真伍健一
学校生活を送り始めて二か月。
特に仲の良い人間はできていないが、それなりにクラスには馴染めたころ、俺は夏休みを迎えた。
実は、夏休みの間にやっておきたいこと――もっと詳しく言えば、訪れておきたいところがあった。
その前に俺の考えを、改めて整理しておこう。
俺は、なるべく原作通りに動くつもりだ。
なぜなら、ラスボスを倒さなければ、世界は終わるから。原作通りに動かなければ、俺のこの原作の記憶を活かすことができないから。
もちろん学校に通うとか、原作であまり描写のなかった部分については一般的な生活を送る予定である。
原作通りとは、主人公が討伐したモンスターや、クリアしたダンジョンに行くというもの。
それに合わせて、俺は強くならないといけない。
実力を隠しながら戦う以上、主人公以上に強くなるつもりだ。
さすがに超回復だけじゃ、太刀打ちできる敵ではないからな。
そのために、今日はこの場に訪れた。
真伍道場。
道場主である真伍賢一は、若い頃単身で中国に行き、多くの道場に訪れて武術を学んだ。
数え切れないほどの師範免許をもぎとり、真伍はひとつではなくいくつもの流派を掛け合わせて昇華したオリジナルの近代拳法、真伍拳をこの道場で教えている。
……と言っても、俺がここで教わろうとしているのは、真伍のオリジナルの拳法ではない。
真伍が学んだ武術のなかで、もっとも危険で、殺し合いに向いている拳法。
修羅意拳。
主人公すら勝てなかったモンスターを打ち破った武術だ。
原作では、主人公が修羅意拳を真伍に学ぼうとしたエピソードがある。
しかし、それを学ぶ前に真伍が正体不明の敵に殺され、修羅意拳は継承者がいなくなり、闇に葬り去られる。
その前に、俺はこの武術を学びにきたというわけだ。
ちょうど修練中らしく、中からは掛け声が聞こえてくる。
もちろん、今日はアポ無しではない。
ちゃんと真伍拳を学びたいと連絡してから、やってきた。
この夏休み期間中は、真伍拳を学ぶつもりだ。
そもそも、今の俺は武術のぶの字も知らないわけで、運動もしてこなかったし、なんならメシを抜かれて生きてきたので、体力もなにもない。
最初は体力をつけ、真伍拳を学びながら真伍との信頼関係を築き、修羅意拳について話すつもりだ。
最初から話したところで、きっとはぐらかされるだけだろうからな。
道場を、開いている扉から軽く覗く。
生徒は四人。やっぱり、流行ってはないらしいな。
まあ今時、中国武術を学びたいという日本人も珍しいか。
「すみません!」
そう声を張り上げると、四人の生徒が動きを止めてこちらを見やる。
それを四人の正面に立っていた男が続けるようにうながし、生徒たちが再開したのを見てから、こちらに歩み寄ってきた。
「君が昨日連絡をくれた子かな?」
「はい。玖我真昼と申します」
「よろしく。私はこの道場の師範、真伍健一だ。さあ、あがって。お茶でも飲みながら、まずは話をしようか」
柔らかい物腰、柔らかい口調。
けれど目は力強く……うん。原作の人物描写と、まったく一致している。
道場に靴を脱いであがり、生徒たちが打ち合っているのを横目に、俺は正座をして真伍を待つ。
真伍がお茶を持ってきたのを受け取る。
「そんな緊張しないで、楽にあぐらでもかいて」
「あ……はい」
言われた通りあぐらをかいてお茶を啜れば、たしかに緊張していたことを悟る。
やっぱり、こういうのは慣れない。
「真伍拳を学びたいと、そう言ってくれて嬉しいよ。私の拳法は聞いたこともなかっただろうに……ホームページでも見てくれたのかな?」
「あ、いや……このあたりを通った時に、一度今日みたいに道場が開いているのを見たことがあって。それでいろいろ調べてみたんです」
ホームページの存在知らないし、一応ありそうなの言ってみたけど……。
「だよね! はは、ホームページとか言われたらどうしようかと思ったよ。ホームページに真伍拳のことは書いてないし」
あっぶな。なんで鎌かけたんだよ。
「は、はは……」
「いま生徒たちが学んでいるのは、真伍拳の第一の型である正だ。站椿、あるいは空手では立禅というのかな。軸を体の中心に置き、二人一組でお互いの肩をタッチする遊びをさせている」
遊び……そう言い切るには、あまりにもタッチの速度が早いから、どちらかというと組み手をしているようだけど。
「今のところ、私の目から見て、第一の型さえまともにできている子はいない。君の目にはどう見える?」
「え……あ、いや……素人なもので、ぜんぜんわかりません」
「君は正直だね。いいことだ」
「はは……」
「だけど、君の目的は、真伍拳ではないように見える」
「――!」
思わず息を呑む。
どうしてばれたんだ?
「……そうだね。どうして目的が違うところにあると気付いたのか……それは」
「それは」
「……カン、としか言いようがないかな」
「カン……ですか」
そうだ、思い出した。
真伍健一、原作でも随一の実力者であると呼ばれるその所以は、その感覚の鋭さにあったのだった。
スピンオフ小説が好評であるほど人気のキャラクターである彼は、いわゆる『最強すぎて作者にも扱いにくいキャラ』であった。
だからこそ正体不明の敵に不意を突かれて殺されてしまったのだ。
その先の展開を壊しかねないほど……原作のコンセプトである、主人公無双が霞んでしまうほどに強かったから。
「……あなたを騙そうとした俺がバカでした。その通りです。俺の目的は、あなたが過去に学んだ、修羅意拳にあります」
「……どこでそれを知ったのかな」
「馬鹿馬鹿しい話かもしれません。それでもいいでしょうか」
「構わないよ」
それから、俺はこの数ヶ月の間のできごとや、自身の前世の話、ここが物語の中であること、そして、これから起こる出来事を真伍にすべて話した。




