第545話 魔力0の大賢者、後始末と決別
ウィンガル先生とシェリー先生に、ここで起きた一連の出来事を説明した。
途中、ウィンガル先生は何度か眉を顰め、鋭い視線をファインやバジルに向けていたが、最後まで黙って聞き続けた。
そして話が終わると――倒れている二人を交互に見た後、静かにファインの前へ歩み寄る。
「事情は理解した」
低く、しかし断定する声。
「だが――お前のやったことが許されることはない。相応の罪は償ってもらう」
「……わかってるさ」
ファインは短く答えた。
抵抗する素振りは一切ない。ただ、どこか肩の力が抜けたような、受け入れた者の静けさがあった。
「好きにしろ」
その言葉に、ウィンガル先生が僅かに頷く。
そしてシェリー先生へ視線を送った。
次の瞬間――
「陰と陽、相反せし理よ――巡りて縛れ」
静かな詠唱。
「――陰陽封鎖・双極拘環」
足元に淡い陣が浮かび上がる。
黒と白、二色の光が絡み合い、ファインとバジルの手足に沿って走った。
カチリ、と音がしたような気がした。
次の瞬間――
両者の手首と足首に、陰陽の紋様を刻んだ“枷”が具現化する。
それは鎖ではない。
だが、見えない力で完全に拘束され、指一本すら自由に動かせない状態へと固定されていた。
「これで、逃げることも抗うことも出来ぬぞ」
シェリー先生が淡々と告げる。
陰と陽が均衡を保つ限り、この拘束は絶対に解けない。
まさに“封じ”の魔法だった。
その時――
「……少し、ファインと話してもいいか?」
連行される直前、イロリ先生が口を開いた。
その声は、どこか躊躇いを含んでいた。
「……一分だ」
ウィンガル先生が懐中時計を開く。
「それ以上は認めん」
「それでいい。……悪いな」
短く礼を言い、イロリ先生はファインの前に立った。
二人の距離は、ほんの一歩分。
だが、その間に積み重なった時間はあまりにも重い。
「ファイン……」
一度言葉を切り。
そして――
「俺は結局、お前を守れなかった」
拳が僅かに震える。
「……済まなかった」
深く、頭を下げた。
教師としてではなく、一人の人間としての謝罪だった。
「頭を上げろよ、先生」
ファインが苦笑混じりに言う。
「しかし――」
「いいから」
少しだけ、声が強くなる。
イロリ先生が顔を上げた。
「俺はな」
ファインは視線を逸らさずに続ける。
「あんたが先生で良かったって……今は思ってるんだぜ」
その言葉は、決して軽くない。
長い時間を経て、ようやく辿り着いた本音だった。
「ファイン……」
イロリ先生の目が揺れる。
「俺にとって“先生”って呼べるのは、あんたしかいねぇよ」
そして、少しだけ口元を緩めた。
「それは……あいつらだって同じだろ?」
視線が僕たちへ向けられる。
誰も否定しなかった。
否定する理由がなかった。
「……ま、それでも」
ファインが視線を戻す。
「まだ申し訳ないって思ってるんならさ――教師、辞めんなよ」
その言葉に、空気が止まる。
「俺の後輩はよ」
鼻で笑うように続けた。
「揃いも揃って、一癖も二癖もある連中ばっかみたいだからな」
「……それは間違いないな」
ウィンガル先生が即答した。
そこは納得するんだね。
「……あいつらを導けるのは、あんたしかいねぇよ」
ファインの声が、少しだけ柔らかくなる。
「だから――」
ほんの僅か、間を置いて。
「二度と、俺みたいなのが出てこないようにしっかりやれよ。先生」
その一言に、全てが込められていた。
「――ジャスト一分。そこまでだ」
ウィンガル先生の声が静かに響く。
時間は、終わりだ。
ファインとバジルが連行される。
その背中を、イロリ先生はただ見送っていた。
何も言わず。
ただ、拳を握り締めながら。
その時――
「やっと捕まったか」
空気を壊す声。
振り向くと、そこにいたのはリカルドだった。
「――伯父様」
ラクナが低く呟く。
リカルドはそれを一瞥しただけで、興味を示さない。
そのままファインへ視線を向けた。
「全く」
ため息混じりに吐き捨てる。
「罪人として捕まっただけでは飽き足らず、魔狩教団にまで堕ちるとはな」
冷たい視線。
「学園の面汚しもいいところだ」
その言葉に、場の空気が凍る。
誰もが不快感を覚えていた。
「だから私は言ったのだ、イロリ」
リカルドは続ける。
「こんな屑を擁護する価値などないとな」
鼻で笑う。
「私の判断に、狂いは――」
――ドゴォッ!!
鈍い音。
次の瞬間、リカルドの体が大きく吹き飛んだ。
地面を転がり、数メートル先でようやく止まる。
「な……き、貴様ッ!」
顔を押さえながら、怒りに満ちた声を上げるリカルド。
その前に立っていたのは――
イロリ先生だった。
拳を握ったまま、静かに立っている。
「……ファイン」
振り返る。
その顔には、ほんの少しだけ困ったような笑み。
「悪い。……我慢、できなかった」
その一言に、全てが詰まっていた。
リカルドは、憎々しげにその背中を睨みつけていた――




