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それから数日後、とうとう待ちに待った日がやってきた。
「――この者の聖なる星に導かれ、神の御前での戴冠の儀を以て、この者に宣言する」
聖歌隊の美しい声が響くミンフティ大国の大聖堂には、各国の王や要人たちが集まっている。ヴァニラ神聖王国からミンフティ大国に移住した神官がラウロの頭に王冠を被せる様子を、ニコラはルイスを抱きながら見守っていた。
「ミンフティ大国の国王、ラウロ・ミンフティの誕生です」
神官の声と共にラウロが振り返り、参列していた人々が立ち上がる。ラウロは力強い瞳で周囲を見渡し、心臓に手を当ててゆっくりと目を瞑った。
「神に誓い、星の輝きが示す道を歩む。この国と民に忠誠を捧げ、繁栄と平和、永遠の守護を誓おう」
ラウロの言葉に人々は「ラウロ国王、万歳!」という嬉々とした声が大聖堂に響き渡った。新たなる王の誕生の場面に立ち会えたニコラは涙ぐみ、頬を滑り落ちる涙がルイスの頬を濡らす。ルイスはパチっと目を開けて空色の瞳にニコラを映し、小さな手を一生懸命伸ばした。
「ルイス。あなたも父の背中を見て育つんだよ」
まだ赤ん坊のルイスにニコラの言葉の意味は分からないだろうが、彼はきゃっきゃっと声をあげて笑う。ニコラが顔を寄せると小さな手が頬を撫でるので、ニコラはルイスをぎゅっと抱きしめた。
「それでは次に、婚姻の儀を執り行います」
神官の言葉と共に、ラウロが微笑みながら手を差し出す。ニコラはルイスを乳母に任せ、ラウロの手を取って神官の前に二人で立った。
「綺麗です、ニコラ」
「ラウロも。すごくかっこいい」
二人とも、今日のためにヘンリーが用意してくれた白い衣装を身に纏っている。ミンフティ大国を象徴する青色を散りばめ、ラウロはシルバー、ニコラはゴールドの装飾を基調とした豪華な衣装だ。
パスフィ王国でヘンリーと出会った時は、まさか婚礼衣装を準備してもらうような交流ができるとは思っていなかった。ヘンリーはまるで息子や娘の結婚を送り出すような気持ちでニコラたちを祝福し、自分の作った衣装を身につけた二人を見て号泣したものだ。
これまでの出会いは良いことも悪いこともあったけれど、圧倒的に前者のほうが多く感じる。ニコラとラウロを祝福してくれるこの場にいる全員が、そう思わせてくれた。
「ラウロ・ミンフティ。あなたはニコラ・ミンフティを永遠に愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
神官の言葉にラウロは真っ直ぐニコラを見つめる。ニコラと同じように、ラウロもこれまでの歩みや出来事を思い出しているようで、ニコラの手を握る手に力が込められたのが分かった。
「――誓います」
ラウロの声は今までのどんな言葉よりも澄んでいて、ニコラの中にすとんっと落ちてきた。たった一言なのにニコラの胸は熱くなり、人生の中で一番尊い言葉に感じた。
「では、ニコラ・ミンフティ。あなたはラウロ・ミンフティを永遠に愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います」
この言葉以外に何も見つからない。ニコラもラウロの手をぎゅっと握りしめると、ラウロは安堵したように微笑んだ。
「それでは、誓いの口付けを」
手を取り合ったまま、どちらからともなく唇を重ねた。再び感極まって涙で潤むニコラの目尻にラウロがそっと口付け、涙を掬う。
ニコラの人生の中で、こんなにも幸せを感じる日がくるとは思ってもいなかった。あの、薄暗くて狭い屋根裏部屋で一生を終えるか、誰かも知らない適当な貴族と結婚させられるか、真っ暗で先が見えない人生だと諦めていたのに。
突然現れた光――ラウロ。初めて愛した人がラウロでよかったと、ニコラは心の底からあの日の出会いに感謝した。
「僕いま……すごく幸せ」
「俺も、すごく幸せです。やっとあなたと、正式に夫夫になれた」
幸せに満ち溢れた二人が大聖堂を退場する時、ニコラはふと、ある視線に気がついた。
「アルディス兄様……」
群衆に紛れ、ニコラたちを見つめていた一人の男性。緋色の瞳に銀色の髪の毛。彼はニコラの記憶に残っている真顔のまま見つめていたが、ニコラと視線が合うとゆっくりと一度だけ目を瞬かせた。
それからすぐに踵を返し、アルディスの背中は遠ざかっていく。ニコラたちを祝福するために押し寄せる群衆に遮られ、すぐに見えなくなった。
「ニコラ?」
「……ううん、なんでもない!」
――これからもきっと、ニコラが兄たちを許せる日はすぐには来ないだろう。
でも彼らには生きていてほしいと、そう願った。




