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修行開始

「師匠!」


 水面から顔を出してそう叫ぶと、白狼と話していたレオニーが驚いたようにこちらをみていた。


「アエル! なぜここにいるんだい?」


 遠くで吠える白狼に、アエルはけらけらと笑った。


「あーお母さんに見つかっちゃったあ」


 アエルはもう一度湖に潜ると、今度は俺の足の間に体を押し込む。


 抵抗せずにそのままにしていると、アエルは俺を跨らせたまま、水面の上に足を置いた。


「! 水面の上を歩けるのか?」


「もちろん。君はできないの?」


「俺は人間だからどうかな」


「できるよ」


「え?」


「だって君は、人間の匂いがしないもの」


「は……」


 驚きに目を見開くと、アエルはまたけらけらと笑った。


「坊や、わしの息子がすまんね。こないように言ったんだが」


「あ、いや……泳ぎかたとか教えてくれたので……」


「ずいぶん懐かれたな、真昼」


「そうですかね?」


「少なくとも、こいつらが人を背ぇに乗せてるとこは、ウチは見たことあらへんな」


「アエル、下ろしてやりな。坊やたちはそろそろ帰るようだから」


「えー! 帰っちゃうの、まひる?」


 首をあげて俺の方を見るアエルの頭をくしゃりと撫でてやる。


「また来る」


「ああ。どうせ明日から、稽古が始まるさかい」


「じゃあまた明日ね、まひる。絶対だよ?」


「約束するよ。またな、アエル」


 アエルから降りると、レオニーがなぜかにやりと笑った。


「真昼、タオルどこやったんや?」


「え?……あッ!」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ちょっと裸見られたくらいで……そない拗ねなや」


「俺にとっては重要だったんですよ……」


「ご飯できたよー! はい、玖我さん、ご飯このくらいでよかったですか?」


「あ……はい、大丈夫です」


 山盛りの茶碗を渡されて、すこし圧倒していると、隣からくすくすと笑う声が聞こえた。


「敬語じゃなくていいですよ! 私、玖我さんよりひとつ下だし。小学六年生です!」


「あ、そうなんだ……じゃあ、お言葉に甘えて敬語やめるよ」


「はい!」


 元気な子だな……小学生か。


 玖我真昼は少し前までランドセルを背負っていたが……俺はもう、しばらく前のことだからな。


「真昼、明日から本格的に修行始めるさかいな。しっかり食うて、しっかり寝るんやぞ」


「はい。お世話になります」


「ああ、それとな。うちの飯は当番制やさかい。どや、多少は作れるんか? 作れへんのやったら、しばらくは彩葉と一緒に作ってもらうけど」


「作れます。家でも一人なので……」


「一人暮らししとるんか?……その年で」


「あ……俺、親が死んだので、一人で生活してるんです」


「……そうやったんか。悪かったな、無粋なこと聞いてしもて」


「いえ! 気にしないでください。俺の家、シングルファザーだったんですけど、父親はクズだったんで、死んでもわりと悲しくなかったっていうか……いや、すみません、変なこと言いました」


 いらないことまで言ってしまった、と慌ててご飯をかきこむ。


「ごちそうさまでした。おいしかったよ、彩葉さん」


「あ……うん。それはよかった! お部屋、案内しますね」


「その前にお風呂いただいてもいいかな? 一番風呂もらって申し訳ないんだけど」


「もちろん! お風呂の場所はわかりますか?」


「大丈夫、トイレの隣だよね?」


 ダンジョンから帰ってきた後の記憶を思い出してそういうと、彩葉はにこりと笑いながらうなずいた。


「タオルは好きに使い。服は、そのまま洗濯機に入れといて構わん。使うたらあかんもんは、ひとつもあらへんから安心しとき」


「ありがとうございます。じゃあ、お風呂いただきます」


 食器をシンクに運んで、軽く流してから風呂場に向かう。


 なんか、きまずい空気にしてしまったな。


 服を脱いで洗濯機にいれ、風呂場の扉を開ける。


 見た目や内装は日本家屋だが、風呂とトイレやシンクなど、水回りは比較的新しい。


 玖我真昼になってから、いやその前から新しい設備のものを使っていたから、それは助かる部分だ。


 もちろん、古くても文句など言わないが。


 体を丹念に洗い、風呂につかる。……あったけえ。


 ほっと息を吐いて、俺はぼうっと天井を見上げた。


 ――翌日。


 俺はレオニーに連れられて、ダンジョンにまた訪れた。


「筋トレなんかは、ここ来んでもできるさかい、今日はここでしかできんことを教えるつもりや」


「はい」


「ウチがおらんでも、この夏休みの間はかならずここにきてやってくれ」


 話を聞きながら、昨日の湖まで歩く。


 湖にはアエルと白狼の姿が見えて、俺は思わず笑みをこぼした。


 アエルも大きいが、やはり白狼と比べると子犬サイズだな。


「まひる! 待ちくたびれたよ」


「まだ朝だぞ。待ちくたびれるには早いだろ」


「くく、そやつは朝方、いつもの何倍も早く起きてまっていたからね」


「お母さん、言わないでよ!」


「なんだ、そんなに俺のこと気に入ったのか」


 そんな話をしながらアエルを撫でていると、レオニーが苦笑しながら手をふたつ叩く。


「ほら、始めるぞ。まずはな……これから教える武術について、説明していこか」

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