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成海と竜魔王が森から消えた数分後。
絆はエリカや将軍達を引き連れて、森の中を全力で走っていた。
「ハァ!ハァッ!成海…さんっ!成海さん!何処だっ!」
「絆様!あまり一人で先走ってはなりません!」
「将軍!早く来て下さい!成海さんはこっちです!こっちにいるはずなんです!」
猛虎将軍や鍛え抜かれた軍人ですら追いつけない程のスピードで走り続ける絆。
彼がここまで必死に、それこそ想造力を発動させているのには理由がある。
(成海さん!必ず見つけるから!無事でいて!!)
あの自分達を囲んでいた黒い煙幕。
それが晴れ、猛虎将軍が戻った時……そこに成海の姿は既に無かった。
ヴィクター邸の者も何人かいなかったので、恐らく彼等は成海の安全を考慮し彼女を連れてこの場から逃げ出したのだろう、と判断した猛虎将軍とキース。
とはいえ、この森は人間を襲う魔族の巣窟。
訳の分からない煙幕から無事に逃げられたとて、魔族に襲撃される危険が残っている。
猛虎将軍は先程と同じように部下を数名引き連れ成海を探してくると申し出たが……絆はそれを了承しなかった。
「俺も成海さんを探しに行く!」
「いけません!絆様は王位継承者です!万一の事があってはなりません!絆様は安全が確保された場所でお待ち下さい!姫様の事は我々が」
「そんなの出来るわけない!俺ばっかり守られるなんてダメだ!今の成海さんはきっと怖くて!不安で!震えてるかも!泣いてるかもしれない!成海さんは…俺が守るって言ったんだ!」
「しかし絆様!姫様の手がかりも」
「陛下が言ってた!俺達、想造世界の人間はお互いの存在を感じ取れるって!だから成海さんを探せるのは……俺しかいないっ!!」
「絆様!お待ち下さい!絆様ぁ!!」
制止する将軍の声を無視し、絆は一人で森の奥へと駆け出した。
想造力で成海の気配を探し、且つ自分の身体能力を極限まで上げて。
後ろから必死に、それこそ将軍やエリカ含める全員が全速力で追い掛けるが、絆は後ろを振り返る事無く、ただ成海を探し続けた。
僅かに気配を感じる方向へ走り続けた。
そして彼等は………あの場所へと辿り着く。
「っ!?なんだここ!?」
絆は血の海と化し肉片が散らばる地面を見つめ、辺りに充満する血の匂いに鼻を覆い顔をしかめた。
この状況を見た絆の脳裏には『殺人現場』という文字が自然と浮かぶ。
間違いなく、誰かが殺された現場だと。
絆が吐きそうになるのをなんとか堪えていると、その間に猛虎将軍が追いついた。
「ハァ!ハァッ……き、絆様!ご無事ですか!?」
「将軍!?ここ!!」
「っ!?これは………」
絆に促され、将軍は血溜まりに近づくと、膝を折りその血に触れる。
「………まだ血が固まっていない。恐らく…この者達が襲われたのは…数分前。それに指や腕の切り口……これは刃物によるものではない。……食いちぎられたのか?」
将軍がこの場を冷静に分析していると、残りの者達も全員到着した。
「ヒッ!?」
血の海を見ただけで真っ青になるエリカ。
意識が遠のき、フラ…とその体は倒れそうになるが、咄嗟にキースが彼女の体を支えた。
「お嬢様!しっかり!おい!お嬢様を奥にお連れしろ!」
キースは自分と同じヴィクター邸の者に命じると、将軍の元へと歩み寄る。
「将軍……これは…魔族の仕業ですか?」
「……うむ。十中八九そうだろう。この森にいた獣は、奴等にほぼ食い殺されたと報告を受けている。……キース殿。この遺体…の欠片が身につけている衣服……貴殿と同じ物では?」
将軍がちぎれた腕を持ち上げキースに見せると、キースもまた絆やエリカのように顔を青く染めた。
「……っ、間違い…ありません。私達と同じ、旦那様…ヴィクター様にお仕えしている者です」
この魔族討伐任務に同行したヴィクターの私兵は全部で10人。
うち7人はキースを含めここに…絆とエリカの傍にいた。
残りの3人は……姫である成海を逃がした者達。
この場にヴィクター邸の私兵の服を身に付けた肉片が落ちている、ということは……つまり…。
「………やはりそうか。……では…姫様も」
「成海さん!何処だ成海さん!隠れてないで出てきて!俺だ!絆だ!助けに来たんだ!成海さーーーん!」
将軍が最悪の言葉を口にする前、絆は大声を張り上げた。
声が響くように口元に手を当て、四方八方を向きながら叫び続ける絆。
そんな絆を、将軍は慌てて止める。
「絆様!大声を出してはなりません!まだ何処かに魔族がいるやも」
「だったら尚更だ!成海さんだって怖くて隠れてるに決まってる!だから早く!」
「絆様っ!護衛の者が殺されたのです!姫様とてもう!」
「っ!?ふざけるなっ!!」
バンッ!!
絆が怒鳴った瞬間、将軍は後方へ弾かれる。
彼はなんとか両足に力を込めこらえたが、これが将軍でなければ…吹き飛ばされていただろう。
「き、絆……様…」
「成海さんは死んでない!ここに!成海さんを感じるんだ!」
「で、ですが。それはきっと姫様の残した何かが」
「うるさい!うるさいうるさいうるさいっ!!黙れ!今度また変な事言ってみろ!将軍だって許さないからな!」
絆が怒鳴る度に将軍やキース、その場にいた者達の体はビリビリと痺れた。
絆は怒りのあまり想造力を発動させ、その怒りの全てを、自分の仲間に…自分を守る者達にぶつけてしまう。
興奮状態になった絆は、普段の彼からは想像も出来ないような形相を浮かべていた。
それは朗らかな人懐っこい少年などではなく……まさに鬼神のような顔。
そんな中、キースはある物に気づいた。
「っ!?絆様!アレは!もしや姫様の!」
「っ!?」
バッ!と勢いよく振り返り、キースの指さした方向を見つめる絆。
そこにあったのは……地面に落ちていたのは、ウサギのイラストがついた淡いピンク色のハンカチ……の切れ端。
絆はハンカチへと駆け寄り、ソレを凝視したまま固まった。
「………これ……成海…さんの…?」
ゆっくりとしゃがみこみ、ハンカチの切れ端を持ち上げる絆。
ハンカチに描かれたウサギのイラストは、間違いなくあの『クララビ』。
これは想造世界から成海が持って来た物で、同じ物は存在しない。
間違いなく……成海が持っていた…成海の腕に絆が縛り付けたハンカチだった。
そのハンカチは無惨に切られ、赤い血が滲んでいる。
放心状態に陥る絆だったが、そんな彼の後ろで、将軍とキースは冷静に状況を分析していた。
「将軍……奴等は人間…特に女子供の肉を好むとか」
「あぁ。女子供が魔族に襲われ、骨も残さず食い尽くされた例は……いくつもある」
「では……姫様は……………その…」
そこまで言ってキースは黙り込む。
余計な事を言って、また絆の反感を買わないように。
しかし、あえてキースはその事実を口にした。
絆に現実を……思い知らせる為に。
そしてその言葉は……しっかりと絆の耳にも届いた。
「…………成海…さん。…っ、成海さん!成海さん!成海さんっ!!あぁああぁぁぁあああああ!」
絆はハンカチの切れ端を抱きしめると、天を仰ぐように泣き叫んだ。




