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「その体にはもう慣れたか?」
「はい!最近は牙で舌や唇を噛まなくなりましたし。ただ…」
「ただ?」
自分を労る竜魔王に力強く返答したルナだったが、その後は申し訳なさそうに眉をひそめた。
竜魔王が言葉の先を促すと、ルナはゆっくりと、正直に今の自分の状況を主へ話す。
「……前みたいに…想造力を上手く使えないし……翼を出してもまだちゃんと飛べないんです。すみません。早く竜魔王様のお役に立ちたいのに……これじゃ…」
一生竜魔王の傍にいて彼の力になると誓ったルナだったが、彼女の体は一度死んだ事が原因で想造力を一時的に使えなくなっていた。
昨日やっと、なんとかファイアーボールを出す事に成功したが、それは本当に小さいビー玉くらいの炎だった。
元々二番目である彼女は、想造力を一から使うのに時間がかかる。
罪悪感を抱くルナだったが、竜魔王は『なんだ。そんなことか』と軽く笑った。
「心配するな。使えないのは今だけで直ぐまた以前のように……いや、以前より強い魔法も想造力も使えるようになる。実際、お前は竜族しか使えないアレを出せただろ?心配するな」
「竜魔王様…」
「大丈夫だ。お前を…ルナを必要とし、望む俺が……ルナを放り出したりしない。決してしない。お前が心配する事など何も無いんだ」
竜魔王がこう語るのは、想造世界の人間はどんな時でも、どんな場合でも想造力を使えるという確信があったからだ。
それは魔族の力や命を取り込んだ覇王や、最初の想造世界から来た女が死にかけた状態でも想造力を使えたという実績が確かに残っているから。
もし本当にルナが……いや、成海がもう想造力を絶対に使えない存在なら……竜魔王は彼女を助けたりしなかっただろう。
そんな竜魔王の邪心など知りもしないルナは、素直に竜魔王の優しい言葉に喜ぶ。
「っ、はいっ!!ありがとうございます!」
「プッ。本当にお前は……俺に礼ばかり言うな。他には無いのか?最初、その姿を鏡で見た時は声も出ないくらい驚いてただろう?」
「ふふっ。だって髪がいきなり銀色になって、目まで金色になったんですよ?元々どっちも真っ黒だったのに。この姿は……竜王族との契約の証…でしたっけ?」
「そうだ。古の王……この世界を初めて一つにまとめた人間の王が、当時の竜王族族長と盟約を交わした。その時から、王の一族は銀色の髪に、瞳は黄金になった」
それはルナが以前、竜魔王から聞いた…この世界の昔話。
この世界には多くの種族が存在しており、争いが耐えなかった。
特に同族で激しい争いを続けていたのが人間であり、当時強大な権力を持っていた七つの王国。
どの国も全ての人間の頂点に立とうという野望を抱き、多くの命が失われ、それでも争いが止まる事は無かった。
その争いに終止符を打ち、世界を一つにまとめた一人の青年。
それこそが後に、この世界の人間の歴史の中で最も偉大な王…『古の王』と呼ばれる存在だった。
彼と共に世を治める戦いを繰り広げたのは、一人の青年と一人の女性。
そして一人……というよりは一頭の竜王族の青年。
古の王の友である人間の青年は、無敵の剣術を誇る誰よりも優れた剣士だった。
女性はこの世界にとって異質な存在であり、いくつもの…それこそ結界に攻撃や回復、ありとあらゆる魔法を使えた。
そして若き『古の王』は当時の乱世を治め、戦争の無い新しい世界を作るという誰よりも強い想いをその身に抱いていた。
その思想に興味を持ち、共感したのが竜王族の若き青年。
二人は盟約を結び、『古の王』は竜王族から強大な魔力と銀色の髪、そして友と同じ黄金の瞳を手に入れた。
それから数年後『古の王』は友との約束を守り、この世界を一つにまとめ始まりの王となった。
竜王族の青年も族長となった事で、竜王族と人間には深い絆が結ばれた。
