第546話 魔力0の大賢者、学園を辞める?
「貴様、自分が何をしたかわかっているのか!」
リカルドが声を荒げた。頬を押さえながらも、その視線は怒りに燃えている。
対するイロリ先生は一歩も引かず、ただ静かに見下ろしていた。
「私に手を上げたのだ! クビになっても文句は言えんぞ!」
「――上等だ」
短い返答。
だが、その一言に迷いはなかった。
「自分の教え子を屑呼ばわりされて、黙ってられるかよ」
拳を握る音が小さく鳴る。
「それが許されねぇって言うなら――いつだって辞めてやる」
その言葉は、覚悟そのものだった。
――この人は、本気だ。
そう思った瞬間、胸の奥が強く締めつけられる。
ファインに頭を下げた時から、どこか覚悟していたのかもしれない。
教師を続けられない未来を。
だけど――そんなの、認められるわけがない。
「……やれやれ」
軽く頭を掻きながら、アズールが前に出た。
「参ったな、マゼル。イロリ先生が辞めるってんなら、俺たちもこのままってわけにはいかねぇだろ?」
口調はいつも通りだが、その目は真剣だった。
「――先輩が言ってたからな」
わずかに視線を逸らしながら続ける。
「俺らみたいなのを導けるのは、イロリ先生しかいねぇってよ」
リカルドの表情が歪む。
その言葉の意味を理解したのだろう。
僕は、拳を握り締めた。
家族のこと。陛下のこと。
考えなければいけないことは山ほどある。
それでも――
「アズールの言う通りだ」
顔を上げる。
「僕たちの先生は、イロリ先生しかいない」
一歩、前に出る。
「その先生が辞めるって言うなら――僕も辞めるよ」
「……何だと?」
リカルドの声が低くなる。
「よく言ったぜ、マゼル」
アズールがニヤッと笑う。
「俺も同じだ。先生を辞めさせるってんなら、俺も辞めてやる」
「当然だな」
ガロンが腕を組む。
「俺たちに教えられるのは、あの人しかいない」
「まぁ、ほとんど自習だったけどね」
「いや今それ言う? メドーサ」
ドクトルが苦笑する。
だけど、その空気は決して軽くない。
「でもさ」
メドーサが続ける。
「いざって時には、ちゃんと動いてくれたでしょ?」
視線がイロリ先生へ向く。
「だから……その先生がいなくなるなら、私も辞める」
「……僕も同じだよ」
ドクトルが静かに頷く。
そして――
「皆が辞めるなら、私も辞める」
リミットが一歩前へ出た。
「だって、皆がいないと……ご飯、美味しくないもんね」
ふわりと笑う。
らしい理由だ。
でも、その奥にあるものは同じだ。
「マゼルが辞められるのであれば、私も残る理由はありません」
メイリアが一礼する。
「……」
アニマが小さく頷く。
「わ、私も……! 皆と一緒です!」
「ガウ!」
「ピィ!」
シグルとメーテルも声を上げた。
シアンは何も言わない。
だが、その視線ははっきりと意思を示していた。
全員――同じだ。
「……それで?」
リカルドがゆっくりと口を開いた。
その声には苛立ちが滲んでいる。
「まさか、この私の判断がそれで変わるとでも思っているのか?」
冷たい視線が僕たちをなぞる。
「Zクラスが全員辞める? それで処分を撤回するなどと?」
鼻で笑う。
「浅はかにも程がある」
「マゼル様が、そのような軽い覚悟で言うはずがありませんよ」
静かに割って入ったのは――イスナだった。
「そして――」
一歩、前へ。
「マゼル様が学園を去られるのであれば、私も国へ戻らせていただきます」
場の空気が一変する。
「姫様がそう申されるのであれば――」
クイスも前に出る。
「私も同様に学園を去ります」
「なッ――」
リカルドの顔色が変わる。
明らかな動揺。
そこにさらに――
「勿論、私も辞める」
アイラが腕を組んだまま言い放つ。話を聞いていたんだね。
「おう! だったら俺もだ!」
モブマンが拳を握る。
「やれやれ……仕方ありませんね」
ネガメが肩をすくめる。
「一緒に故郷へ戻るとしましょうか」
「ビロスも辞める!」
ビロスが元気よく手を上げた。
その瞬間――
リカルドの拳が、わなわなと震えた。
怒りか、それとも――
初めて感じる“制御不能”への焦りか。
いずれにせよ。
この場の流れは、完全に変わっていた。




