市場
働きたくないでござる
「この着物500ウェン」
「ウェン? 円じゃないのか?」
朝日が眩しい。龍郎は王都に戻るのは危険だと判断し、取り敢えず物品調達のために別の町を目指した。少女の「あっちから人の気配がする」という言葉を信じ進むと、市場が栄えた中規模な街に出た。
買い物は取り敢えずタバコを調達したかったが、市場の着物に目を奪われた少女にねだられ、購入せざるを負えなくなった。
少女は目立ちたくないのか、コートを頭からすっぽり被り路地裏に引っ込んでしまった。
「これ、遠い村から手に入れた珍しい布。うちの店、すごい安いよ! 500ウェン」
「円じゃなくて」
「「ウェン」」
ここは通貨も違うらしい。
「俺ぁ遠くから来たんでね。ここの通貨は知らないんだが。どんなもんかね」
「お金、これ!」
店主は「500」と彫られた薄い石を見せた。
―――こんなものが金なのか?
こんなのが金だったら幾つでも偽造できるじゃないか。
「これもお金!」
店主はさらに「300」と彫られた小さな丸い石を差し出した。
周りを見渡すと、多くの屋台で小さな石を受け渡ししている。これで経済が成り立つものなのか、と呆然とする。江戸時代にはお互いの信頼関係で手形が成り立っていたというが、これはそれ以上だ。
「ちょっと待っててくれよ。その服買うから取っといてくれ。」
「わかた!」
店をあとにし、暗い路地裏へ入る。足元に手頃な小石がある。
「なぁ。お嬢ちゃんの爪、固そうだな。ちょっとこの石にキズつけてみろよ。こう書くのさ」
「んーと……こう?」
「ああ。上手だよ」
ぎぎ、と音を立て小石に「500」と刻み込まれた。少し雑ではある。
「ねぇ、あのワンピース買ってくれる?」
「あぁ、買ってあげるとも。好きなだけな」
眩しい市場に戻り、先程の店主にその石ころを差し出した。店主がじろりと舐め回すように見る。
「お買い上げ、ありがとござます!」
こいつバカだな。
晴れてふわふわな生地の赤いワンピースは龍郎の物となった。
「わぁっ!かわいい!」
少女が目を輝かせる。コートを雑に脱ぎ捨て、ワンピースを身に纏い、ひらひらと妖精のように舞った。
かわいいを大切にするあたり、こんな化物でも年相応(?)の少女なのだろうと思う。
「さっきのもっと造ってくれたら、菓子だろうと何だろうと買ってやるぜ」
少女が舞うのをやめ、龍郎をじろりと見る。
「たつろう、悪いことしてるでしょ」
「だめかい?」
「ステキだわ!」
上等そうな革靴。レースグローブ。甘い果物。琥珀のブローチ。欲しいものはすべて手に入れる事ができた。
小一時間ほど歩くと、ほとんどの屋台を見回ったと思える。
「お嬢ちゃん、これを頭に被っときな」
龍郎が少女に渡したものは、一片30センチはある、淡いピンク色の薄布だ。
「これを巻いときゃ、その鱗も目立たないだろうよ」
「これ……わたしに? うれしい!」
少女は一層輝かしい笑顔で受け取った。少女はとても嬉しかった。龍郎が、少女のことを考えて特別に選んでくれたものであったからだ。
彼自身の意志で、誰に言われたものでもなく。それは少女にとって何事にも変えがたい宝物となった。少女は薄布を頭巾のように、意気揚々と被る。
紅の上等なワンピースと、安くさい布頭巾。それがあまりにもミスマッチで龍郎は失笑した。
この訳のわからない世界で物を買い漁り、初めて楽しいと思えた。
しかし何処を探してもタバコのタの字すら見つからない。あらゆる店で訊き回ったがそれらしいものすら無かった。この世には嗜好品が無いのだろうか。
諦めかけたとき、他の屋台に押しつぶされそうになっている小さな屋台に目が留まる。
―――ハーブ専門店。
ここならもしや、似たようなものがあるかもしれない。
「いらしゃい! ハーブならなんでもある!」
「あんたあっちの方で布売ってなかったか?」
「アレいとこよ。ハーブ均一300ウェン!」
「こういうの、あるかい?」
空のアメリカンスピリットを差し出す。龍郎は意外と自然派なのだ。
店主は空の箱をスンスンと嗅ぎ、露骨に嫌な顔をした。
「くさ!……でもないこともない」
後ろの散らかった棚をかき回す。
出してきたのは麻袋に入ったシナモンの様な細長いハーブだった。
「たしかにこれぁタバコの匂いだな。このまま吸えそうな形じゃないか」
口に咥えると少々刺々しい風味はするものの、既にタバコのそれだった。ライターを取り出し火をつけようとする。
「あ! お客さん火はだめよ!」
時すでに遅し。口に咥えていたハーブは壮大に爆破した。
このハーブは可燃性が強すぎるらしい。
全く。前途多難である。




