第539話 ラクナVSバジル
side バジル
私の人形が――破壊された。
本来ならあり得ない事態だ。
大賢者の妹を人質に取り、ファインにマゼルを始末させる――完璧だったはずの計画が、根底から崩れ去った。
この私の計算が狂うなど。
「ラクナ――お前がどうしてここに?」
アズールとかいうガキが、乱入してきた男に声を掛ける。
ラクナ……こいつも魔法学園の生徒か。
「平気か?」
「え? あ、うん。ありがとう」
「て! 無視かよ!」
ラクナはアズールを一瞥すらせず、ラーサにだけ声を掛ける。
この状況で余裕を見せるその態度。
癇に障る。
「ラクナありがとう」
「フンッ。別にお前の為にやったんじゃない」
マゼルの声に素っ気なく返しながらも、ラクナは一歩前に出る。
「だが――そうだな。こっちの三下は俺が相手してやる。お前はそっちに集中しろ」
マゼルへと視線を向けながら言い放った。
三下、だと?
先程から随分と好き勝手言ってくれる。
高々、学園の生徒如きが――。
「私を三下扱いとは、随分と自信がおありのようですね」
「人形遊びが得意な程度でイキってる三下だろう、貴様は」
即答だった。躊躇も迷いもない。
……腹立たしい。
「だったら見せて差し上げますよ。私の人形の力を」
指先に意識を集中させる。
張り巡らせた糸が震え、感覚が繋がる。
まるで神経そのものが延長されたかのような感触。
――これが私のギフト【操糸操相】。
糸で繋いだ対象を自在に操る力。
人形を操るのは序の口。必要とあらば、人間すらも操れる。
「いくら数を揃えても人形は人形だろう? 砕けろ!」
ラクナの周囲に岩石が浮かび上がる。
次の瞬間、それらが高速で回転し、弾丸のように撃ち出された。
先程、人形を破壊した魔法。
だが――
「見せてやりなさい。その力を!」
糸を引く。
人形たちが一斉に飛び出し、迫る岩石へと迎撃に入る。
――切断。
鋭い手刀が岩を両断した。
「岩を切った!?」
「ハハハッ、残念でしたね。私の魔切りは操る人形を通してでも扱えるのですよ!」
人形越しでも発動可能な魔切り。
魔力を帯びた物体など、紙のように断ち切れる。
「――飛べ」
ラクナが再び呟く。
また岩か。芸がない。
「切ってしまいなさい!」
糸を操り、人形に迎撃を命じる。
だが――
次の瞬間、視界に映ったのは。
押し潰され、砕け散った――人形の残骸だった。
「馬鹿な……! 何故だ! 何故切れない!」
「いくら魔切りでも、“ただの岩”じゃ切れないって事だ」
ただの……岩?
「まさか――魔力を抜いて……いや、あり得ない! 魔力を抜いた岩を操るなど不可能なはずだ!」
「全部を操る必要はない」
ラクナが淡々と言う。
「潰すだけなら半分あればいい。それだけだ」
――半分?
理解する。
魔力を残した部分だけで制御し、残りを“非魔力状態”として叩きつけているのか。
だから魔切りが通らない――!
「これでお前の玩具もなくなったな。覚悟は出来たか?」
「フハッ……フハハハッ!」
思わず笑いが漏れた。
「中々やりますね。ですが――私の操る人形はまだある!」
指を動かす。
糸が張り直される。
キリキリ、と軋む音。
「な! 俺の体が勝手に!」
「ど、どうなってるんだ?」
「ちょ、なにこれ気持ち悪い!」
「シグル! メーテル!」
「グルゥ!」
「ピィ!?」
「まさか……僕たちを人形代わりに!」
Zクラスの生徒たち、そして獣。
全てを糸で捕らえた。
「さぁどうですか? 仲間を攻撃できますかねぇ?」
勝利を確信する。
だが――
「アホかお前は」
「は?」
ラクナが、心底くだらないものを見る目で言った。
「そいつらは仲間でも何でもない」
淡々と。
「俺が攻撃するのに、抵抗なんてないさ」
その言葉に、周囲がざわつく。
「ちょ、ラクナ!」
「ラクナてめぇ!」
だがラクナは気にも留めない。
「壁にすらならんぞ」
――ハッタリだ。
そう思った。
だがその目は、冗談を言っている人間のものではなかった。
「うるさい連中だ。どうしても助かりたければ――」
ラクナが視線だけで告げる。
「体を石にでもして身を守るんだな」
「ハハハッ! 体を石にですか、面白い冗談――」
その時だった。
緑髪の女が前に飛び出したのは。
「私だって! やる時はやるのよ! キャ、キャァアアアァアアッ!」
黒竜を見上げ、意味不明な悲鳴。
次の瞬間――
その女の体が石へと変わった。
そして。
糸で繋がれていた他の連中も巻き込まれ、次々と石化していく。
「な……!」
制御が、切れた。
「残念だったな。これで終わりだ」
上空から岩が降り注ぐ。
だが――
「舐めるな!」
ナイフを抜き、岩を斬り裂く。
「そんな、魔力を抜いているはずじゃ――」
「馬鹿が!」
叫ぶ。
「私は預流向まで解放済みだ! この程度の岩、魔力がなくとも切るのは容易い!」
そうだ。力で押し切ればいい――
そのはずだった。
だが。
足元に違和感。
視線を落とす。
地面が――泥のように崩れていた。
「これは……!」
足が沈む。動きが鈍る。
「これも魔法か! だがこんなもの――!」
「それで」
ラクナの声。
「お前の魔切りは、同時に幾つの魔法が切れるんだ?」
「なに……?」
その瞬間。
頭上に影。
見上げた先にあったのは――
岩で出来た巨人。
そして、無数の岩石。
「沈むか潰されるか、好きな方を選ぶんだな――三下」
「この……クソガキがぁあああぁあああッ!」
巨岩が落ちる。
圧し潰す力。
逃げ場は――ない。
まさか。
この私が。
この程度のガキに――
絶叫と共に、視界が黒く塗り潰された。




