11 出発
過ぎてしまえば、あっと言う間だと言う事は、よくある。
「けっこう、同じ事の繰り返しが多かったせいか、振り返ると短かった様な気がするわ」
訓練とは繰り返しの連続だ。
ルーシーが施設に来てから、9ヶ月が経っていた。
既に最低限の訓練を終え、出発の許可が出たルーシー達は、人工冬眠システムに入って、最終チェックを受けていた。
カプセルの中には、情報パッドが有るので、外の情報や、知人のカプセルと通信が出きる。
但し、成層圏でモーラと切り離される迄の間だけだ。
情報パッドには、タイムスケジュールと現状の情報が表示されている。
他には、カプセルごと運ばれる際の振動が伝わるだけだった。
『なんか、孤独で退屈だ。このまま寝てしまおうか?』とルーシーが考えたのも仕方がないのかもしれない。
「ライナス:ルーシー、大丈夫か?」
ライナスからチャット通信だ。口にはマスクがセットされているので骨伝導で聞く事は出きるが発音はできない。
「ルーシー:大丈夫です。暇で寝落ちしそう(笑)」
「ライナス:余裕があって良かった。もうすぐロケットに積み込まれるから、少し大きめの振動がくるよ」
「ルーシー:ありがとう。気を付けるわ」
モニターに『ロケットへの積み込み開始』と表示されている。
ライナスからのチャットの数分後、ルーシーの体に揺れが伝わる。
ぐわおぉぉん
宇宙服の内部は、既に液体で満たされているので、振動はたいしたことがないが、何かにぶつかった様な音が聞こえた。
水中なので、やたらと鈍く聞こえる。
「ルーシー:今、積み込まれたみたい」
「ライナス:コンディションコードは?」
「ルーシー:オールグリーン。異常ないわ」
カプセルの状態を確認するランプがある。
機能に障害が有ったりすると、その箇所の表示が変わるのだ。
先程と同じ様な音が、小さく響いている。
他のカプセルを積み込んでいるのだろう。
『積み込み終了。モーラへの移動開始』
モニターの表示が変わり、若干の揺れを感じる。
モニターには、移動の様子が写り出されている。
外部が一切見えない搭乗者の為の配慮なのだろう。
屋外へと出たロケットは、飛行場の端に待機しているモーラの後部から、積み込まれている。
画像に合わせて振動が伝わる。
既に、もう一機の貨物用ロケットは積み込まれている。
後部ハッチが閉じられたシーンで画面が変わった。
どうやら、コックピット映像の様だ。
「御搭乗の皆様、こんにちわ。当機MLC2351のキャプテンを勤めます、ピアース・ペンです。当機はまもなく成層圏上部へ向けて離陸いたします。着席の上、シートベルトを御締め下さい」
笑顔でアナウンスしているところをみると、ジョークなのだろう。
「ルーシー:シートベルトベルト締めてる人っている?」
「ライナス:ロケットのパイロットとか締めてるんじゃない?」
「ルーシー:ああ、確かに」
あながち、ジョークとも言い切れなかった。
ルーシー達は、むしろ荷物扱いなのだから。
小刻みな振動が続き、足の方に押される様な負荷が掛かるのを、ルーシー達は感じた。
「ライナス:動きだしたね」
「ルーシー:そうみたい」
モニターの表示は、滑走路を走る様子が映し出されている。
ルーシーは、画面を見ながら違和感に気付いた。
『もう少し緊張やワクワクが有ると思っていたけど』
という違和感だ。
「ルーシー:ライナス?ちょっと良い?」
「ライナス:何か問題が起きた?」
「ルーシー:いや、故障とかじゃないんだけど、もっと、こう、緊張するものだと思っていたんだけど、自分の冷静さに違和感があって・・・」
「ライナス:ああ、それなら鎮静剤が投与されているんじゃないかな?プラセンタの添加物リストを見てごらん」
ライナスの指示通り、情報パッドでプラセンタの情報を引き出すと、血液への添加物に、見慣れない名前があった。
『プロパティは・・・鎮静剤か』
「ルーシー:ライナスの言う通りだった。微量の鎮静剤が入っていた」
「ライナス:初めての事だから、かなり早期から興奮ぎみだったんじゃ無いかな?許容量の薬品は停止操作をしない限り、状況に合わせて自動投与されるから」
