第548話 捕まったギャノン
side ドミルトン
ギャノンはマゼルに敗れ、魔導師団に連行された。だが負傷が酷く、現在は一時的に治療施設へ収容されている。
こちらとしては好都合だ。
治療施設の方が警備は甘い。
もっとも、仮に魔導師団の本拠で拘束されていたとしても、やることは変わらないが――
「よく寝てるな」
施設の前で警護していた兵士たちは、揃って地面に倒れていた。
今頃は夢の中で、あいつの遊び相手でもしているのだろう。
眠らせることに関しては、あいつの右に出る者はいない。
おかげで侵入は拍子抜けするほど容易だった。
詰め所に入り、リストを確認する。
ギャノンの部屋は三階の奥。
職員も警備兵も例外なく眠りについている。静かすぎて、むしろ不気味なくらいだ。
階段を上がりながら、わずかに違和感を覚えた。
手応えがなさすぎる。
だが、足を止める理由にはならない。
廊下を進んでいくと――妙なものに出くわした。
通路を塞ぐ、無言の存在。
「騎士……?」
いや、違う。
鎧は見慣れない造りで、兜には角のような突起。
そして顔の位置には、奇妙な紙が貼り付いている。
黒い紋様が描かれたそれが、わずかに揺らめいていた。顔が見えない。
いや、そもそも中身が存在していないようにも見える。
生きた人間ではないと直感した。
その瞬間、騎士が腰の武器を抜いた。
現れたのは、反りのある奇妙な刃。剣とも違う、見慣れない得物だ。
どうやら完全に敵と認識されたらしい。
「……まぁいい。少しは退屈しのぎになるか」
軽く手をかざし、魔力を放つ。
「魔圧」
高密度の魔力で相手を押さえ込み、動きを封じる術。
だが――騎士は一切の抵抗もなく、そのまま踏み込んできた。
躊躇なく斬りかかってくる。
「……効かないか」
身を捻り、刃を紙一重で躱す。
風圧が頬をかすめた。
少し遅れていれば斬られていた。
魔力干渉が通じない相手は面倒だ。
僕は肉体戦を好むタイプではない。
だが、ここで立ち止まるわけにもいかない。
「文句を言っても仕方ないな」
懐から短剣ほどの刃を取り出す。
黒く鈍い光を放つそれは――魔剣。
魂喰剣・グリムイーター。
「力を貸せ」
命じた瞬間、刃が淡く脈打った。
同時に、体の動きが変わる。
重心、踏み込み、視線の配り方――すべてが無駄なく整えられていく。
この魔剣は、歴代の持ち主が積み上げてきた技術を蓄えている。
それを使い手に与える代わりに、最終的には魂ごと喰らい、その技を取り込む。
そうして強くなり続けてきた剣だ。
だが、僕には関係ない。
僕の傀儡魔法は意思あるものすべてに作用する。
たとえ剣であっても例外ではない。
喰われる前に支配する。
だから代償は発生しない。
「さて――」
踏み込む。
先ほどとは比べ物にならない精度で動く体。
騎士の刃を受け流し、そのまま反撃へ転じる。
火花が散る。連撃。加速。間合いの支配。
騎士は無言のまま応じるが、わずかに遅れが見え始める。
動きは悪くない。だが、意思の揺らぎがない分、対応は容易だ。
「終わりだ」
踏み込みと同時に急所を正確に斬り払う。
騎士の動きが止まった。
膝が崩れる。
そして――
顔に貼られていた紙が青い炎を上げて燃えた。
ゆらりと消え、兜が床に落ちる。
中身は――空。
「……やっぱりな」
中身のない鎧。術式で動かされていた存在。
嫌な予感がよぎる。
魔導師団からやって来たのに、妙な術を使う教師がいたはずだ。陰陽魔法とかいう類の。
だとすれば、この存在もその系統。
今ので気づかれた可能性がある。
「悠長にしていられないな」
軽く肩を回し、視線を奥へ向ける。
「急ぐとするか――」
僕はそのまま、ギャノンのいる部屋へと足を速めた。
静まり返った施設に、僕の足音だけが乾いて響いた。




