第555話 魔力0の大賢者、保険魔法に頼らなかった理由を知る
「皆、楽しそうだねぇ」
「料理、美味しそうだね」
僕たちが話していると、ムスケル先輩とクスリー先輩も会話に加わってきた。
ムスケル先輩は今日は学園の正規制服姿だ。いつもの筋骨隆々な姿とは違い、今のムスケル先輩はどこか中性的で、年相応のあどけなさすら感じさせる。
「押忍! ムスケル先輩! お疲れ様ッス!」
「ガッツくんは本当に元気だよねぇ。でも僕にそんな畏まらなくていいからね?」
ガッツが勢いよく頭を下げると、ムスケル先輩が困ったように笑った。
どちらの姿であっても礼儀を忘れないあたり、ガッツらしいよね。
「ずっと不思議に思ってたんだがよ。なんで制服変わるだけでそこまで姿変わるんだ?」
アズールが首を傾げながら聞くと、クスリー先輩が面白そうに口元を吊り上げた。
「それ、私もかなり興味あるんだよねぇ。もしかしたら新薬開発の参考になるかもしれないし、色々調べてみたいんだけどさぁ。もう一人のムスケルが許してくれなくてねぇ」
何だろう。クスリー先輩の笑顔がちょっと怖い。
口元は笑ってるのに目が妙に爛々としているし、しかも涎まで……。
「調べるって、一体何をするつもりなんです?」
メドーサが半歩引きながら尋ねた。するとクスリー先輩がニタァっと笑う。
「それはもちろん――」
「聞かない方が良さそうね」
メドーサが即座に遮った。うん、僕もそう思う。
「でも、ムスケル先輩の保険魔法って本当に凄いですよね」
「うむ。俺も随分世話になった」
「あたしもかなり助けられてるね」
「クマちゃんが破れた時も保険魔法で直ったんだよ♪」
「そうなんだね」
ベアがクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら笑う。
保険魔法に助けられた人は、本当に多いんだろうな。
「そういやDクラスで試合した連中、保険魔法に加入してなかったんだったな」
アズールがふと思い出したように呟いた。
「アイツらの怪我は自業自得っちゃ自業自得だけど、何で加入してなかったんだろうな」
その言葉に、クスリー先輩の笑みが少しだけ薄れた。
「――少なくともギャノンは、保険魔法に頼れなかったんじゃないかな」
空気が僅かに変わる。
「多分だけど、ギャノンは違法魔法薬を常用してた。保険魔法って、そういうの誤魔化せないからねぇ」
「そうだね」
ムスケル先輩も静かに頷く。
「違法薬物や危険な魔法薬を継続的に摂取していた場合、保険適用外と判断される事があるんだ。その場合、理由もきちんと表示されるから誤魔化しは効かないよ」
なるほど。保険魔法には、そういう側面もあるんだね。
それにしても――ギャノンの話をしている時のクスリー先輩の目。
いつもの軽薄そうな笑みとは違って、まるで氷みたいに冷え切っていた。
薬を扱う人だからこそ、違法魔法薬を使う者が許せないのかもしれない。
「――さてと。僕はちょっとお手洗い行ってくるよ。マゼルもどうだい?」
不意にヘンリー先輩が僕に声を掛けてきた。
「え? いえ、僕は特に――」
「そんな我慢しなくていいよ。僕にはそういうのわかるんだから♪」
そう言ってウィンクする。
これは――。
「そ、そう言われてみると僕も少し行きたくなってきたかも」
「だろう?」
僕はヘンリー先輩と一緒に食堂を出た。
だけど向かった先はお手洗いじゃない。人通りの少ない廊下を抜け、その先にある空き教室だった。
部屋に入ると、ヘンリー先輩が静かに扉を閉める。
「察しが良くて助かるよ」
「あはは……。でも、わざわざ僕だけ呼んだってことは、何か大事な話なんですよね?」
「まぁね」
ヘンリー先輩の表情から、いつもの軽さが消えていた。
「丁度ギャノンの話も出たし、そろそろ伝えておいた方がいいと思ってね」
胸の奥がざわつく。
ギャノンは特別治療室送りになったと聞いていた。だけど、今こうしてわざわざ呼び出されたということは――
「結論から言わせてもらうよ」
ヘンリー先輩がゆっくり口を開く。
「ギャノンが――死んだ」
「――え?」
思わず声が漏れた。
胸の奥が、嫌な音を立ててざわつく。




