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道すがら、数日前にこの辺りが焼け野原になったことをレイヴンが教えてくれた。ヴァニラ神聖王国がウルガル帝国との同盟を拒否したのが原因で、自然を愛しむ神聖王国の宝とも言える森を焼き尽くして警告行為をしたのだという。
「だから、ヴァニラ神聖王国の者たちは怒り狂っているので、あの辺は警備が強化されています。へたにウロウロしていると神聖王国の者から殺されていたでしょうね」
「そうか……こちらもこちらで大変だったから、その話は聞いていなかったな。町に寄る余裕も、人に会う余裕もなかったから」
レイヴンと話しているラウロは、ニコラと接している時の態度とは全く違う。凛とした雰囲気で、どこか空気が張り詰めるような感覚さえある。
ニコラはどちらかといえば王子らしくない王子なので、殿下と呼ばれるような人は兄たちのように厳しいイメージしか持っていなかった。ただ、きっとラウロは違うのだろう。
「――ラウロ殿下!」
「王太子殿下……!」
レイヴンたちの隠れ家は、先日までニコラたちが過ごしていたような洞窟だった。ただ、あそこよりも広めの洞窟で、さらに奥にも空間が続いている。
洞窟の手前で地図を広げていたのは騎士のような男たちで、洞窟の奥からは女性や子供たちが顔を出した。レイヴンに連れられてやってきたラウロの姿を見て、全員が膝をつき、祈るように両手を合わせながら頭を下げる。
その光景は圧巻で、ラウロは慕われていた王太子だったのだなと、まだ整理できていないニコラの頭では単純な言葉しか出てこなかった。
「……皆、無事な姿を見られて嬉しく思う。長らく不在にしていて、申し訳なかった」
「殿下がウルガルから失踪されてから半年以上……必ず生きていると信じ、捜索を続けてまいりました」
「ただ、残っている女子供を先に大陸を渡らせようと思い、アトラへ向けて移動中です」
「それなら、この方も一緒に船に乗せてくれ」
ラウロがニコラの肩を抱くと、レイヴンの眉がぴくりと反応した。
「……お言葉ですが、殿下。その者はウルガル皇帝の花嫁として捜索されています。私どもが手を貸したと知られれば、国を失っただけではなく、生き残っている全員が朝を迎えられません」
「頼む、レイヴン。大陸を渡ったと知られる前に、俺が皇帝を殺す」
「もしもあなたがいなくなったら、誰がミンフティを再建するのですかッ!」
レイヴンの言葉で、ニコラはハッと思い出す。失われた王国・ミンフティ大国の存在を。
この大陸の中で最も広大な領土を持っていた国で、一番繁栄していると有名だった。リンメロ王国から最も遠い国だったのでニコラは行ったことはなかったが、国も人も豊かなのだと夢物語のような話を聞いたことがある。
そんな国が、まさかウルガル帝国から戦を仕掛けられるとは思っていなかったらしい。新皇帝となった獣人の元宰相は表向きは友好的な取引を持ちかけながら、裏では着々と戦争の準備を進めていた。そして、ミンフティ大国の警戒が緩んだ頃に一気に畳みかけたのだ。
新皇帝になって初めての戦がミンフティ大国とのもので、戦火に巻き込まれた国王と王妃、それから王太子も亡くなったという噂だった。
でも、王太子と呼ばれるラウロがここにいるので、ニコラが聞いた噂は事実と異なるようだ。
「レイヴン、たとえ俺がいなくても、お前がいるならやっていける。俺の悲願は国を失ってから変わらない……ウルガルの皇帝、エリゼオ・リュガーを殺すこと。そして……」
ラウロは言葉を止めて、ニコラを見つめた。ゆっくりとニコラの手を取り、細い指先に口付けながら「あなたを、無事に逃すこと」と呟いた。
「……無理やり、奴隷契約を結ばれたのではないですか? 一国の王太子ともあろう方を奴隷扱いし、騎士の真似事をさせているなんて言語道断です」
「落ち着いてくれ、レイヴン。この取引は俺から持ちかけた。リンメロ王国の地下牢に捕らわれている時に、ニコラ殿下も国王である実兄に閉じ込められたんだ。俺を逃がしてくれるのなら、ニコラ殿下のことも逃がそうと取引を持ちかけて、契約をした。この方を責めないでやってくれ」
不信感たっぷりのレイヴンたちの目から逸らすように、ラウロはニコラを自分の後ろに隠す。ニコラはいつもラウロに助けてもらうばかりで、隠れることしかしていない。それでは何も変わらないのではないかと、ニコラは一歩踏み出した。
「……リンメロ王国の第三王子、ニコラ・リンメロと申します。国王である兄がウルガル帝国からの同盟を受け入れ、交換条件として嫁ぐことを命令されました。僕はオメガで、十五歳の頃から閉じ込められて過ごしてきて――自分の人生を兄の言いなりのまま終えていいのかと、ラウロ……殿下と出会って、目が覚めたんです」
あの地下牢での出会いは運命だったのだと、今なら分かる。ラウロはニコラに、自分の人生は自分だけのものだと教えてくれた人で、ニコラが自分の人生を歩む勇気をくれた。
もしここでラウロと別れても、今のニコラは道に迷わずに歩んでいけるだろう。それほどまでに、ニコラにとってラウロの存在は大きなものになっていた。
「僕は、ウルガルの皇帝には嫁ぎたくない。自分の人生は自分で決めたいと、ラウロと出会ってから教わったんです。だから……お願いします。手を貸していただけませんか?」
ニコラが頭を下げると、ラウロも隣で頭を下げた。レイヴンのため息が聞こえたが「……二人の王族から頭を下げられて拒否ができるほど、俺は高貴な立場ではありません」と呟いた。
「二週間前にここを出た者たちは無事に船に乗ったと連絡がきたので、次の移動は明日か明後日にでも。今残っている者たちで最後なので、一旦は全員でアトラへ向かいます」
「あ、ありがとうございます……!」
「すまない、レイヴン。ありがとう」
「ただし、ここを発つ前に奴隷契約は解除をしてください。ラウロ殿下は船に乗らないのですから、契約をそのままにしていたら厄介なことになります」
レイヴンの言葉はもっともだが、ニコラはちくりと胸が痛んだ。奴隷契約が唯一、ラウロと繋がっている証だったのだ。
この契約を解除すると正真正銘、ラウロとの繋がりはなくなってしまう。別れは最初から分かっていたことだが、レイヴンたちとの出会いで一気に現実的になり、ニコラの胸は寂しさでいっぱいになった。




