5
『わたくしの名はエリカ。エリカ=メイ=リスクと申します。どうぞお見知り置きを、姫様』
『姫様…そんなに泣かれて。…何かあったのですか?わたくしで良ければ…お話願えませんか?』
『姫様はこの世界にとって女王陛下、そして絆様の次に尊いお方。そして何より…わたくしの大切なご友人です』
『姫様は…本当にお優しい方ですわね。心優しい姫様とご友人となれて…わたくしは幸せですわ』
成海の脳裏には、今まで自分に向けられたエリカの優しい言葉が、笑顔が、次々と浮かんでは消えていく。
誰もが成海を邪魔者と扱う中で、唯一優しく、友として接してくれたエリカ。
だが、成海がエリカから向けられたのは……笑顔だけではなかった。
『急に姫として現れた貴女様は!わたくしの欲しかったものを簡単に奪い去った!それなのに…簡単に『嫌だ』『いらない』などと。…誰もが望むものを手に入れているのに…これ以上何を望まれるのですか!?』
そう叫んだエリカの美しい緑の瞳は…敵意と憎悪に満ちていた。
美しい顔を歪めたエリカを思い出し、成海は悟った。
やっと分かった。
分かってしまった。
(……そうか。…アレがエリカちゃんの…本当の気持ちだったんだ。…アレだけが…エリカちゃんの……本心だったんだ…)
たった一人の友……たった一人…この世界で心を許せた友達。
美人で、優しくて、大好きな友達。
その友達が…自分を殺したい程に憎んでいた。
その事実が…どうしようもない絶望として、成海の中に満ちていく。
成海はもう、何も言葉を発さない。
俯き、涙を零すだけ。
今まで何度も、何度も何度も言われ続けた言葉が…今この時、彼女の心に深くのしかかる。
「………私…は……本当に…いらない存在だった。…誰も…私なんか……いらなかったんだ…」
無意識に成海の口から零れた言葉に、男達は呆れたり笑ったりと見下す姿勢を崩さない。
悲しみに打ちのめされている少女を見ても、それが二番目なら哀れむことすら彼等は……この世界の人間はしない、ということ。
「今頃分かったんですか?良かったですね。死ぬ前にちゃんと自分の存在意義…ならぬ、存在の無用さに気づけて」
「さて、そろそろ終わりにしましょう。将軍達に来られたらそれこそ面倒だ」
「あぁ、安心して下さい。貴女の死は魔族がした風に装います。情報ではここに巣食ったのは虫型の魔族。奴等の特性なら全てを魔族のせいに出来る。旦那様やお嬢様が疑われる事も無い」
男達は再度、成海に剣を向ける。
しかし成海にはもう抵抗する気力も無かった。
何も言葉を発さず、俯き、立っているだけの成海に、男の一人が剣を振り上げる。
「全ては旦那様のお望み、エリカお嬢様のお望み。この世界に住む全ての者の望み。不要な姫様。この世界の為……死んで下さい」
そう言って男が剣を振り下ろそうとした瞬間…。
ザシュッ!!
「グァッ!!」
彼は背後から何者かに襲われ倒れた。
背中を何か鋭い刃物で切り裂かれたように、鮮血で服が真っ赤に染まっている。
「おいっ!?」
「どうしたっ!?」
男達の問いに答えたのは……男達の更に後方にいる者達。
「なんだなんだ?美味そうな餌がいるじゃねぇか?」
「三人……いや、奥に女もいるぜ!」
「こりゃあいい!クイーンにバレる前に俺達で食っちまおうぜ!」
現れたのは異形の姿をした三人組。
カマキリのように全身緑色で両手が鋭い鎌になっている者。
その鎌はべっとりと赤い血がこびりついている。
クワガタのように二股の角…いや触角を持ち、全身が硬い茶色の皮膚の者。
そしてサソリのような尾を持った者。
どう見ても人間ではない。
二足歩行をして言葉を話してはいるが……その姿は誰もが知る虫そのもの。
放心状態だった成海も、彼等の出現に我に返る。
「っ!?ば、化け物っ!?」
叫ぶ成海だったが、そんな彼女の声にヴィクター邸の男達は忌々しげに彼女を睨みつけた。
「クソッ!魔族のテリトリーはまだ先のはずなのに!こんな女と無駄話してたせいで!」
「おい!早く逃げるぞ!」
「く、クソッ!手を貸してくれ!」
男達は成海に悪態だけつくと、背中を負傷した仲間を抱えて自分達だけ逃げようとする。
だが、手負いの仲間を連れた彼等が逃げれるはずもない。
「おいおい!何処に行くんだよ?お前らは俺達の餌だって……」
そう言うとクワガタの魔族は頭部を男達に向け、身をかがめる。
「言っただろぉがぁ!!」
クワガタの魔族は叫ぶと同時に、男達に向かって二股の触角を大きく開き、そのまま男達へ突進するように飛んで行った。
ビュン!ドス!
「グボッ!?」
「ガッ!?」
クワガタの魔族が飛んだ直後、男達は巨大なクワガタの触角に挟まれた。
まさに一瞬の出来事。
クワガタの魔族は満足したように地に足を付けると、触角を閉じていく。
触角が締まれば締まる程、男達の体はボキボキと音を立てて潰されていった。
「ヒッ!!?」
口に手を当てて叫ぶ成海。
そんな彼女など放って、クワガタの魔族は仲間の元へと歩いて戻って来た。
「丁度三つ。一人一つだな」
「女はデザートにするか」
「さっそく頂くとしようぜ」
クワガタの魔族が触角を緩め男達を解放…いや地面に落とすと、魔族達は一斉に男達に襲いかかる。
「や、やめ…」
「ぎゃああああ!」
「ガッ!ブッ!」
まだ生きている男達だったがそんな事には構わず、魔族達は彼等を……生きたまま貪り始めた。
辺りには血が飛び散り、グチャグチャバキバキと肉や骨を噛み砕く生々しい音が響く。
まだ生きている男達は断末魔を上げ、血を吐き出すが、魔族達はそれすら笑い、男達の体を食べ続ける。
「うめぇ!やっぱり人間の肉が一番美味いぜ!」
「贅沢言えばもっと太い方が良かったけどな!」
ふと魔族達の隙間から、男の一人が成海に向けて手を伸ばす。
「…………だ………だずげ…」
「っ!!?」
自分が先程まで見下し、殺そうとした成海に助けを乞う男だが、直ぐに彼の瞳からは光が失われた。
成海は目の前の惨劇に顔を真っ青にし、ガタガタと体を震わせ、恐怖からボロボロと涙を流し、立っている事もままならず、その場にへたりこんでしまう。
(ば、化け物!化け物!!怖い!恐い!コワイ!コワイコワイコワイコワイ!)
もはやパニック状態に陥った成海の体は、激しく震えるだけ。
耳を塞ぐ事も、目を閉じる事も出来ない。
ただただ…目の前の恐怖に震える事、泣く事しか出来なかった。




