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成海はただ私兵達に手を引かれるまま、走り続けた。
この煙は一体何で、どこまで続いているのか?
向かっている先は本当に安全だろうか?
エリカや絆は無事だろうか?と、様々な不安を抱きながら、成海は走った。
今の成海には、彼女を守ると言った彼等を信じ、ただ走る事しか出来なかったから。
成海の息が切れてきた頃、あの黒い煙は徐々に薄まっていき……煙の全てが消えて視界がクリアになると、四人はやっと足を止める。
ゼーゼーと息を切らす成海とは違い、ヴィクター邸の者達は誰一人として息を乱していない。
彼等は正式な軍の兵士ではないが、ヴィクターやエリカという王族を守る兵士として訓練されている。
成海は知らないが、ヴィクターへの忠誠心が彼等をここまで強くしたのだ。
周辺を見渡す彼等を見ながら、成海もまた後ろを振り返る。
先程まであったはずの黒い煙は綺麗さっぱりと消えており、後方には木々や草花の生い茂る森が広がるだけ。
黒い煙とは違うが、やはり鬱蒼とした森の為、奥の方は暗くて見えない。
人の気配も感じず、声も聞こえない事から、絆や将軍達とは離れてしまったのだと成海は理解した。
「ハァッ…ハァッ……はぁ~……。かなり…皆と……はぁ…離れてしまったみたいですね」
「…………そのようですね」
「人の気配は近くにありません」
「間違いなく……この場には我等三人と姫様だけでしょう」
成海が息を整えながら告げると、三人もまた成海に返答する。
だが彼等の声は……先程のように焦ったものでも、成海を安心させるように優しくもなかった。
ただ淡々と答えるだけの彼等を不思議に思いつつ、成海は呼吸を落ち着かせ今後の事について尋ねる。
「これからどうしまょうか?絆君もエリカちゃんも心配ですけど……戻る訳にもいかないし。かといって…このままここにいる訳にも…」
そう話す成海に三人はゆっくりと同時に振り返る。
何故かその顔には……歪んだ笑みを浮かべて。
「戻る?そんな事はしませんよ」
「えぇ。猛虎将軍からは無事離れる事が出来ましたし」
「我等には邪魔者がいない……今しか無いのですから」
「えっ?それって……どういう」
彼等の言葉に混乱する成海だったが、そんな彼女に向けて……三人は同時に剣を抜いた。
後ろに魔族でもいるのかと、一瞬振り返る成海だが、後ろには魔族も人間もいない。
彼女の後ろには誰もいない。
つまり彼等が剣を向けているのは……間違いなく…成海。
「っ!?な、なにを!?」
「何を?ここまでされてまだ分かりませんか?本当に二番目とは愚か者ですね。自分の置かれた状況すら分かっていない」
「そう言うな。分からないならハッキリ言ってやればいいだけだ」
「姫様。貴女にはここで……死んで頂きます」
「っ!?」
男達が告げた言葉に、成海は息を呑む。
何故?
何故この人達は自分を殺そうとする?
どうして?と。
「おや?まだ分からないといった顔ですね」
「な、なんで私を殺すんですか!私が何したっていうんですかっ!!」
「そんな事をこれから死ぬ貴女が聞いてどうします?我々とて命令を受けただけ。悪く思わないで下さい」
「誰の命令ですか!誰が私を殺したいって言うんですか!」
成海は必死に叫ぶ。
だが彼女の悲痛な叫びを聞き……男達は同時に笑い出した。
「ハハハハハハッ!!誰が貴女を殺したがるか?ですって!?」
「ハハッ!本当に愚か者の姫様だ!」
「ククッ。ここまでくると滑稽だな!笑い過ぎて涙が出てきた!」
馬鹿にしたように…いや、完全に成海を馬鹿にして笑う男達。
(なんで……なんで笑われなきゃいけないの!?なんでこの人達に殺されなきゃいけないっていうの!?私が……私が何したっていうの!!?)
成海はギリギリと歯を食いしばりながら男達を睨む。
彼等とは今朝初めて会った赤の他人であり、言葉を交わしたのもあの黒い煙の中で助けて貰った時が初めて。
今となっては助けて貰った訳ではなく、わざと成海を絆達から引き離しただけだったようだが。
ひとしきり笑うと、男の一人が口を開く。
「ハハッ!あぁ、そうですね。時間も無いので手短に教えてあげますよ。貴女を殺せと命じたのは旦那様……宰相補佐のヴィクター様です」
「ヴィクターさんが!?なんで!?ヴィクターさんはエリカちゃんの!…っ!!?」
成海は『お父さん』と言葉を続けるつもりだった。
言葉が途中で途切れたのは……気づいてしまったから。
自分が殺されれば……このまま自分が死ねば…誰が一番得をするのか、を。
言葉を失い真っ青になる成海に代わり、男達は成海が告げるはずだった言葉を口にした。
「そうですよ。ヴィクター様はエリカお嬢様の父君。そしてお嬢様は……そう遠くない未来、王妃となられるはずでした。第二妃ではなく、ね」
「それも全てが…姫様、貴女のせい。二番目である貴女が現れたせいで、エリカお嬢様は王妃という座を奪われた。父として許せるものではないでしょう?」
「当然、我等とて許せぬこと。王妃には誰よりも美しく、聡明で、民を思いやり、気品溢れるエリカお嬢様こそ相応しい。貴女のような愚か者の二番目ではなくね」
「だから…ヴィクターさんは……私を?私に…いなくなってほしいから?……死んでほしいから?」
震える唇でやっと言葉をつむぐ成海だったが、そんな成海に…男達は非情な言葉を投げつける。
「逆に聞きましょう。『二番目』である貴女が死んで…誰が悲しみます?貴女が死んで困る者がこの世界にいるとでも?」
「いるはず無いでしょう?『二番目』はこの世界にとって不要の存在。『二番目』が死んで喜ぶ者はたくさんいます。悲しむ者は………ふっ。想像すら出来ませんね」
「誰も彼もが、貴女にいなくなってほしい。いっそ死んでほしいと願っているのですよ。言われた事はありませんか?」
そう男達に問われ、成海の脳裏には女王や猛虎将軍、使用人やメイド達の姿が一斉に浮かんだ。
女王はいつも自分に嫌悪感を露わにしていた。
猛虎将軍は絆の剣術稽古は認めても、自分の稽古は『遊び』だと言い切った。
使用人やメイド達はいつも自分を馬鹿にしていた。
一方的に嫌われ、邪魔者扱いされ、悪口や陰口を言われ続けた。
成海はこの世界に来てから、何度も、それもたくさんの人間に言われてきた。
『二番目なんかいらない』と。
『この世界の誰も二番目なんか必要としていない』と。
それを誰よりも知っているのは……二番目である成海本人。
「私は…二番目だから……誰も私を………いらない?」
力なく項垂れる成海だったが、男の一人は……更なる追い討ちを…成海を絶望へと突き落とす言葉を放った。
「そうですよ。この世界の誰もが貴女を必要としていない。死んでほしいと望んでいるのです。私達も、女王陛下もヴィクター様も。そして……エリカお嬢様もです」
「っ!!?」
最後にあげられたこの世界唯一の友人の名前に、成海はバッ!と顔を上げる。
「………エリカ…ちゃんも?」
驚愕に染まったその黒い瞳から……涙が一筋流れた。




