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竜の娘  作者: るり子
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手がかりの男

 幸いハーブの爆発は火を伴ったものではなく、煙が大げさなだけであった。調節ができそうもない。

 説明不十分だと訴えたら、店主はハーブを3ダース無料(タダ)でくれた。


 龍郎はタバコ風味のハーブを咥えながら噛んでいた。煙がないのが寂しいが、何かを口に入れると少しだけ満足する。まるでニコチンガムだ。喫煙者でなかった相棒に勧められたのを思い出す。


「よかったね、たつろう。禁煙できて。」

 全く良くない。


「わたし、そっちの方がいいわ。タバコ嫌いなんだもの。」

「……お嬢ちゃんはタバコ知っているのかい?」


 知っていたのならなぜ何も言わなかったのだろうか。喫煙者を猛獣かなんかと勘違いして隔離する禁煙至上主義の連中と同じなのか。副流煙がなんだのと騒ぎ立てる輩が、龍郎は大嫌いだった。


「タバコね。昔はあったのよ。」

「むかし?」

「今はどうやら無いみたいね。そっちのほうがいいよ。」

「お嬢ちゃん……何歳だい?」

「……………」

「おい、なんか言えよ。」


 いつか屈辱の洞窟で少女が自分のことを「生まれたばかり」と言っていたのを思い出す。

 しかし竜とかいった人間離れした奴に年齢なんて無いのかもしれない。この見た目で昔を語るとは、ふざけているのか、若しくは本当に長く生きている可能性もある。

 ……石像から出てきて、生きていると言えたものかは分からないが。



 この時は深く考えていなかった。

 少女の年の数は、予想を大きく超えることになる。……少女とは到底言えない年齢なのだ。



 はぁ、と疑似ニコチンによって少しだけ落ち着いた龍郎はため息をついた。



 ふと気づくと市場の真ん中の広場が騒がしいことに気づく。……酔っぱらいでもいるのだろうか。一人の男が喚いているようで、周りが親切にも「大丈夫か?」「案内して差し上げましょうよ」と声がけをしている。


 だが龍郎は知ったことではない。面倒ごとはゴメンだ。少女の手を引き、その場から立ち去ろうとした。


「うるさい! うるさいぞお前ら! ここは一体どこなんだあ!」


 やかましい男の声が近づく。一刻も早く立ち去らねば!


 方向転換をしようとした時には既に、その男は人混みをかき分けて顔を出していた。

 細身で不潔そうな男である。


 ―――しまった。目が合った。


 どうせ同じ人混みだ。知らん顔で行ってしまうだろう。そう思っていたがその男は龍郎の顔を見るなり目を丸くして動きを止めた。


 しばしの沈黙。

 一発殴ってやろうか。そう思いついた途端に、その男は全く信じられないというように言葉を口にした。

 

「……笹川麗の腰巾着じゃねぇか……!」



 頭を鷲掴みにした筈だが、奴の逃げ足のほうが速かったらしく腕をするりと抜け、市場の中へ紛れ込もうとする! 後方からだんだん遠くなる声が届く。


「なんであんたがここにいるんだよ! 悪かった! 悪かったよお!! 俺はただ金もらって、ちょっとだけブツを使ってただけなんだから、ちょっとだけ!」


「お嬢ちゃん! あいつを捕まえろ!」

「わたし、そんな乱暴なことしたくないわ」

「よく言うぜ畜生!」


 男の後を龍郎が追い、その後を少女が付いてくる。人混みをかき分けいくつかの商品を蹴り倒しながら男を目指す。



 ギェッ!


 聞いたことがあるような発声音。龍郎がいつしか乗った鳥車の、あのチョコボのような生き物に男は(またが)りモノすごいスピードで遠ざかってゆく。

 鳥の直売場で、一羽(?)が奪われたとあって、店主と残された鳥たちはガアガアとやかましく騒ぎ立てた。

 ……どちらにしろあのスピードでは追いつけまい。同じ生き物でなければ!


