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ウロウロしている警備たちの目を掻い潜り、ニコラたちは物陰に潜んでいた。
「やはり、港の反対側は警備が手薄です。騎士たちには港と街の中心部で騒ぎを起こすように伝えているので、ここの警備たちもいなくなるでしょう」
街中をうろうろしている警備たちは、リンメロ王国の紋章がついた軍服を着ている人のほうが圧倒的に多い。それほどまでに必死でニコラのことを捜索しているのが分かり、心の中で重いため息をついた。
「偵察をしてきました。奴ら、どうやらニコラ殿下の容姿を分かっていないようです」
「というと?」
「似顔絵と金の髪に桃色の瞳ということしか知らないのだと。手当たり次第、似たような人物に声をかけているようでした」
レイヴンの話にニコラは頷いた。ニコラ自身もリンメロ王国軍の団服を着た騎士たちに見覚えはないのだ。
「それはそうだと思う。なんせずっと閉じ込められていたから、騎士団の人と会うこともなかったし……」
「ただ、フードを被っている者は問答無用で尋問されていました。逆にフードを被っている我々は目立つ可能性がありますので、本当にタイミングは一瞬です」
物陰に潜んでいたニコラたちに偵察内容を報告するレイヴンは、ローブのフードを取った状態で戻ってきた。レイヴンもラウロと同じような黒髪だが、怪しいと尋問される前にフードを取って街の人々に紛れ込んだという。
リンメロ王国では金や銀など色素の薄い髪色の者が大半で、逆に黒髪などは目立つ。ただそれはリンメロ王国や周辺諸国に限った話で、アトラ王国に住む人々は黒髪など暗い色の髪の毛の者が多かった。
「……フードを取ったら一発で僕だとバレる」
「できる限り、ギリギリまで俺とレイヴンで挟んで隠しているしか……」
自分の容姿で悩む日がくるとは思わなかった。フードを取ればすぐに捕まえられ、ウルガル帝国に連行されるだろう。そうならないためには、本当に一瞬しかチャンスはないのだ。
「――民は無事に船に乗り込んだようです。騒ぎが起きたら我々も動きましょう」
ニコラたちが潜んでいる廃屋から見える場所で仲間の一人が葉巻を吸っているのが、無事に出航したという合図だった。
しばらくすると、ニコラたちの目的地である反対側の小さな港にいた警備たちが騒ぎを聞きつけたのか、一斉にいなくなってしまった。
「今です、急いで!」
ラウロの合図で廃屋を飛び出そうとしたニコラだが、それは叶わなかった。なぜなら、後ろからローブを引っ張られて転倒したからだ。
「――主っ!」
ラウロが振り返り、彼が目を見開くのが分かる。よくないことが起こったのは誰の目にも明らかなようで、尻餅をついたニコラはごくりと生唾を飲み込んだ。
「ニコラ……」
聞き覚えのある声が頭上から降ってきて、思わず体が硬直した。たった一言、名前を呼ばれただけなのに、ニコラの体がぶるぶると小刻みに震える。全身から血の気が引いて、くらりと眩暈がした。
「ヴェイン、兄様……っ」
ニコラを見下ろしているオレンジ色の瞳。金色の髪の毛が太陽の光に当たって眩しく、さらに目の前が霞んだ。
逃げないようにニコラの体を抱きしめているその男は、二番目の兄・ヴェインだ。リンメロ王国の第二王子で、ニコラのすぐ上の兄である。
「遠目から見ても、お前だと、そう思って……やっぱりこの国にいたのか……!」
「やめ、離して!」
「離さない! 俺と帰るぞ、ニコラッ」
「嫌だッ! 僕はもう兄様たちのところへは帰らない……っ」
ヴェインの腕から必死に逃れようとニコラがもがいていると、シュッという音が通り過ぎた。そして廃屋の壁に刺さる鈍い音の正体を確認すると、ラウロが構えているクロスボウから放たれた矢だったのだ。
「……死にたくなければ手を離せ」
「なっ、俺を誰だと思っているんだ! この俺に矢を放つなど死刑に値するぞ!」
「ではまず、俺を捕まえるべきですね。放っていたら次は確実に当てますよ」
ラウロから脅されてもニコラを離そうとしないヴェインの腕の力が、本気で連れ戻そうとしているのを物語っている。ここでニコラを逃すと後がないと必死な兄の馬鹿力を振り解けなかった。
「お願いだから行かせて、兄様! 僕は僕の人生を自由に生きたい……!」
「お前にそんな権利があると本気で思っているのか? こんな意味の分からない男に誑かせやがって……! アルディス兄上が聞いたらさぞ悲しむだろうな!」
「もうやめてよ、ヴェイン兄様……! 僕、僕……初めて誰かを本気で愛したの! 自分が誰を愛するかは自分で決めたい!」
「お前、まさか……!」
純潔を失ったのか?と、ヴェインの力無い声が響く。一瞬なんの話か分からずニコラが言葉に詰まっていると、ヴェインは激怒したように目が血走った。
「純潔ではないと捧げる意味がなくなる! あのお方は初物のオメガが大層好みだとおっしゃっていたのに、これじゃあ……!」
まるで狂ったようにヴェインが頭を抱え始め、ニコラの体を突き放す。なにも事情が理解できずに困惑していると「ニコラ!」と呼ぶラウロの声で我に返った。




