第三回戦 望んだ終結
気が付いたら目の前に如月の顔があったかと思うと、今は敵チームの小倉と肩を並べて話している。
俺が気を失っていた間に何が起こったっていうんだ。なぜだか如月はこの状況を素直に受け入れているし。
え、ほんとにどうなってんだよ。
まだ口の中が血の味で満ちている。出血してたはずの胸の部分を触ると、ひんやりとしたものがくっついていた。これは……。
氷だ。如月の能力で創り出された氷が俺の傷口をふさいでいた。
止血に氷を直接使うってのはどうなんだと感じたが、助けられたんだから素直に感謝しないとな。
「いいか、今から作戦を伝える」
そして唐突に小倉が作戦を話し始める。
俺としてはなんの作戦なのかとか、どういう状況なのかとかの説明を先にしてほしいんだが。
まあ、如月はわかってる感じだから後で教えてもらうか。
「まずは『共有』の対象を変更させる。黒崎、お前の手についている黒いリングを複製できるか?」
「え、あ、おう」
いきなりすぎて思考が追い付かない。が、とりあえずわかってる風を装って返事した。
なんだよ、あいつの能力の対象って変更できるのか?
それとほんとに今更すぎって思ったが、自分の右手の小指に小さな黒いもやみたいなのがまとわりついていることに気づいた。これがなんだってんだ?
小倉に言われた通りに、『具現化』を発動させて、同じリングみたいなものを創り出した。
小倉はよくわからないそれを俺の手から奪うと、俺たちに見せつける。
「これが『共有』の発動に繋がる対象者の証だ」
「いつのまにこんなのが……」
「全然気づかなかったわ」
俺と如月が食い入るように見る。てか、これが俺の指についてるんだよな……。
「ってことは、これを外せば!」
「そうだ。お前はそのリングを壊すことで対象者から逃れられる。そして代わりに」
小倉は持っていたリングを自分の右手の小指に装着した。
「あんたが彼女の自傷を引き受けるってことでいいのよね?」
如月が深刻そうな表情で尋ねる。
確かにそうだ。今のリングを装着するということは、『共有』の対象者に自らなることを意味するはずだ。
こいつ、意味わかってんだろな? あの痛みは尋常じゃないんだぞ? 気絶するくらいなんだぞ!?
まあ、小倉がどうなろうが別に気にしないんだが。ってか、早くこのリングを取りたいんですけど。
そう思って、力ずくで引っ張ってみる。
ナニコレ。めっちゃくちゃ引っ張っても取れないんですけど! ただ痛いいだけなんですけど!
「無駄だぞ、黒崎。そのリングはとることはできない。代わりに壊すことはできるがな」
ふん、と小倉が鼻で笑った。
くそ、なんか恥ずかしいな。俺は無言で如月に手を差し出して、『凍結』の能力で破壊してもらうことにした。
もちろん、如月も何も言わずに壊してくれた。
……代わりに無言の圧をかけられたけどな。
パキッと音がしてガラスの破片のように崩れ落ちる。
「いいのか? ほんとに……」
少しだけ心配になって声をかける。勝手だが、あの自傷を受けた身としてはやはり気にせずにはいられなかった。
「くどいぞ、黒崎。今回は俺たちのチームが暴走して迷惑をかけただけだ。それも敵に協力してもらうなんてな……。素直に投降するさ」
暗に負けだとそう告げる。
こんなふうに勝ちでいいのかと一瞬迷いが生じてしまう。
この大会がどういうふうに勝ち負けの采配を振っているのかはわからないけど、もっと異能バトルでガンガン闘うことをイメージしていたせいか、うまく口にできない違和感しか残らなかった。
確かに闘ったといえば闘ったかもしれないが、俺としてはそうは思わなかった。
だって、花形の自傷で終わるんだぜ? 小倉もこんな結果に満足していないだろ。
「お前、こんなんでいいのかよ!?」
心の中の声が無意識のうちに出ていた。