魔法を使う際『古の王』の黄金の瞳には、ある模様が浮かんだ。
竜王族の青年は彼に忠誠を誓った七つの王族にも、彼を裏切らぬ証として、ある一定条件で瞳に紋章が浮かび上がるように魔術を……そしてある呪いを掛けた。
銀髪と黄金の瞳…それと紋章と強大な魔力は『古の王』の子供達にも受け継がれていく事となり、人間よりも寿命の長い竜王族の青年は、友である『古の王』が死んでからも彼の子孫を見守り続けた。
「金色の目は分かりますけど……どうして髪は銀色に変わるんでしょうか?」
「俺達竜王族は、瞳以外の体…四肢も尾も全てが漆黒の竜だ。だが人間の姿になると、竜の時とは真逆に肌と髪の色素が薄くなる。全員な」
「確かに……竜魔王様も髪の色が空みたいな薄い水色ですし…肌も私達より白いですね」
ルナが語るように、竜魔王の肌は白く、まさに白磁の肌と呼ぶに相応しいほど。
「だから竜王族と契約し、力と命を与えられた人間も竜王族と同じ姿となる。髪の色は薄くなり銀髪に、瞳は黄金に変わるんだろう。当人だけでなく子孫までな」
「初代女王が現れた時、古の王の一族は堕落していた。だから滅ぼされたんですよね?銀髪は人間では有り得ない色。もう私と同じ髪と目の人達はいない、という事ですか?」
「いや。王家が滅びる前に、当時の族長はある細工をして何人かの王族を秘密裏に逃がした。だから古の王の一族が現在も生き延びてる可能性はある。少なくとも、俺の一族が滅びた200年前には末裔が生きていると父から聞いた」
「そうだったんですね」
「あぁ。それはそうとルナ。俺は昔話をする為にお前を探していた訳じゃない」
「え!?す、すみません!何か御用があったんですね!なんでしょうか?」
竜魔王の言葉に慌てて謝るルナだったが、竜魔王の方はそんな彼女を見て微笑んでいる。
竜魔王がそう仕向けたとはいえ、何処までも従順な姿勢を崩さないルナ。
もしかしたら彼女なら……彼女だけは、自分を裏切らないかもしれない。
だが彼女は元々、竜より体も心も遥かに弱い人間だ。
危機的状況に追い込まれれば、簡単に自分を裏切るかもしれない。
そうならない為に…竜魔王は準備していたある物を懐から取り出す。
「お前にコレをやろう。お前の回復祝い。そして…新しいお前の誕生祝いに……俺からのプレゼントだ」
それは黒い鞘のついた……短剣。
主からの急なプレゼントに、ルナは喜びよりも驚きの方が勝ってしまい、短剣を受け取る事も出来ず慌てて竜魔王へと答えた。
「そ、そんな!竜魔王様!私はもうたくさんのものを竜魔王様から頂きました!まだなんのお返しも出来てないのにプレゼントなんて」
「何度も言わせるな。全て俺がしたいからしただけだ。コレも俺がお前の為に造りたいから造った。だから受け取ってくれ」
「っ!?竜魔王様が?私の為に?」
「あぁ。まだ上手く魔法を使えないなら、護身用に武器があった方がいいだろう?ルナが傷つかぬように、ルナを護れるように、俺の魔力と願いを込めて造った……この世界に一つだけの短剣。どうか受け取ってくれ」
竜魔王がこの短剣を造った理由は一つ。
自分を裏切らぬように、ルナが更に自分に感謝し、ルナの中にある自分への信頼や好感度を更に上げるため。
そのためだけに、わざわざ最高の鉱石に魔力を込めて手造りしたプレゼント。
しかし何も知らないルナは、竜魔王の言葉を聞き、幸せと喜びに満ちた笑顔を浮かべる。
「竜魔王様………はい。本当に…ありがとうございます」
「喜んでもらえたなら何よりだ。しかし……せっかく造ったんだ。俺の頑張りを、もっとよく隅々まで見てくれ」
「ふふっ。はい………………え?」
冗談めいて話す竜魔王に笑いつつ、短剣を鞘から抜くルナだったが…現れた短剣本体を見て彼女は驚く。
その短剣は……まるでガラスで出来たように透明だったからだ。




