第549話 粛清
side ドミルトン
「この集中治療室か」
扉の前に立ち、軽く周囲を見渡す。
静まり返った廊下には、人の気配も物音もない。
ギャノンの負傷が酷いという報告は本当だったらしい。
僕の知る限り、あのマゼルは甘さを残したタイプだと思っていたが――ここまでやるとは。
随分と怒らせたようだね。
治療室の扉は厳重にロックされていた。
魔導式の認証。登録された者しか開けられない仕組みだ。
「ま、関係ないけどね」
装置に手を翳す。
当然、認証される気配はない。
だが、構わず魔力を流し込む。
――パチッ。
次の瞬間、装置が悲鳴のような音を上げて煙を噴き、沈黙した。
「耐魔性能に難あり、か」
軽く指先を振る。
壊れた装置は焦げ臭い匂いを残して沈黙していた。
もっとも――僕の魔力が高すぎるだけとも言えるが。
扉を開ける。
病室の中は薬品の匂いと、かすかな血の臭いが混ざっていた。
中央のベッドに横たわるのは――全身を包帯で覆われた男。
ギャノン。
「まるでミイラだな」
歩み寄り、ベッドの脇に立つ。
「やぁ、起きてるかい?」
軽く魔力を高めて声をかける。
圧が空気を震わせた。
すると、包帯の隙間から片目がわずかに開く。
意識はあるらしい。だが、声は出ない。喉もやられているのだろう。
僕は懐から小瓶を取り出した。
「ほら」
無造作に中身を顔へ振りかける。
液体が皮膚に染み込むと同時に、ギャノンの喉がひくりと動いた。
「グッ……な、何しやがる……」
「うん。喋れるようにはなったね」
「なっ……」
自分の声に驚いたのか、目を見開く。
薬の効果を理解した瞬間の顔だ。
実にわかりやすい。
「助かった……お前、確かドミルトン……俺を助けに来たのか?」
「助け?」
思わず笑いが漏れた。
「あはは。面白い冗談だね」
ベッドの縁に軽く腰掛け、頬杖をつく。
その仕草に、ギャノンの眉が歪んだ。
「テメェ……俺が誰だかわかってんのか? クラークのカモの分際で――」
最後まで言わせる気はなかった。
視線を落とし、静かに魔力を解放する。
空気が一瞬で重く沈む。
「……お前こそ、立場をわきまえろ」
「――ッ!?」
ギャノンの顔色が変わる。
呼吸が浅くなり、視線が揺れた。
「な、なんで……こんな……」
「今、僕は組織の人間として来てる。そこんとこ宜しく」
「組織……?」
間の抜けた声。
僕は指先で瓶をくるくる回しながら、淡々と告げた。
「うちの薬で、随分好き勝手してくれたみたいだね」
その一言で――空気が変わる。
ギャノンの喉が鳴った。
「ま、まさか……お前……大魔の蒼月の――」
「“お前”? 言葉遣いには気をつけた方がいい」
「あ……いや……!」
慌てて言い直す。
さっきまでの態度が嘘のようだ。
この変わり身の早さ、嫌いじゃない。
「知らずとはいえ……失礼を……!」
頭こそ下げないが、完全に腰が引けている。
だが――どう振る舞おうと、結末は変わらない。
「頼む……! 力を貸してくれ! あの野郎をぶっ潰す! 組織が協力してくれたら――」
「くだらない」
言葉を被せて切り捨てる。
「そんな話じゃない」
ベッドの上に指を軽く叩く。
「問題は、お前が何をしたかだ」
「……何?」
「ブルームーンを水増しして売ってただろう?」
「――ッ!」
目に見えて狼狽する。
わかりやすい反応だ。
「仕入れた薬に混ぜ物をして量を増やす。確かに利益は出る。賢い方法だ」
わざと褒めるように言ってやる。
その分、次の言葉が効く。
「――うちの商売を荒らさなければ、ね」
沈黙。
ギャノンの唇が震えた。
「ま、待て……! 確かに水増しはした! だがその代わり――新薬を作った!」
「新薬?」
「魔力が数倍に跳ね上がる! 俺が自分で――」
「ハハハッ」
思わず笑ってしまった。
ギャノンが固まる。
「本気で言ってる?」
「……は?」
「そんなもの、うちはとっくに作ってる」
間の抜けた顔。
本当に知らなかったのか。
「お前に流してたのは下位等級の薬だよ」
瓶を軽く振る。
「それにお前の“新薬”、持続三分程度だろう?」
「……」
「そんなゴミ、商品にもならない」
完全に言葉を失った。
絶望が顔に浮かぶ。
いい表情だ。
「さて」
立ち上がり、ゆっくりとベッドに近づく。
「理解できたかな?」
「……」
「ケジメは必要だよね」
「ま、待て……!」
必死に身をよじる。
だが逃げ場はない。
「親父が……黙ってないぞ!」
「脅すなら相手を選べ」
冷たく言い放つ。
「お前の家ごと、粛清対象だ」
「な……そんな……」
顔から血の気が引く。
やっと現実が見えたらしい。
「た、頼む……助けてくれ……命だけは……」
情けない声。
さっきまでの威勢はどこへやら。
「うーん」
少し考えるふりをして――
「だったら」
顎を掴み、無理やり口を開かせる。
瓶を傾け、中身を流し込んだ。
「――ッ!?」
「これは開発中の新薬でね」
喉を押さえて咳き込むギャノンを見下ろす。
「被検体になってくれたら助けてやってもよかったけど――」
言い終える前に、変化が始まった。
皮膚が膨れ上がる。
肉が波打つ。
骨格が軋む音が響いた。
「うぉおおお……! 力が……溢れて……!」
歓喜の声は、すぐに絶叫へと変わる。
「あ、が……い、いでぇ……! いでぇええぇええッ!」
全身が瘤状に膨れ、歪な肉塊へと変わっていく。
血管が浮き出て破裂し、体液が飛び散る。
もはや人の形ではない。
「……また失敗か」
淡々と呟く。
肉塊は最後に大きく膨張し――破裂した。
赤黒い飛沫が壁に飛び散る。
静寂。
「これで十一人目か」
ポケットに手を入れ、軽く肩をすくめる。
「中々難しいものだね」
床に広がる残骸を一瞥する。
興味はもうない。
「まぁいい」
踵を返す。
「また別の被検体を探せばいい」
そうして僕は、何事もなかったかのように施設を後にした。




