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ヴェインは眉間に深く皺を刻み、ニコラたちに顔を背けたままぽつりぽつりと話し始めた。
「……リンメロ王国の騎士団は、人質に取られているだけだ」
「人質? なんの交渉材料に?」
「ニコラを連れて行かなければ、同盟成立の他の証として、リンメロ王国の騎士団を殲滅すると――武力を持たない国は帝国の危機にはならないから」
目眩がして倒れそうなほど、厳しい現実をニコラは突きつけられた。自分が逃げたことで、その代わりに何人もの命が犠牲になる――そう思うと、心臓がバクバクと大きく脈打ってきた。
「だからお前は“捧げ物”なんだ、ニコラ。お前一人の行動で何人が犠牲になると思う? さっさと嫁いで皇帝の子供を一人や二人産めば飽きて解放されるさ。オメガなんて子供を産む道具でしかないんだから、一度くらい国の役に立て!」
ニコラに向かってそう吐き捨てるヴェインを、もう兄だとは思えなかった。人の命を、人生を、生まれてくる子供の尊さを、まるで何も分かっていない。今のヴェインはどんな獣よりも醜く、悪魔にでも取り憑かれているのではないかと思えた。
嫌われているのは分かっていたので、どんなことを言われてもニコラは平気だと思っていたのだが、希望を取り戻した今のニコラにとっては屈辱的だった。まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃を覚えた。
――ただ、ここで泣くわけにはいかない。
ニコラはこれから、自分の人生をしっかり歩んでいくと決めたのだから。
「そんなに僕のことがほしいのなら、僕が捕まったフリをして内部に侵入するのが一番スムーズな方法かも。捕虜の騎士たちの装備を使えば、すぐには見破られないと思う」
「ニコラッ、お前……!」
「僕はもう、自分を蔑ろにするような生き方はしないと決めました。僕の人生は国のものでも、兄様たちのものでもない。僕だけのものだから」
ヴェインを真っ直ぐに見つめてそう言うと同時に、ヴェインは再び猿ぐつわを噛まされた。そのまま絶望的な顔をして俯き、ぴくりとも動かなくなった。
「……そもそも、どうしてそこまでしてニコラを欲するのか、理由が分かりません。結婚の話が出る前に皇帝と会ったことは?」
「屋根裏部屋にずっと閉じ込められてたんだから、あるわけない。ウルガルの皇帝が獣人になったという噂は知っていたけど」
ここまで固執される理由が分からずに唸っていると、捕虜の中にいたウルガル帝国から来たであろう、ライオンの獣人の一人が低く唸った。猿ぐつわをしているので言葉を発せないからか、目線と態度で何かを話したそうにしているので、一時的に口元を解放した。
「……オレはライアスだ。皇帝のエリゼオ・リュガーは、この大陸の国を一つにし、獣人が治める世界を作ろうとしている。獣人の人口を増やすため、獣人のオメガは平民も貴族も関係なく、皇帝の子供を産むために皇宮に連れて行かれた。オメガは繁殖能力に長けているから」
「獣人の国を作ろうとしているのに、なぜ人間のオメガが必要なんだ? 獣人とのハーフになる子供は皇帝にとってどんな価値が?」
ラウロがそう聞くと、ライアスは額に手を当てて言いづらそうに言葉を詰まらせた。
「人間との子供は、奴隷にするために作るのだと――。オメガの王子や王女がいる国を脅し、同盟を持ちかけて結婚を迫る。一人や二人産んだくらいじゃ、きっと解放されない。オレたちのような一般市民が傭兵をしているのも、家族を人質に取られているからだ。オメガだけではなく、色んな人が捕らわれて仕事をさせられている……あんなイカれた奴の作る国に、未来なんてない」
あまりにもおぞましい話に、ニコラは吐き気がしてきた。口元を押さえて青い顔をしていると、ラウロがニコラを抱きしめ「そんなことにはさせない」と力強く宣言する。ラウロの体温を感じると安心して、ニコラは彼の胸に顔を埋めた。
「オレたち傭兵も、反乱軍に加勢したい。そのほうがもっと簡単に帝国内に入れるだろう」
「……裏切らない保証は?」
「奴隷契約をしてもいい。それほど、オレたちはエリゼオを皇帝の座から引き摺り下ろしたい」
ライアスだけではなく、他の獣人たちも同じ顔つきをしていた。ニコラとラウロの最初の出会いの時のように、裏切らないために奴隷契約をしてもいいと申し出た言葉にはライアスの本気が表れている気がした。
「――では、パスフィ王国の騎士団と合流次第、ウルガル帝国に乗り込む。己の未来のために、全てを取り戻そう」
ラウロの決断に、その場にいた全員が結束した。