「ルーシー:そんな話は、確かに聞いたわね。早くも体験してしまったわ」
「ライナス:こう言うのは大抵は、重力ターンとかしないと投与されないんだけどね」
ルーシーは、聞き慣れない単語が、気になった。
「ルーシー:ライナス。重力ターンってなに?」
「ライナス:そうか、これは月研修では教えないからな。宇宙航法の一般常識として教えると、天体の重力を使って方向転換や加速を行う方法だよ」
ライナスが、微妙に話を濁しているのは、通話が記録されている可能性を考えての事だろう。
「ライナス:隕石とか宇宙船とかが、宇宙から天体に近付くと、どうなる?」
「ルーシー:落ちる」
「ライナス:速度は変わる?」
「ルーシー:等加速度運動で速くなる?」
「ライナス:そこを、衛星軌道と地表との間を通る様に通過すると、天体の引力で進行方向が変わりながら、再び宇宙へと弾き出される」
ルーシーには、これに思い当たる知識があった。
「ルーシー:ルートが木星に接近しすぎて、ハレー彗星の進路がずれたって話を聞いた事があるわ」
「ライナス:それを巧く使えば、宇宙船の噴射剤を大量消費しないで、方向転換が出きるらしい」
「ルーシー:凄いわね」
「ライナス:更に、この時に加速すれば、結果的に当初の数倍の速度を得られるらしい」
ルーシーは、ここでガーランド中尉の言っていた速度と、ライナスの言っていたロケットの速度の差がある原因を理解した。
『このプロジェクトでは、その重力ターンを行う予定なのだ』と。
「ルーシー:その重力ターンと鎮静剤に、どう関係が有るの?」
「ライナス:天体の近くは、少なからず大気と言うか分子が多いからね。重力との鬩ぎ合いもあって、かなりの負荷と振動があってパニックになる人も出るらしい」
プラセンタのステータスを表示したままなので、ルーシーの心拍数が上がるのが見てとれる。
「ルーシー:月旅行には不要な知識だったって訳ね?」
「ライナス:ああ、そう言う事だ。ルーシー、そろそろ二次加速が始まるらしいから注意して。連絡も、これで終わりになるだろう」
「ルーシー:ライナス。いろいろ教えてくれてありがとう」
「ライナス:向こうでも、話をしよう。じゃあ、また後で」
モーラの二次加速が始まれば、切り離しは直ぐだと聞いていた。
モニターにアラートサインが表示され、全身に負荷がかかる。
カプセルやロケットは、今はモーラから電力供給を受けているが、切り離されたら出きるだけバッテリーは温存しなければならない。
「宇宙船モア206951P1パイロットより乗員各位へ。モーラとの切り離し準備の為に、カプセルは約三分後にセーブモードに移行します」
マスクを通して、パイロットからの連絡が聞こえる。
モニターの一部にカウントダウンが表示され、ゼロ表示と共にカプセル内の半分以上の表示が消えた。
勿論、モニターも。
鎮静剤が効いているのか、ルーシーに動揺は無かった。
聞こえるのは、パイロットの通信のみ。
「エンジン点火良好。切り離しカウントダウン、5、4、3、2、1、切り離し」
カプセルに、僅かな振動が伝わる。
「三次加速開始」
カプセル内で、全身に大きく振動と負荷が掛かり、プラセンタのアクセスランプの点滅が目に入る。
アクアラング仕様のマスクのおかげで舌を噛む心配はないが、ルーシーにはかなりの苦痛だった。
約五分にも及ぶ加速の後は、嘘の様に静かになり、かえって恐いくらいだ。
自分の呼吸音が、やたらと五月蝿く聞こえる。
「三次加速終了。船体チェック、カプセルチェック、オールグリーン」
多分、パイロットは二人以上居るのだろう。さっきと違う声が流れる。
「当機は、この後、月で重力ターンを行ない、火星へと向かいます。人工冬眠を稼働しますので、到着までゆっくりおやすみ下さい」
『なぁんだ。重力ターンを体験出来ないのか!』とルーシーは思った。
外部からのアクセスで、アシストスーツの動作確認の後に、急激に睡魔が襲う。
『じゃあ、おやすみなさい』
資料集めの為に、少し休みます。
12月中には再開見込みです。




