動乱
「はぁ……はぁ……」
「これで……最後のようだね」
無限にも思えるドレグスポーンの湧きに、俺は息を荒く吐き出しながら頷いた。
しかし……やっぱり、鍛え抜かれた人は違うな。この戦闘で、汗を少し流しただけとは……。
経験の差もあるだろう。頼もしい人だ。
そんなことを考えていると、異常な圧力を感じ、俺はダンジョンのある方向に振り向いた。
「真伍さん、きます!」
「!」
ぬっ、と湧き出たのは、一匹の小さな蛇だった。
「蛇?」
「あれは……本体の一部です」
「一部?」
その瞬間、雪崩のように小さな蛇が何匹も湧き出す。
その悍ましさに二人で釘付けになっていると、やがて小さな蛇たちはお互いの体を登り始めた。
「まさか……」
「そのまさかです」
小さな蛇は、溶け出して融合し始める。
鱗の境すらわからなくなった頃、急にそれは叫び出した。
――ギィァアアアアアア!!
「っ――!」
「これは――っ!!」
――灰哭のバジリスク。
このダンジョンの、ボスだ。
「でかいな……」
大きさは、先ほどのドレグスポーンの二倍ほど。
重厚な四肢と長い尾、そして身体中にびっしりと生える硬い鱗がドラゴンを想起させる。
瞳は濁った乳白色で、光を映さない。
だがその代わりに、今は閉じられている額の瞳と目が合った瞬間、動きは制限され、思うように思考すら働かなくなる。
これは一種の精神スキルだ。
目が合った対象を、愚鈍にさせる呪い。
そして何より厄介なのが――やつの治癒スキル。
自己再生。
傷を負った部分を、その名の通り自己再生する能力。
しかも、やつはそのスキルを無尽蔵の魔力に物言わせて自動で常時回復してくる。
「やつの額の目と目が合わないようにしてください。思考も体の動きも制限されます。それと、奴は自動回復してくるので……狙うのは一点。やつの腹の中にある砂時計型の核の部分です」
「核、なるほど。打撃で壊せるかな?」
「あー……んん……どうなんだ?」
真伍の打撃は効くんだろうか?
荒義エイトの内臓破裂を狙える打撃スキル系だったらあったかもしれないが……。
バジリスクの鱗はかなり硬く、打撃は基本的に効かない設定だったはずだ。
「効かないかもしれません」
「やっぱりか。……少し耐えれるかい? 家の方に刀が何本かある」
「それは……いや、結局俺の警棒ももうぼろぼろだし……」
どうする?
いや、どうするもなにも……やるしかない。
「わかりました。俺がヘイト買ってるんで、真伍さんはその刀ってやつ、早く持ってきてください」
「了解した。……死ぬなよ」
「もちろん」
真伍が駆け出した瞬間――。
〈スキル使用〉
〈迅脚〉
俺は、回避に徹する!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
〈スキルレベルアップ〉
〈超回復Lv.4→超回復Lv.5〉
「ぐっ……は……」
ぼた、と血が流れ落ちる。
超回復のおかげで貧血になることはないが、バジリスクの毒の影響で切り裂かれた左肩がくっつかない。
まずい状況だ。
魔力も、そこそこキツくなってきた。
でも……。
「――すまない、遅れた!」
ここで登場してくれるのが、真伍さんなんだよな。
「! やられたか」
「治療は後でします。俺もまだまだ戦えるので」
「無茶はするなよ。死んだら元も子もないのだからね」
「わかってます。……刀を」
右手で刀を受け取る。鞘から刀身を抜くと、美しい黒銀の刀が現れた。
「……これは、私が護界殺刀を学ぼうとして打ってもらった刀だ。持ち腐れていたが、戦闘後は君にすべてあげよう」
「え……いいんですか」
「いいとも。モンスターとの苛烈な争いで、武器はすぐ摩耗する。慣れないうちは特に、だ。だから君に、すべてあげるよ。弟子たちを救ってくれたしね」
「真伍さん……ありがとうございます」
刀を構え、一振り。
左腕は使えないが……問題ない。
護界殺刀、第一の誓い、定界。
第二の誓い、即断。
第三の誓い、一殺。
第四の誓い、無根。
第五の誓い、残身。
うん、しっかりと覚えている。
「いけます」
「よし……久しぶりに、侍の真似事でもしてみようか」
構える。
バジリスクの額の瞳は、いぜん閉じたまま。
このまま、何事もなく終わればいいが……。
最初に仕掛けたのは真伍だった。
ひらひらと舞うように攻撃を避けながら、刃でバジリスクの鱗を撫で、切り裂いていく。
すぐに傷は塞がるが、痛みにうめいていることは確かだった。
「玖我くん、君は一点にだけ集中するんだ。核の破壊……! 君に頼んだ!」
「わかりました!」
――その瞬間、バジリスクの額の瞳が、かすかに開いたのが見えた。
「……! 真伍さん! 額の眼が開きます!」
「! わかった!」
俺の掛け声と同時に、真伍は一度攻撃の手を止める……と、思ったのだが。
なんと目を瞑り、視界を遮った状態で、真伍はそれでも攻撃の手は緩めなかった。
それどころか、より苛烈になっていく。
――ギィイイッ!
バジリスクがうめき声をあげた。その瞬間、その口から、ドス黒い瘴気のようなものが吐き出される。
「! っと。危ないな」
「無事ですか」
「ああ。だけど、あれは厄介だね」
「はい……」
近づけなくなってしまった。
バジリスクは瘴気を身にまとい、こちらを睨みつけている。
あちらから仕掛けてくることはなさそうだが、いかんせん、あの瘴気が厄介すぎる。
「あの瘴気、何度か見たことがある。あれに触れると、思考が鈍るから厄介だ」
「はい。あれは、漏れ出した負の感情の呪いそのものですから……でも、対処法はあります」
「それは?」
「魔力を装備みたいにまとって、瘴気を防ぐんです」
「ふむ……」
真伍が顎を引く。
その瞬間、真伍の魔力……銀色の太陽のような光が、身体中に溶け出していった。
「……はは」
天才すぎんだろ、この人。
俺が魔力操作を示唆しただけで、本当に成功させるだけじゃなく……完璧に、魔力をまとってる。
「! なにかスキルを手に入れたな」
「魔装ですね?」
「ああ。君も使えるのか?」
「はい」
「それなら、もう一つ。俺たちのような武人は、モンスター相手の“気”を感じ取って戦う。今思えば、その“気”とは魔力なのだろうね。目に魔力を集中させるんだ」
「目に魔力……」
〈スキル獲得〉
〈心眼〉
「!……バジリスク戦、勝利が見えてきましたね」
「油断は禁物だよ。じゃあ……合わせてくれ」
「はい!」




