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レイヴンたちと合流して二日後、隠れ家の洞窟をニコラとラウロは出発した。
最後の移動者だという女性と子供たち、そしてラウロを捜索していたミンフティ大国の元騎士たち全員で移動しながら、アトラ王国に向かうニコラの足は思ったよりも進みが悪い。
その理由はひとつ。ラウロの気持ちを知ってしまったからだ。
『愛してる、ニコラ』
そんなラウロの言葉を思い出すと胸が締め付けられ、愛おしさでいっぱいになる。
自分の経験がなさすぎて、彼の優しさを恋だと勘違いしているかもしれないと思っていたニコラだが、ラウロからの告白にニコラも自分の気持ちを認められた。
今まで一緒に歩んできた道のりは、信頼関係だけではなく、お互いへの愛も育んできたのだ。そんな初めての気持ちを手放すのが切ないのだと、アトラ王国が近づくにつれてニコラの足取りは重くなっていった。
「……大丈夫ですか?」
ニコラの足取りが重いのを心配したラウロが声をかけてくれたが余計なことを考えているとは言えず、誤魔化すように頷いた。
「――レイヴン! 少し休息を取ろう」
「あっ、ラウロ……!」
「無理をしないでください」
そういうつもりではなかったのだが、ラウロの一声で休憩することとなった。ニコラは集団から少し離れた場所に腰掛け、ポーチに入れていた瓶を取り出して水を少し飲む。ニコラの隣にはいつの間にかラウロが座っていて、ニコラの前髪を指でかき分けた。
「顔色が悪いです。移動ペースが早いですか? それとも、発情期が来そうだとか……」
「……大丈夫。発情期が来そうとか、そういうことじゃないから」
心配そうにニコラの顔を覗き込むラウロに微笑んだが、彼は眉をひそめたままだった。こんなことでは、これから先が思いやられる。
ノエルは新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。呼吸と一緒に余計な考えも出て行ったのか、ニコラの頭の中は多少すっきりしていた。
「そういえば、このポーチをラウロに返しておくね」
逃走を始めた頃からラウロから託された魔法のポーチ。商人がラウロにくれたのだと話していたが、彼にとって大切なものだろう。貴重な品であるのは間違いないのでラウロに返しておこうと思ったのだが、彼は首を横に振った。
「これは、あなたが持って行ってください」
「そんなことはできないよ。これがあるだけで、どれだけ助けられるか……これからのラウロの役に立つはずだから、僕がもらうわけにはいかないよ」
「だからこそ、です。初めての土地に行けば、最初は困ることが多いと思います。ある程度の食糧は入っていますし、そのポーチもあなたの役に立つことを望んでいるはず」
ニコラが差し出したポーチを受け取るのを拒否して、ラウロは優しい声色で諭した。ラウロの声は何かを我慢しているわけではなく、本心からそう言っているように感じた。
「……商人からもらったと言いましたが、実際は俺が宝箱から発掘したものなんです」
「え? 宝箱?」
「昔は冒険者に憧れていたこともあったんですよ。騎士になりたい時期もあったし、それこそ商人になりたい時期も。子供の頃に考える夢は自由ですから。俺の父もそうだったようなので」
ラウロはまるでその頃を思い出すかのように宙を見上げ、幼い自分の夢に微笑んだ。ラウロは王太子だが親しみやすくて心優しい人なのは、そういった経験が人柄を作っているからだろう。
狩りや解体の仕方など、一人でも生きていける術を教えたというラウロの父親も、柔軟な考えの持ち主だったのかもしれない。だからこそラウロは好青年に育ち、ニコラのことを見捨てずにここまで一緒に歩んできてくれたのだ。
「だからそのポーチは、反対するレイヴンたちを引き連れてダンジョンに入った時に手に入れたものです。あなたに使ってもらえるなら本望ですよ」
「でも……それならさらに、大事なものじゃない……?」
「俺の代わりに、あなたを助けてくれるはず。一緒に連れて行ってやってください」
ポーチを持っているニコラの手をラウロはそっと握る。どんどん自分たちが別れるまでの時間が迫っていることをラウロの言葉でまた自覚して、ニコラの胸は切なさにきゅっと締め付けられた。
「殿下、そろそろ出発いたしましょう」
「ああ、分かった」
先に立ち上がったラウロがニコラに手を差し出す。その手を握りしめると、失いたくない彼の体温を指先から感じて、涙が溢れそうになった。




