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そんなニコラの気持ちが伝わってしまったのか、ラウロはニコラの肩を抱き寄せた。
「……しばらく、二人きりにしてくれ。他の者は出発の準備を」
「では、殿下……洞窟の奥をお使いください。奥のほうでしたらこちらに声は聞こえませんし、私どももしばらく近づきませんから」
「分かった。ありがたく使わせてもらう」
女性と子供たちが隠れていた洞窟の奥にラウロと歩みを進めると、ランプの灯りでオレンジ色に光っている場所があった。
「主、こちらに」
ラウロが手を差し出して、ニコラはぎゅっと握った。どことなく重い空気が二人の間に流れ、何をどう切り出したらいいのかと、ニコラは一人でぐるぐると考え込んだ。
「……身分を隠していて、すみませんでした」
「そんな……事情が事情だし、仕方がないことだったよ。でも、王太子を奴隷にしていたっていう事実は、胃が痛くなるけど……」
これならまだ、貴族だったほうがマシだった。王族を奴隷扱いしていたとなると、レイヴンのように怒るのが普通だろう。ただ、ラウロはそのことを気にしている様子はなかった。
「前にも話したように、俺の両親――ミンフティ大国の国王と王妃は、ウルガルとの戦いに巻き込まれて亡くなりました。そして俺はしばらく、捕虜としてウルガルにいたんです」
「そうだったの……」
「毎日のように、両親も国も失ったのに無駄に生きている王太子だと罵倒され、自分は役立たずだと洗脳されかけていました。でも、どうやっても……皇帝への恨みは忘れられなかったんです」
ラウロが捕虜だった話は初耳だった。ニコラが想像していたよりも、彼は苦しい思いをしてきたのだ。
胸が痛くなりニコラがそっとラウロの腕に触れると、彼は嬉しそうに小さく笑ってニコラの手に自分の指を絡めた。
「一度、殺そうとして失敗しました。それでウルガルから必死に逃げ――生き残ったレイヴンたちを探してもよかったけれど、巻き込みたくなくて一人で行動していたんです。破壊されたミンフティに戻り、かろうじて残っていたポーチや剣を回収し、機会を窺っていたわけです。あの指名手配書は俺がウルガルから逃げ出した時からあったものですが、リンメロ王国では命拾いしました」
ラウロの手配書といい、地下牢のズボラな監視といい、リンメロ王国は穴だらけだったようだ。ニコラは呆れたようにため息をついたが、そのおかげで今ここにいる。皮肉なものだが、兄たちに感謝をする日がくるとは思ってもいなかった。
「……主は、その昔は奴隷契約が違う名前だったと知っていますか?」
「え? 違う名前?」
「この契約は、本来は守護契約といったらしいです」
「守護契約……」
ニコラが呟くと、ラウロは頷いた。そして彼は愛おしそうな顔をして、ニコラの袖から覗く紋章を指でなぞった。
「誰か、大切な人を守るためのものだったと。体に現れる紋章は同じものを宿し、一種の結婚だとも言われていたそうです。擬似番の契約も、誰かを守るためのものですから合点がいきます」
「け……!?」
まさか、そんな逸話があるとは知らなかった。ニコラは思わず自分の手首を見て、ラウロの首筋を見る。全く同じ紋章が浮かび上がっていることが、なんだか恥ずかしくなってきた。
「とても古い文献を読んだ時に載っていた情報なので、確かなものかは分かりません。時代を経て奴隷契約といわれるようになったことにも、なにか意味があるのだと思いますから」
「そ、っか……」
「でも俺は、守護契約という名前のほうがしっくりきます。“大切な人”を護るための、尊い契約であるほうが、俺たちの関係には当てはまるかなと」
ラウロの言葉に、ニコラは思わず泣きそうになった。この旅を経て、ラウロもニコラを『大切な人』だと認識してくれているかと思うと、同じ気持ちであることがあまりにも嬉しかったのだ。
奴隷契約は本来は守護契約だったという話まで聞いてしまうと、さらにこれからの別れが惜しくなってしまった。
「決意が揺らがないうちに、契約を解除しましょう」
「ラウロ……」
「アトラに着くまで二週間ほどかかりますが、これまでと同じように側を離れないと約束します。どうか我が民と一緒に海を渡り、新しい人生を歩んでください」
ラウロから手を取られ、真っ直ぐに見つめられる。ニコラの視界はじわりと滲み、堪えきれなくなった涙が頬を伝った。
「あなたは、新しい土地で新たに生を受け、新しいニコラとして生きていく。大切に思える人を見つけ、その人生の最後まで、幸せに満たされていてほしい……ニコラ」
「ひっく……ラウロ……」
「あなたの人生の邪魔をしたくない。でも、最後にひとつだけ……ラウロ・ミンフティという、ただの男の戯言だと思って聞いてください」
ラウロはニコラの頬に伝う涙を拭い、濡れた唇に優しく口付けた。ニコラの顔中にキスの雨を降らせたあと、ぎゅうっと強く強く、抱きしめた。
「愛してる、ニコラ。俺の人生の中で初めて愛した人が、あなたでよかった」
ニコラの肩口に顔を埋めるラウロの口から精一杯搾り出された言葉に、ニコラの瞳から溢れ出る涙が止まらなくなった。泣きすぎて嗚咽を漏らしながら、ニコラもラウロの背中に手を回し、強く抱きついた。
「僕も……ラウロのことを、愛してる。これからもきっと、ラウロのこと、忘れない……っ」
涙に濡れながら重ねた唇の味を、ニコラは死ぬまで忘れないだろうと思えた。




