修羅意拳
「……なるほど。にわかには信じ難い話だね」
「ですが、すべて本当の話です」
信じてもらえるよう、真伍の目をじっと見つめる。
やがて俺の本気が伝わったのか、真伍はポリポリと頭を掻いて、へらりと笑った。
「まいったな、君は本気でそう信じているらしい。子供の絵空事や、厨二病特有の作り話というには現実味を帯びすぎているし……これは、信じるしかないみたいだ」
「! ありがとうございます」
「けど、都市壊滅に、動乱の一か月……この目で見るまでは心の底まで信じることはできないと思う」
それはもちろんだ。
俺もそんな突拍子のないことを見知らぬ少年に言われても、信じることはできない。
「君は、私に信じてもらうために、なにを差し出せる?」
「なにを……い、命とか?」
俺にとって、真伍に話したことはすべてこれから起こる真実だ。
命を賭けたところで、真実しか話せないし……なにより、この人に信じてもらえることのメリットがありすぎる。
作中最強の真伍健一。
その力は、長年のファンであった俺にも計りしれない。
「命か、これまた大きくでたね」
「でも、真実しか話してませんので」
「ふむ。……みんな、そこまで。休憩に行ってきて」
「はい!」
生徒たちが組み手をやめて、道場の隅に置いてあった、おそらく持参のタオルを持って道場から出ていく。
「君は、修羅意拳についてどこまで知っている?」
「……最強の、殺し合いの中国武術だと」
「その通りだ。それゆえに、私は修羅意拳をすべて自分のものにできたわけではない。いや、できないんだ」
「できない……」
「修羅意拳とは、心に宿る修羅を操り繰り出す五つの型のことを言う」
「五つの型、ですか」
「第一の型、阿修羅。第二の型、闘諍。第三の型、羅刹。第四の型、無間闘獄。第五の型、修羅王。――戦いに生き、争いはやまず、人を捨て、救いなきを理解し、そこに立つ。それが、修羅意拳だ」
思わず、背筋が凍る。目の前の人物から放たれる威圧感は、俺に覚悟を問いかけているようだった。
「玖我真昼くん。君は、人であることを捨てる覚悟があるかい?」
「人であることを、捨てる……」
「……私にはできなかった。私が教えることができるのは、第二の型まで。他の三つの型は、私でも完成させることができなかった」
いや。
原作での彼は……修羅意拳のすべてを完璧に繰り出せたはずだ。
だとするなら、俺が二十歳になる七年の間で、修羅意拳を完成させたのか?
「……それでも、構いません。というかなんなら、普通の武術でもいいんです。俺が、強くなれるなら」
「君は、物語の中の君よりも、強くなりたいんだね」
「はい」
「それは、なぜ? 君には、この世界に守るべき存在も、残すべきものもなにもないはずだ。それでも、この世界を救うと、そう言ったのは、なぜ?」
「なぜ……」
――なぜ、なんだろう。
真伍の言っているとおりだ。
俺には、この世界に大切な存在はいないし、残していきたいものもない。
俺自身は目立ちたくない性分だし、どうして、俺はこの世界を救おうと、強くなってやろうと思った?
「……好き、だからですかね」
「好き?」
……そうだ。
俺は、好きなんだ。
「俺は……この物語のキャラクターや、世界が大好きなんです。もちろん、あなたのことも。俺は、キャラクターたちが、物語の中の人たちが笑っているのが、幸せなのが好きで……悲しんでほしくないんです。俺を、救ってくれた人たちだから。孤独だった俺を、慰めてくれた作品だから」
前世で、俺はひとりだった。
心から楽しいと思えることも、悲しいと思えることもなくて、言ってしまえば、浅くて薄い人生。
それに彩りを加えてくれたのが、ソドシの世界と、キャラクターたちだった。
「俺は、みんなが幸せになれるIFの世界を作りたい。だから俺は、強くなって、この世界を救います」
「……そうか」
「それじゃ、薄いですかね……」
俯いたままへらりと笑うと、真伍がふっと力を抜いた。
「いや、しかし、優しいな。……君には、修羅意拳は教えられない」
「そんな……」
「決して、君がダメだからではないよ。修羅意拳は、修羅を心に宿す者でないと、そもそも理解することができないんだ。君の心の中には、修羅はいない」
「修羅……」
「でも幸い、君にぴったりのものがある」
「え?」
俺に……ぴったりなもの?
「それを教えてくれる人を、紹介するよ。しばらく弟子はとってなかったと思うけど……私には、あの人に貸しがあるからね」
「え、でも、その貸し、自分のために使った方が……」
「子供がそんなこと気にするんじゃない。それに……いや、これは、伝える必要はないか。とにかく、今からその人の居場所について教えよう。そして、その人に会ったら、真伍健一がこう言ったと伝えてくれ。――戦いが始まろうとしている、と」




