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竜の娘  作者: るり子
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花畑(前)

生物用語としては「花畑」じゃなくて「お花畑」が正しいみたいですね

 洞窟の先は外だった。

 光の先に進もうとするが、あまりに眩しく目に針のように刺さる。


 その筈だろう。


 目の前のそれは恐ろしいほどに広く、いままでの冷たい岩肌の細い道のりにはあまりにも似つかわしくないまるで天国に跳んだかのような純白で、それは時を忘れさせ、呼吸を失わせ、この世の光景とは思えない程に狂わせるもので肌は穏やかな風を感じ、鼻に植物の匂いを満たし、目は光を伴う白に一瞬機能を失った。



 一面の白い花畑。


 どこかで、どこかでこの光景を知っている。


 美しいというより恐怖が正しいそれは、何者かがかつて孕んだ狂気の象徴のようにそこに存在していた。花の一つ一つが人の目のようで何万何億の命に飲み込まれそうな錯覚に陥る。

 自分の存在が小さくなって消えそうになる。

 

それは、おどろおどろしい感情ではなく善意。愛情とか自由とか正義とか勇気とか良い感情のはずなのに―――温かさが一切ない。

 泥のように身体に纏わりつき重みがないのに動けない。


 白。白。白。


 白とは本来無垢で純粋なはずなのだ。いや、全くもってそれは正しいのだろう。何色にも染まり、他の色一滴でさえその全てを変えてしまうのだ。


 だが目の前の膨大な白はそれを許さなかった。まるで油絵の具のようにそこにいる者の存在を丸ごと呑み込んで埋もれさせてしまう程に!



 無垢な純白であるからこそ、気持ち悪い。

 

 白が頭を支配する。

 

 まずい。

 呑まれる。

 自分がもう保てない。


 善意の海に溺れる。

 逆らえずただなすがままに翻弄される。

 このまま自我を失って何かに塗りつぶされてしまう。



 ―――誰かが少しでも触ってくれたらこの地獄から帰ることができるだろう。

 晴れて自分を認識できるに違いない。


 心から、助けてほしいと願う。


 誰か、誰か、誰か―――




 ―――視界にちらりと金色が映り込んだ。

 目の前でそれは妖精の様に踊り始める。


 真紅のフリルが白を隠す。

 本当に楽しそうに笑みを浮かべながら、花弁をステップで舞い散らし両手を広げてバレリーナのようにくるくると。


 ふわりと背中から花へダイブする。長い金色の髪に花弁が降り注ぐ。手には薄桃色の薄布を大事に握りしめて。



 その姿は全ての鎖を断ち切った。




「はは……そうか。夢だ」


 先に言葉を発したのは龍郎の足元に崩れ落ちていた細身の不潔そうな男だった。


「ははははは! そうだ! あんたも俺の夢なんだろう!?」


 男が何を思ってか龍郎へ襲いかかる。

 反射的に龍郎は男の顔面に拳を叩き込んだ。見事な一発。

 久しぶりに手応えのある感触で我に返る。


「い、えてぇ……! 夢じゃないのか? あ、こ、殺さないでくれ! 頼む!」

「殺しはしねぇよ、馬鹿か。……なんで俺から逃げたんだ。誰だお前は」


 男は鼻を押さえながら怯えている。龍郎は逃げられないよう、乱暴に胸ぐらを掴んだ。


「お、俺は悪くないんだ。金を貰ってブツを運んで、そんで……ちょっとだけ出来心で使っちまっただけなんだよ」

「ちょっとだけってなんのことだよ」


 掴む力を強める。


「あああ! 嘘です! 本当は半分使っちまった! ごめんなさい!」

「だ、か、ら! 何を使ったかって訊いてんだよ! あとお前は誰なんだ!」

「悪かった! 悪かった! 殺さないでくれ!」


 ―――話にならん。俺を殺人鬼だとでも思っているのか?



「なぁ。冷静に話をしようや」


 男を地面に下ろし、落ち着いて話しかけた。これ以上暴力に頼っても意味はなさそうである。


 こういう堂々巡りの話し合いのときは……相棒はよく自分から情報を開示すると良いのだと言った。



「俺ぁね、もしかしたらお前と同じ状況にいるのかもしんないんだよ」

「お、同じ?」


 タバコ風味のハーブを取り出し、咥えながら話す。


「気がついたら見知らぬ場所にいた。この花畑に見覚えがある……そうだろう?」

「そ、そうだ! そうだよ! も、もしかしてあんた、俺を恨んで殺しに来たんじゃないのか……?」

「俺ぁお前のことなんか知らねぇよ。……恨まれるようなことをしたかはまず置いておいてやる。俺の質問に答えろ。嘘をついたら……分かるよな?」


 男は黙って怯えながら力強く頷いた。よし。いいぞ。

 何もかもを聞き出せ。



「まずお前は誰だ?仕事は?」

「お、俺は中田敏之(なかたとしゆき)。えーと……無職。」

「どうして相棒……笹川麗を知っている?」

「それは……有名だからさ。ほら、TVにも出てるだろ。期待の若手社長だってよ」

「あぁ、なるほどな。俺も一緒に出てコメントしてたからな。それで腰巾着扱いか」

「そ、そうだった。 悪口言ったのは悪かったけどよ、有名だからビックリしたっつーか……はは」


 めきょ。

 中田の小指が手羽先のように折れた。


「っあああああ!?」

「俺ぁTVに出てねぇよ。次は左目だ。」


 右手の親指を突き出して見せる。男は小指を抑えてうずくまり、うめき声を漏らしながら小刻みに震えていた。バカみたいだ。

 耳元に近づいて囁く。


「さぁ。包み隠さず言いな? ()()()()()()()()()()()?」

「……お、俺は! ……俺はっ笹川麗のルートを乗っ取るのに、加担したんだ! っだが! 金を積んで、もらったからだ!」

「ルートだと?」

「『お花畑』っ……『お花畑』だよ! あんたっ、笹川麗と『お花畑』を独占密売する気だったんだろうがっ!!」



「ササガワレイ?」



 ぞくり。

 背筋が凍る。


 どす黒い影は、背後に居た。



「……お嬢ちゃん、もうちょいその辺で遊んで来な。これは大事な話なんだ。」

「ササガワレイ……またササガワレイなのね……?」


 風が冷たくなる。指先がピリピリと痺れ始めた。


「あっ、あんたっ! 助けてくれっ!」


 地面にへばりついた男が叫ぶ。

 少女の深い瞳がじろりと動く。


「……ねぇ。たつろうに変なコトいわないで頂戴?」

「っ!」


 少女の黒く鋭い黒曜石のような爪が日の光を反射する。

 そしてそれは、無残にも振り下ろされ―――



 白い花弁は似合わぬ赤黒き血潮に染まった。

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