暗闇
どうでもいいんだけど、手塚治虫の火の鳥めっちゃ好きなんだよね。
笹川麗。
相棒はこの名前が嫌いだった。彼が男であるのに女みたいな名前だから、とかじゃない。いや、むしろ相棒は自分がそこらの女に負けないくらいの美人だということを自負していたし、スカートなんかも求められれば喜んで履いた。変態!
笹川麗は相棒の表の顔だ。日の当たる世界じゃ、人柄も愛想も良くて、カリスマがあって、金持ちで、優秀な、大嫌いな自分を演じてると言ったのを聞いた。
傍から見ればそれは大成功を収めた理想的な人生だった。龍郎とは真逆の人生だった。
だから。惹かれ合ったのだろう。
人間というのは自分の立場に関係なく、別の刺激が欲しくなる生き物なのだ。
そして二人はお互いに、お互いの人生を台無しにした。
それで良かった。楽しければ良かったんだ。
泥にまみれようと、血に溺れようと。
ろくな死に方ができないのは解っていたさ。
解っていた。
解っていた。
解っていた。
―――俺たちの最期は。
あれ? どうなったんだっけ?
「教えてあげようか?」
龍郎は、無様にも地面の上に転がっていた。
体が痺れる。指一本動かせない。それでも辛うじて声を絞り出した。
「……お、前…………な、に……を……っ!」
少女は髪の先をくるくるしながら軽く答えた。
「あなたみたいなか弱い人間じゃあ、わたしには絶対に敵わないわ。力も頭脳も何もかも……と言いたいところだけど。わたし、生まれたばっかりだから知識はあんまりないのよ」
生まれたばかりの女が、そんななりしてるわけねーだろ。と、思う。
「わかったでしょ?これが、『竜の力』よ」
頑張って睨む。すると、ある異変に気がついた。
少女の額。第三の目とでも言うべきか。ルビーのような赤い宝石らしきものが埋まっている。動脈から出たばかりの血をガラスに押し込めたような真紅。
あんなもの、さっきまで無かった。
「この力は便利よ。乱暴する生き物を縛ることができるし、記憶も覗ける。……たつろうが忘れちゃった記憶もね」
忘れた記憶?
「わたしはササガワレイなんかより、もっとたつろうを理解できるし愛してあげられるわ。そうだ! わたしがたつろうの新しい相棒になってあげようか? それがいいね!」
少女は初めて満面の笑みを見せた。それは太陽の様に眩しく可愛らしいものであった。龍郎は全くそう思わなかったが。
―――このクソ女。
「それと、元気になったたつろうにもう一つ」
ずい、と少女は顔を近づける。少女とは思えない妖艶な光を瞳に宿していた。
「竜の性行為はぜんぶ雌が主導権を握るの。たつろうの快楽も痛覚もぜーーんぶ、わたしのものよ。……まだそんなことしないけどね」
つつ、と白魚の指を龍郎の顎につたわせる。寒気がする。
「もしわたしにもう乱暴しないって誓ってくれたら、縛りを解いてあげるわ。嫌ってわけじゃないのよ? ただ、まだお互いをよく知らないから」
―――相棒の名前を一方的に出したくせによく言いやがるな。
憎悪と苛立ちが渦巻く。龍郎は今すぐにでも目の前の少女を殴り倒したい気分だった。しかしそうしたところで、そのか弱そうな少女に敵わないと感じていた。……情けない!
「する……と、いったら…………?」
睨んだまま弱々しく答えるが、言葉には反抗の意志が確かにあった。
少女は、うーん、とわざとらしく考え込む。
殺されるだろうか?
それとも、一生反抗が出来ないように縛り上げるだろうか?
殺されるなら、別にいいかもしれない。少女に殺されるのは少し癪だが、こんな世界でのうのうと生きる理由もない。そう思うと、さっきまで抱いていた憎しみが薄れていく気がした。
しかし、回答は予想の遥か斜め上をゆくものだった。
「そうね……。たつろうを不老不死にしてあげるわ」
「は?」
唖然とする。
「竜の血液には底知れない力があるのよ。……人間には強すぎるかもしれないけど。わたしの血を飲めば、たつろうはきっと長生きできるわ!
ほんとは、純粋な人間のまま愛したいのだけれど、仕方ないよね。きっと何千年もあればお互い理解できるよ!」
「わ、わかった。わかったよ。反抗はしない。それでいいだろ?なぁ」
少女は、ふぅん、と少しつまらなそうにした。
拘束が緩む。少女の額の赤い瞳が閉じた。
不老不死だと? 本当かどうかは知らないがそんな得体のしれないものを口にできるか。それで人智を超えた力なんか手に入れた日にはどうしてくれる。そんなものは世界征服を企む奴とかが奪い合っていれば良いのだ。
痛めた右手を擦る。
ふと、頭に危険な考えが浮かんだ。
―――死んだ人間を生き返らせることは?
この場所に相棒と飛ばされたことがすでにイレギュラー。もしかしたら飛ばされた時点で相棒はあんな状態になったのかもしれない。
生きて、相棒ともとの場所に戻る。それが現実に無いとも言い切れない。
少女を見る。ニッコリと微笑みを浮かべて龍郎の反応を待っている。
―――場合によってはこの女、
利用できない事もない。
だがここでそれを悟られるのはあまりに危険だ。少女は龍郎に好意を示している。
便乗して、来たるべき時に捨てればいい。
そして、もし。この少女が相棒になにかしたというのなら、ただでは捨てはしない。
心の中に黒い炎が揺らめくのを感じた。
「乱暴して悪かったよ。お嬢ちゃん」
笑みを浮かべて優しそうに取り入る。まず、この少女のことを暴かねば。
コートを脱ぎ、裸のままの少女にふわりと掛ける。
「たつろう、やさしいね」
龍郎の内心を知ってか、知らずか。少女はコートを大切そうに寄せ、笑いかける。
「わたしもなにか着るものが欲しかったの。人型なのに裸はまずいでしょ?」
「自覚あったのか」




