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第三回戦 おとり作戦


 一度は倒れたはずの花方が再び立ち上がったとき、熱を帯びて騒いでいた観客の声すらも途絶えて、会場は静寂に飲まれた。


 刹那。


 ギラギラとした深紅の視線を飛ばし、胸部から鮮血を噴き上げさせる。


 フフフフという不気味な嗤いを撒き散らしながら、今にも倒れそうな感じでふらふらとその場に立ち尽くしている。


「ごふっ……!?」


 そんな花方の様子を見ていると、知らぬうちに吐血していた。


 な、何が起きた……?


 さっきまで痛みを共有していたから精神的なダメージが来るのはわかるが、それでも血を吐いたり傷を負ったりという肉体的なダメージはなかった。


 だが、今は吐血……しているんだよな。


 朦朧とする意識の中で思考を続けようとするが、やはりうまく頭が回らず混乱を生じさせるだけだった。


 一つ一つ順に整理させていけば、まだ理解できるか……。まだ意識があるうちに、なんとか状況を把握しておきたい。如月にだってあまり迷惑をかけられないんだから。


「しっかりしてよ、黒崎!」


 はは……、焦ると名前呼びじゃなくなるんだな。てか、名字の方が逆に落ち着く気がする。なんでだろうな、自然体に感じるからか……?


 少しだけ遠慮気味に支えている如月の手を借りながら、花方に顔を向けた。


 全身から血を流しながらふらついているのは依然変わらない。手に握られているのも相方の小倉が能力で造り出した糸塊だ。もともと白い糸だったが、それは花方の血で真っ赤に染まっていた。


 そして、もう一つ。花方の目だ。


 さっきも言ったかも知れないが、目が赤く変色しているのだ。


真紅の目は能力が覚醒した証拠だ。紛れもなく花形の『共有(シェアリング)』は進化している。自傷することで、相手も同等のダメージを負うという強力なものに。痛覚だけではなく、怪我そのものを反転させていた。


 そこまで考えたところで、俺の意識はぷつりと途絶えた。


**


 「ちょっと、黒崎! 死んでないわよね!?」


 少しだけ乱暴に体を揺すってみると、うぅと小さくうめき声が聞こえた気がした。


 よかった、気を失っているだけ……なのよね? いったい何がどうなっているってのよ。


 花形の方は能力が覚醒してから明らかに暴走してるように見えるし、どうやらそれを見て小倉は焦ってる感じがする。ということは小倉にとって、この状態は好ましくないってことなのかしら……。


「くそっ! 落ち着くんだ花形っ」


「ふふふふ、あははは!」


 もはや会話らしい会話もしていないし、連携も取れていない。今ならあたしが攻撃すれば確実に倒せるかもしれない。


 勝つためにはなんだってやる。……そう決めたはずなのに。


 どうして迷ってるの、あたし。こんなのただ『凍結(ミューデル)』で身動きを封じてしまえばいいだけじゃない。


「あーもう。なにやってんのよ、あたしってば」


 そんな愚痴に近い独り言を吐き出してから小倉の方へ近寄った。


「なんだ! お前の相手なら僕が……」


「今はそうしてる場合じゃないでしょ! 彼女はどうなってるのよ、どうやったら能力の暴走が止まるの!?」


 歯がゆさを感じてちょっとだけ怒りをぶつけてしまう。いけないいけない、冷静にしないと。


「暴走……というか花形は自傷のしすぎでおかしくなってる。模擬戦の時にも一回こういうことがあった。その時はスタン系の能力者が相手だったから気絶させてもらったんだが……」


 今はあいつを止められる能力がない――と小倉は語尾を弱くした。


 一瞬、小倉の『延糸(フィル)』で止めればいいと思いついたけど、それを実行しないということは効果がないと学習しているからだと踏みとどまった。


 なら、あたしの『凍結(ミューデル)』で凍らせれば! と言おうとしたが、


「俺の糸でもお前の氷でもたぶん無駄かもしれない……」


 と、先手を打たれてしまった。


「じゃあどうすれば止まるのよ……」


 未だ笑い続けながら手に持った糸を振り回している花形を見ながら、そんな疑問を口にするほかなかった。


「だから――しかない」


「え?」


 小倉が何かを言った気がしたが、よく聞き取れなかったので聞き返した。


「だから、あいつの望みを叶えるしかない」


「つまり、なんなのよ」


 なかなか煮え切らない答えに口調がとがってしまう。


「俺があいつの自傷を受けるから、倒れている黒崎を起こしてきてくれ」


「わ、わかったわ」


 小倉は怒ったようで悲しんでいるような顏をした。


 慌てて黒崎のもとへ駆け寄って、申し訳ないけどぺちぺちと顔を叩く。これはあとで何か言われるかもしれないけど、今は緊急事態なんだから仕方ないよね?


「うぅ、ん……」


 寝言みたいな声出して、この男は。もう早く起きてよ! 無理は承知だけど、小倉が言うんだからこの状況を打開できるのはあんただけなんだから!


「いって、なんだ……」


 顔を叩かれた痛みで脳が覚醒したのか、気絶から戻ってきたようだ。


「やべ、ごほっ! ……どうなったんだっけか?」


「動けるなら手を貸してくれる? 今ならあんたの力でこの状況を解決できるらしいのよ」


 答えを待つ前に、あたしは黒崎の肩に手を回して無理やり気味に立ち上がらせる。


 小倉の前まで連れてくると、なんだか急に恥ずかしくなって黒崎から離れたくなった。


 仕方なくよこれは、支えてあげてるだけだから……。


 なぜかわからないけど、自分の心の中で言い訳をしていないとどこかへ逃げたくなりそうな気分だった。


 顔が熱くなっているのを隠しながら、あたしは小倉に合図を送る。


 それが伝わったのか、小倉は切り出した。


「作戦がある。俺の言うとおりにしてくれ」


 敵の言うとおりにしろって変な話だけど、この際しょうがないか。


 そう思いながら耳を傾けた。


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