小倉は俺の方をちらっと見ただけで何も言わなかった。赤い液体を口から流れ出しながら憂いの表情を浮かべるだけだった。
仕方ないんだ、とそう言っているように感じて、それ以上は何も言葉にできなかった。
小倉はそのまま俺たちに背を向ける。
気づかなかったが、小倉の体からは血が噴き出していた。あのリングをつけたせいで早くも『共有』の効果を受けていたんだ。
「花形ぁ! ……げほっ」
叫んだせいか血が混じった唾液でむせていた。
「もういいんだ! 試合は終わった。これ以上の自分を傷つけるのはやめろ!」
「まだ伝わっでいないのよぉ!! まだ、まだ……だりない。もっともっとぉ!」
会話が成立しているのかわからないが、小倉が花形を制止させようとしているのはわかる。
リングが取れたことで『共有』の効果も受けなくなったことだし、俺も加勢するべきだろうか。今なら存分に『具現化』の生成で花形を拘束する道具を作ることもできる。
俺が花形に手を向けようとすると、それを遮るようにして如月が前に立った。
「おい、なにを……」
「野暮なことしないでよ。小倉が一人でやるって言ってたでしょ」
「……でも!」
小倉が一人で片付けないといけない問題だってのには理解できるが、それを黙ってみてろっていうのは少しもどかしい。
なんだってあいつは花形の自傷と同等の傷を負いながら、一生懸命止めようとしているんだからな。あれを体験した俺だから言えるが、どんなに苦しいことか。俺は耐えるだけで精一杯だったが、小倉はそれ以上に大変なことをやっているんだ。
「それでも、よ……」
如月は唇をかんでいた。口元から血がしたたり落ちる。
気にしていないような態度に見えたが、こいつだってこらえていたのか。
敵だから応援してはいけないなんてルールとかに縛られてはいないが、それでも理屈とか関係なしに小倉をじっと見つめているしかできないのが、なんだかすごく悔しいと思ってしまった。
「もういい! 伝わっているぞ花形! ぐっ……。苦しいんだろ、悲しいんだろ、全部わかる……ぞ」
肩から鮮血が噴き出す。その痛みに耐えきれなかったのか、重心を崩して膝をついた。
それでも小倉は花形に一歩でも近づこうとして、必死に手を伸ばす。
今にも倒れそうな感じだが、それでも歯を食いしばって立ち上がり、花形に向かっていく。
その手が届くまで数十センチ。ほんの少し、あと一歩近づけば確実に触れられる。
そして。
小倉が花形に触れた瞬間、花形はああ、と悲鳴に近い叫び声をあげた。
「ああ、伝わっているのね……。ありがとう」
「花形……?」
暴走に近い状態にあったはずの花形は一言だけなにかつぶやいたかと思うと、ゆっくりと倒れた。
気絶したのか……? 能力の反動ってやつなのか?
花形が倒れている所にたどり着いた小倉は彼女を支えて起こそうとする。
安堵している顔を見る限りは命に別状はないのだろう。
小倉はふらつきながらやっとのことで立ち上がると、右手を高々と挙げた。
「降参だ……」
その一言で観客たちはいっせいに声を上げた。
「おおーっと! ここで花形・小倉ペアが棄権しましたぁ。これにて熾烈な勝負は決着がついたぞぉ! 勝ったのは如月・黒崎ペア! やはり六魔は異次元だったのかぁ」
司会の勝利宣言によって会場はさらなる熱気に包まれていく。
小倉と花形は駆け寄ってきた救護班によって担架に乗せられて、どこかへ連れられて行った。まあおそらく怪我の手当てなどを受ける病棟だろうと思うんだが。
それにしても……。
なんだか、こう、嫌な感じが胸につっかえてるというか。
こんな方法しかなかったのだろうか、なんてらしくないことを考えてしまって。
勝利に浸るような余韻なんかどこにもなくて、ただただ俺と如月はどちらからともなしにステージから降りていくのだった。




