1
アトラ王国を出た一行は、そのままウルガル帝国へと歩みを進めていた。
「……お前たち、こんなことをしてタダでは済まないぞ」
拘束されているヴェインが低く唸る。ニコラの兄であるジェイスは剣の腕は立つが魔法は使えず、これといって口が上手いわけでもない。ただ、アルディスのいいように扱われている駒にすぎないが、強い口調は虚勢を張っているだけだろう。
「……黙って、兄様。僕たちだって、そんなことは覚悟の上だよ」
「きっとお前が一番酷い目に遭うぞ、ニコラ。皇帝から八つ裂きにされてもおかしくない」
「僕は見ず知らずの皇帝にそんなことをされる覚えはない。ヴェイン兄様のほうが、アルディス兄様に八つ裂きにされるのでは?」
ニコラが冷たく言い放つと、ヴェインはぐっと言葉を飲み込んだ。ニコラは初めて兄に言い返すことができて、心の中は小躍りしている。自分だってやれる時はやれるのだと、この逃避行の間に成長できたと感じた。
「ニコラのことを“捧げ物”だと言っていたが、あれはどういう意味ですか」
「お前、誰に対して物を言っているんだ。俺はリンメロ王国の第二王子だぞ!」
「――俺はミンフティ大国の王太子だ。以後お見知りおきを」
ラウロの言葉にヴェインは目を見開き「ミンフティの王太子が生きていたなんて……」と呟いた。
「殿下、反乱軍の拠点に着きます。尋問はそちらでしてもよろしいかと」
レイヴンがこそっとラウロに耳打ちすると、彼は小さく頷いた。反乱軍の拠点が近づいたため捕虜たちに猿ぐつわを噛ませ、重苦しい空気が漂う一つの村のような場所にニコラたちは足を踏み入れた。
「――ラウロ殿下!」
古びた鎧を身につけている男性たちが難しそうな顔をしながら会議をしていた。ラウロの姿に気がつくと、集団の中心にいた初老の男性が顔を輝かせ、ラウロの元に歩み寄ると片膝を地面についた。
「ご無事で何よりです、殿下」
「苦労をかけた、アーサー。レイヴンにも世話になった」
「愚息が役に立ちましたなら幸いです。殿下のご帰還をお待ちしておりました」
ラウロに頭を下げて挨拶をしている男性は、ミンフティ大国の騎士団長でレイヴンの父であるアーサー・マクガーデンだ。左目に眼帯をしていて、顎にかけて傷跡が騎士としての風格をより高めている気がした。
「レイヴンから報告を受けました。そちらが……」
「あ……ニコラ・リンメロと申します。ラウロ殿下にはウルガル皇帝からの逃亡を手伝っていただき……深く感謝しています」
「王太子ともあろうお方が、奴隷契約をなさったと聞いた時は頭を抱えましたが……そうですか、この方のために……」
結局、奴隷契約の解除は全てが終わったあとにという話でまとまった。アーサーはラウロの首筋に浮かぶ紋章を見ながら一瞬だけ複雑そうな顔をしたが、思い切り嫌悪感を示したレイヴンとは違い、ニコラを見ながら柔らかな笑みを浮かべた。
「年を取ると、目ばかりが肥えましてね」
「え?」
「恋や愛になど興味のなかったラウロ殿下が、良い人を見つけられたこと……亡き国王陛下と王妃陛下に代わり、お慶び申し上げます」
アーサーの態度にニコラは驚いたが、隣にいるラウロは嬉しそうな表情を浮かべていた。そんな彼の顔に思わずきゅんとしていると、そっと肩を抱き寄せられる。ラウロが控えめにニコラの頭に口付けて「主にこんなことをする奴隷は、俺だけでしょうね」と楽しそうに笑った。
「早速ですが、殿下。今後の進軍についての話し合いを」
「ああ。今のウルガルはどんな状況だ?」
ひどく嬉しそうな顔をしていたかと思えば、アーサーの一言でラウロの顔つきが『王』に変わる。周りの空気もピリッと張り詰め、全員がラウロの言葉に耳を傾けている様子を見ると、彼こそが次代の王に相応しいのだろうなとニコラにも分かった。
「反乱軍には、ヴァニラ神聖王国も加わりました。パスフィ王国も同盟には反対の意を示し、近日中に反乱軍と合流予定です。カルテア小国に関しましては、完全にウルガル側についているかと。あとは、リンメロ王国もウルガルに兵を集めています」
ニコラの中でほんの1%程度、リンメロ王国は傍観しているだけだと期待していたが、そんな期待は一瞬にして崩れ去った。ヴェインがアトラ王国で監視していたのは単にニコラを捕らえるためだけだと思っていたのだが、ウルガル帝国に兵を集めてどこに戦いを仕掛けようとしているのだろうか。
「アトラ王国に関しましては、あくまで中立の立場を示しているようです。騎士団の協力を仰ぐのは難しいかと思われます」
「なるほど……。ヴェイン殿、リンメロ王国は完全に武力をウルガル帝国へ差し出したのですか?」
捕虜として連れてこられたヴェインにラウロが質問したが、ふいっと顔を逸らした。レイヴンが猿ぐつわを外すと、ヴェインは重たくため息をついた。




