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成海が死んだ。
想造世界から二番目に来た女が死んだ。
その事実は直ぐに、王都にいる女王へと報告された。
「………死んだ?…成海が……死んだだと?」
空間転移を使用して戻った将軍の部下の話を聞き、女王は目を見開いたまま呆然とする。
まるで女王だけ時が止まったかのように。
女王の傍に控えていた宰相も、宰相補佐であるヴィクターもまた驚きの表情を浮かべる。
「………陛下」
「なんということ……姫様が魔族に…」
悲しげに目を伏せる宰相と、口元に手を当てるヴィクター。
宰相は本心から成海の死を、彼女を哀れと思っているようだが、ヴィクターは…ただ悲しんでいるふりをしているだけ。
若くして死んだ成海への哀れみ?
成海の死に対する悲しみ?
そんなモノはヴィクターの中に存在しない。
成海の死の報告を聞いた彼の心は…喜びで満ち満ちていた。
(よくやった!よくやったぞキース!これで邪魔者はいなくなった!これでエリカが王妃となれる!この世界にとって不要な二番目は死んだのだ!なんという吉報!この世界の者は私を含め皆喜ぶだろう!陛下もきっとお喜びに!………?)
その時…ヴィクターは初めて女王の異変に気づく。
彼は女王が喜ぶと思っていた。
死んだのはこの世界に不要で邪魔な…女王が嫌悪していた二番目。
あれだけ嫌っていた成海が…自分の心を煩わせてばかりの小娘が死に、女王はきっと満面の笑みを浮かべる…もしくは高笑いすると思っていた。
しかしその女王は……いつまで経っても、呆然としているだけ。
「…成海が……死んだ?遺体も残らず……魔族に…喰い殺されたというのか?」
やっと出た女王の声は何処か震えている。
ヴィクターはダメ押しと言わんばかりに、女王に対して言葉を掛けた。
「……陛下。…そのようです。二番目であり、王妃となるはずだった姫様は……もう…」
悲しげな演技を忘れずに、それでもしっかりと『二番目』『王妃』という言葉を強調するヴィクター。
その言葉を聞き、女王は徐々に俯くと、ポツリポツリと言葉を発した。
「………そうだ。…あれは…二番目だ。…いてはならない存在。…この世界に…不要の存在。…それなのに……何故こうも…胸が痛む?」
胸を抑え、悲しげに呟く女王に宰相もヴィクターも戸惑った様子で彼女を見つめる。
女王も自分と同じく演技をしているのでは?と思ったヴィクターだったが、それは直ぐに違うと気づいた。
こんな女王の姿は……宰相もヴィクターも見たことがない。
喜ぶはずだと思った女王は今……成海の死に…深く傷ついていた。
声だけでなく、体も小刻みにプルプルと震えている。
何故こんなにも辛く悲しい気持ちになるのか……それは女王自身が一番分からなかった。
まるでこんな気持ちは間違いだと言わんばかりに、女王はブンブンと首を横に振る。
「あれは……成海は何処にでもいる無礼な小娘だった。いつも私に口答えをし、女王たる私を睨んで………っ!?」
そこまで口にして女王はハッとした。
成海が無礼な小娘だというなら……自分はどうだった?
自分は……自分と同じく、元の世界や家族友人から無理矢理引き離され、この世界に一方的に呼ばれた成海に……何をした?
「…何故……今、気付いたのだろう?何故…私は今の今まで…気づかなかったのだろう?」
女王の脳裏には、自分を睨む成海の姿、絶望したような表情を浮かべる成海の姿ばかりが浮かぶ。
「私は成海の……あの子の笑った顔を…見たことが無い。一度もだ。それは私が…ただの一度も………っ、私があの子に……優しい言葉も掛けてやらなかったから。思いやる事が…出来なかったから」
成海がいつも自分を睨んでいたのは何故か?
成海が自分に笑顔を一度も向けなかったのは何故か?
それは女王自身が成海を『二番目』という理由だけで毛嫌いし、冷たく、キツく当たっていたから。
成海という少女を……一人の人間として見ていなかったからだった。
自分と同じ存在だったのに。
「成海は……私と同じ想造世界から来た娘。見知らぬ世界に無理矢理連れて来られた…哀れな娘。それなのに…私はあの子に…なんということを」
胸を抑えていた両手を離し、見つめる女王。
後悔に震えるこの手ですら……彼女は成海に差し出すことをしなかった。
「…こんなにも苦しいのなら……こんなにも悲しいのなら……っ!」
女王の目に涙が浮かんだ瞬間、彼女はバッ!と自分の両手で目を覆った。
「こんなにも後悔するのならっ!もっと!もっとあの子を!大切に扱うべきだった!慈しんでやるべきだった!優しくしてやるべきだった!あの子の言葉を!もっと!しっかり!聞いてやるべきだった!なのに!私はあの子に…何一つしてやらなかった!いや!私はあの子に何をした!!?」
両手で目を抑えても、涙も後悔も抑えることなど出来ず、自分の内から溢れてくるだけ。
今まで女王は、成海を『二番目』という肩書きでしか見なかった。
かつて『二番目』に裏切られたという過去から…同じ『二番目』である成海にも不信感を抱いた。
不安を、嫌悪を、恨みを……負の感情を全て、成海にぶつけてきた。
その上、女王はヴィクターの薬の副作用で気性が荒くなっていた為、自分の感情を制御出来なかった。
それこそ普段の女王なら、ヴィクターと同じように『二番目』である成海が死ねば喜んでいたかもしれない。
ヴィクターも宰相も…正直、成海の死を聞いた時から、喜ぶ女王の姿を予想していた。
実際は……その真逆。
成海の死は……女王を喜ばせるどころか…女王に深い後悔と悲嘆をもたらした。
「成海を!あの子を殺したのは私だ!私があの子を魔族討伐に向かわせたから!私が成海を殺した!私が殺したのだ!哀れな成海を!」
「へ、陛下!どうぞ落ち着いて下さ」
「黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ!だまれぇ!!どいつもこいつも!成海を軽んじていた!成海を邪魔者扱いしていた!私と同じ運命を背負った子を!私がそうだったのだ!この世界の女王である私が!私があの子を追い詰めたのだ!私は人殺しだ!」
「何をおっしゃいます陛下!姫様を殺したのは魔族!全ては魔族がやったのです!おい!誰か!早く陛下を寝所へお連れしろ!」
パニック状態に陥った女王をなんとか宥めようと、ヴィクターと宰相は彼女を寝室へと向かわせる。
駆けつけた数人のメイドに手を引かれながらも、女王は報告に来た将軍の部下に向かって最後の叫びを響かせた。
「魔族!?魔族魔族魔族魔族魔族ぅううう!この世界に巣食う害悪!汚い害虫共め!絆と将軍に伝えよ!その場にいる魔族は成海の仇!皆殺しだ!どいつもこいつも!八つ裂きにせよぉおおお!」
狂ったように怒鳴りながら謁見の間を出る女王を、宰相と将軍の部下……そして成海の暗殺を密かに命じたヴィクターは…真っ青な顔で見つめていた。




