大気の為に、地球の様にパラシュートが有効に使えず、月着陸の様に大量の噴射剤を必要とする。
重力が月の数倍有るので、その量もバカにはならない。
1997年のマーズパスファインダーでは、パラシュートと噴射剤の併用に加え、着陸ユニットを巨大なエアクッションで囲み、クッションボールの様に着地した。
だが、今回のプロジェクトでは、全く新たな方法がとられている。
宇宙船は、火星の周回軌道に入ると、地上からのオートナビゲーションにより極冠部分に着陸する。
あえて侵入コースと推進剤を用いて、高速で地表と平行な着地を行った。
極冠部分にある広大なドライアイス氷の部分を滑る様に着地し、数十kmの滑走をして減速するのだ。
宇宙船の形も、それに合わせてデザインされ、多少は外部が壊れるのも考慮に入れられている。
勿論、できるだけ平らな場所が選ばれているが、言うなれば飛行機の胴体着陸に近い。
搭乗員や機体、散乱した破片の回収チームが完備されてこそ出きる着陸だ。
広大な火星北極の雪原を使い、多くの着陸が同時に行われた。
◆◆◆◆◆
ルーシーが最初に感じたのは、目の痛みだった。
未だハッキリとしない意識の中で、その感覚が全ての覚醒を促していた。
次に襲うのは頭痛。
真っ暗で、身体の感覚が一切無い中、彼女は痛みにもがいていた。
何かが聞こえる様な感じがするが、わからない。
声も出ない。
しかし、徐々に音が声である事を理解し、必死に聞き取ろうとする。
まだ、意識と言うところまでは覚醒していない。
言うなれば、泥酔した状態で、土のなかに埋められている様な感じだ。
「わかりますか?ルーシーさん。慌てなくとも大丈夫です。時間をかけて目覚めますから」
やっと理解できた言葉に、ルーシーは頷いて答える。
全てがボヤけて、意識が遠のいていくのをルーシーは感じた。
火星着陸から十日後。
ルーシーは、未だに宇宙服を着ている。
地球の半分以下の重力とは言え、長期にわたる人工冬眠は、筋力の著しい低下を引き起こす為に、宇宙服のパワーアシストを活用しているのだ。
ルーシーの組は、パイロット二名と移民16名の全員が、無事に到着した。
宇宙船は大破したが、資材として再利用されるらしい。
「他の施設からの便も、無事に到着したみたいだ。カプセルごと入所したおかげで、宇宙線病の心配も無いみたいだし」
「ここは大丈夫なの?ライナス」
「岩盤部の地下千メートルだよ。問題ないさ」
巨大な水爆である太陽からは常時、磁力線、電子線、陽子線と言う放射線が降り注いでいる。
現代技術でも宇宙に住めない原因の一つに、これらの放射線による発ガン性がある。
太陽からの放射線は、まだマシな方である。
危険なのは、水素原子核の粒子線くらいだからだ。
太陽系外からは、銀河宇宙放射線と呼ばれる粒子風が飛来しており、鉄原子核の粒子線が含まれている。
太陽活動の低下や距離が離れる事によって、太陽からの粒子線や太陽風の威力が弱まると、この破壊的な粒子線が増加する。
太陽や宇宙銀河放射線を、地球では強力な地磁気と厚い大気によって、ある程度は防いでいる。
が、それでも抜けてきたものが、オーロラとして観測されたりしているくらいだ。
だが火星には、強力な地磁気も分厚い大気も無い。
これらの放射線に対して、火星は大変無力だ。
更に火星は地球より太陽から遠い為に、太陽風による防御も薄く、宇宙銀河放射線の量が多い。
地上に住めば、簡単に被爆してしまう。
かと言って、地上に壁厚5mの建設物を作って住むのは、現実的ではない。
結果的に地下の居住地を開発せざるをえない。
火星の問題は、放射線だけではない。
表面の気温は氷点下50度を下回り、地球の南極点での最低気温に匹敵する。
重力が地球の半分以下の為に大気は薄く、ほぼ二酸化炭素しかない。
地表は岩石の上に、酸化鉄の層が出来ている。
春には、極冠のドライアイスが解けて、時速四百キロメートルの季節風が吹くので、酸化鉄の砂嵐や竜巻が起きるのだろう。
長期的に無事な建設物は存在するのだろうか?
勿論、通信施設や機材搬入出施設などが、地上にあるのは当然だが、地上に施設を作るのは良策か?
20世紀においても、人類の掘削技術は馬鹿にできない。
日本国内の深い施設は、岐阜県飛騨市の旧神岡鉱山の跡地にあるスーパーカミオカンデが有名で、深さは地下1,000m。
人間が入れる世界で一番深い穴は、南アフリカのウエスターン・ディープ・レベルズ鉱山で、深さは3,578m。
居住区など主だった施設を地下に作るのは、必要性と技術的に可能と言う理由で選択の余地がない。
「とうとう、来てしまったって感じよね?地球へ帰れるのは、いつになるのかしら?」
「確か、次の最接近は2072年だ。けど、一億キロくらい離れるから大接近の2082年くらいになるんじゃないかな」
「12年先?」
天文学を学んではいたが、きれいに失念していたルーシーは、余りの長さに口をあけたまま固まった。
「私たちが暮らせるように。また、もし、移民に使う時に支障が出ない様に、施設の改良と保全をするのが、国から命じられた使命なんだよ」
「ライナス。それは、わかっているけど」
父親からも言い含められている内容に、未だにルーシーの本心は納得していなかった。
「それに、2070年だ。そろそろ、ローストチキンの通知がくる筈だよ」
「ローストチキンって、なに?」
疑問を投げ掛けるルーシーをよそに、ライナスとフランクリンは、目を合わせて頷いた。
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ローストチキン
小惑星1999JM8は、その形状から、一部で『ローストチキン』と呼ばれている。