「借りるぜ! 後ろ乗りな、お嬢ちゃん」

「うれしい! ドライブデートよね?」

「ちげえよ」

「わ、わしのバーティー達が!!」


 あのでかい鳥みたいな生き物はバーティーというのか。

 

 大型の動物特有のずっしりとした感触と、鱗と羽毛の入り混じったひんやりとしていて、なおかつふわふわとした独特の触り心地がする。

 動くたびに鳥類らしい匂いが鼻をついた。


 運動能力を駆使し、バーティーと呼ばれた生き物を乗りこなす。体験したことの無い動きでバランスの()()方が馬よりよっぽど難しい。

 だというのに後ろに淑やかに同乗している少女は全く体幹がブレていない。化物め!


 そして相当のバランス力が必要なバーティーを、追われる男が乗りこなせる訳がなかった。必死にしがみついていたもののすぐに落馬―――いや落鳥し、地面に転がり落ちる。

 しかし随分と悪運が強いようで、バーティーの入り込めない植物の隙間に滑り込む。



 逃げた先は既に市外の森の中であった。龍郎はこの世界の森にはあまりいい思い出がないが、それでも行かねばならない。龍郎はバーティーから降り、自分の足で追いかける体勢を取った。


「お嬢ちゃん、ここで待ってな」

「ううん。わたしも行くわ。この森、なにか変だもの」


 魔物、という単語が首筋をさわる。

 ―――何を弱気になっている。


「いや、その鳥と待ってろ。これは俺の問題だ」

「…………ササガワレイでしょ? 行かせない」


 光の無い大きな瞳に束縛される。


「嫉妬は見苦しいぜ? ……わかった。こうしてやろう」


 龍郎は少しの間一緒にいた事でこの少女の特性を理解した。

 彼女に隠し事は出来ない。だがそれを上回る程の利益を提示したとき、彼女は蛇のように全てを投げうってまでそれに食らいつく。


「ここで少しだけ待っててくれたら、1時間もお嬢ちゃんの言いなりになってやるよ」

「1日」

「……2時間」

「1年」

「(なんで延びるんだよ)3時間!」

「一生!」

「…………ああ。 半日! 半日だ! それ以上は譲らん!」

「やった! 半日も? うれしい!」


 ―――もしかして、してやられたか?


 損をした気分だ。

 周りに花が見えるほど気分を良くした少女とバーティーを置いて男を追う。だいぶ離されてしまったと思ったが、枝が折れ足跡がくっきりと残った隠す気の微塵もない痕跡を目の前にして龍郎はほくそ笑んだ。あれ程慌てていてはトラップなども無いだろう。足を折った兎を狩るより簡単だ。


 だが崖下などに落ちてしまっては事なので、急がねばならない。痕跡を辿ると人の気配が直ぐに感じ取れた。


 ―――あの男だ。


 間抜けな後頭部が見える。

 奴はどうあっても捕まえなければならない。


 第一に「笹川麗」の名を口にし、龍郎の存在を知っていた。……腰巾着と呼ばれたのは気に食わないが一発殴らせてくれたら許してやらんでもない。


 その理由として第二にこれらの事を考慮すると、龍郎と同じように訳のわからないままこの世界に飛ばされた可能性がある。広場で喚いていたのもそのせいだろう。もとの世界に帰る手掛かりにもなるはずなので聞き出すことは多い。


 そして第三の理由。……これに当てはまる場合は許すことはあり得ない。奴は龍郎、または彼の相棒に敵対した可能性がある。龍郎を見て逃げたということはそういう事だ。

 捕まえた後協力する姿勢が感じられなかった際は……ああ、実に楽しみだ。


 

 そう考えるうち、男は岩場の亀裂―――洞窟と言うべきか―――に入り込んだ。中で道でも別れていたら面倒だ。素早く後を追う。

 中は岩肌が露見していて湿度が高いが、辛うじて前が見える。それは洞窟の先が外につながっているのか、光が差していたためである。急がねば―――そう思ったとき。



 光が一層強くなる曲がり角の先から、男の絶叫が聞こえた。

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