日常
「お世話になりました、師匠、彩葉ちゃん」
「おう。あっちでも鍛錬、かかすんやないで」
「はい!」
「うう……寂しくなるよお……」
「彩葉! いつまで泣いとるんやみっともない。また冬に来るんやから」
「でもぉ……」
「連絡はするから。泣かないでくれよ彩葉ちゃん」
彩葉の頭を撫でたところで、ちょうどバスがやってくる。
このバスに乗って駅まで行き、新幹線に乗って、また電車に乗り、やっと家。
駅と家の間だけでもタクシーを使おうかとも考えたが……これも鍛錬だと思って頑張るか。
「じゃ、またきます」
「おう。……いつでも来てええんやからな。交通費は出したるさかい」
「……ありがとうございます。辛くなったら、頼らせていただきます、師匠」
バスに乗り込み、すぐ発車する。
姿が見えなくなるまで手を振って、俺は椅子に深く座った。
駅に到着し、新幹線に乗り込む。
新幹線が来るまで少し時間があったので、駅弁を買ってみた。
……うん、うまい。
ふたつくらい食べれそうな量だったが、まあしょうがない。会津家の食トレもどきに鍛えられ過ぎた結果だ。
新幹線でえ少し寝た後は、あっという間だった。
新幹線のある駅と俺の家の最寄駅はそこまで離れていないので、すぐに到着した。
「おー……家だな」
久しぶりの家。およそ一か月ぶりだが、大丈夫だろうか?
鍵を開けると、湿った空気が家の中から外に出ていった。
「うわ……ちょっとカビ臭い、か?」
リビング……は大丈夫。目立ったかびはない。
二階にあがり、俺の部屋を開ける。
「おおう、こりゃひでえ」
俺の部屋は日当たりが悪く、かつ熱を溜めやすい。湿気もすごい。
予想はしていたが……ベッドと枕は一旦捨てるか。
それから掃除……やりたくねえ……。
さいわい金には困ってないし、使う機会もほとんどなかったし、生活費もろもろを考えても、ちょっと切り詰めればいけるから……三十万くらいでハウスクリーニング頼むかあ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学校の登校初日。
家のクリーニングは済んだ。
どうやら夏休み期間中じゃ説明が効かないくらい汚れはたまってたらしく、かなり快適に過ごせるようになった。
けど、次の長期休みはなにか考えておかないとな。
鍵預けて、掃除きてもらうか……?
いやでも、お金がなあ……。
……ワンチャン、師匠にお願いしてみるか。あの人、かなり稼いでるらしいし。
たかるみたいになって申し訳ないけど……まあ、お金の話はしないにしても、一回相談してみるか。
なにか伝手を紹介してくれるかもしれないし。
登校すると、やけに隣がからんとしていることに気づく。
隣はたしか……一ノ瀬かなの?
「? ちょっと、聞きたいことあるんだが」
「玖我くん? どうしたの」
「隣の一ノ瀬かなのさんって……」
「あ、そっか、休んでた時だったから知らなかったのね。かなのちゃん、転校しちゃったのよ」
「あ……そうだったのか。助かった、ありがとう」
「いえいえ〜」
そうか、転校していったのか……教科書貨してくれたり、ノート見せてくれたり、親切にしてくれていたからな……なにか返したかったが。
仕方ないが、その程度の恩で転校先調べられてお礼されるのも気持ち悪いだろう。
たまたま会うことを祈るしかないな。
HRが始まり、始業式を終えた俺たちは、今日はもう帰っていいとのことで、帰る準備をしていた。
……この、帰る直前のがやがやした雰囲気、嫌いじゃないんだよな。
とくにこの、たまに早く帰れる時の空気感がたまらない。
学生を感じるな……。
「あ、玖我もくる?」
「え?」
「カラオケ! いったんみんな家で昼飯食ってから、どっかで集合してカラオケ行こって」
「あー……俺は……」
「えー! きてきて! 聞きたいこといっぱいあるの!」
「へ」
「絶対来てね、玖我くん! これ、あたしのチャットのID! 今登録して!」
「え、あ、うん」
「玖我くん、夏休み中家いなかったよね? どこいってたの?」
「あ、えっと、親戚の家……」
「そうなんだー!」
な、なんだこれ、女子が群がって……はっ!!
そうだ、思い出した。
自分の顔になってしばらく経つから忘れてたが……玖我真昼は美形なのだった……!
しまった、俺の目立ちたくない性分とかなりミスマッチだ。
くそ、しかし整形するのはバカらしいし……マスクでもするか?
いや、もう遅いか……。
「玖我くん、絶対来てね!」
「わ、わかった……」
……帰ったら筋トレするつもりが、まさかカラオケにいくことになるとは。
昼食を食べて待ち合わせ場所に行くと、八人の男女が待ち受けていた。
結構な大所帯だな。
そんなことを考えつつ合流し、カラオケ店に入る。
小さくBGMが流れる受付。一人が受付をして、部屋が決まったらしい。
だいぶ奥の、宴会ができそうな部屋だ。
重たい防音ドアが閉まると、全員が口々に「何歌う?」「誰最初?」と喋り始める。
懐かしいな……この感じ。
「玖我! 玖我も入れろよ、曲! 俺のあとな」
「あ……うん。でも俺、あんま歌とか知らないんだけど」
「じゃあちょっとでも知ってる曲あったら言ってよ、デュエットしようぜ」
「それは助かる……」
「私もデュエットしたーい」
「だーめ、男限定です〜」
「なんでさー!」
あー、このわちゃわちゃした空気、いいな。
カラオケなんて何年ぶりだろうな……少なくとも、玖我真昼は行ったことがない場所だ。
「なあ玖我」
「ん、なに?」
「あのさー、またこういうの、誘っていいか? 実は俺、お前と仲良くなってみたくてさ、ずっと」
「……いいよ」
「よっしゃ! じゃあまた誘うな!」
にっかりと笑うクラスメイトに、俺も思わず笑みをこぼす。
――そうして三年間、長期休みは修行、ふだんは学業に遊びと、充実した毎日を送った。




