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エリカから発せられたそれは、彼女の本心ではない。
綺麗に聞こえるだけの、嘘で塗り固められた言葉。
しかしその上辺だけの言葉が…今の成海には何よりも嬉しい言葉だった。
今まで女王やメイド達から一方的に嫌われていたからこそ…昨日の件でエリカにまで嫌われてしまったかも、と恐れていたからこそ。
エリカが自分に笑顔を向け『友人』と言ってくれたのが…心の底から嬉しかった。
成海は目に涙を溜めながら、安堵と喜びが混じった満面の笑みをエリカへと向ける。
そして両手でエリカの手を握りしめると、自分の中にある喜びの感情を、エリカへの感謝の言葉を口にした。
「っ!?ありがとう!ありがとうエリカちゃん!私もエリカちゃんが友達で!すっごく幸せだよ!!」
エリカとは違い、これは成海の嘘偽りない本心。
そんな成海に応えるように、エリカもまた美しい微笑みを成海へと返す。
「まぁ、姫様ったら。お礼を言うの は…わたくしの方ですのに。姫様がこの世界に来て下さったこと、わたくしと友人となって下さったこと…その全てが幸せです。わたくしは姫様に…心から感謝していますわ」
「エリカちゃん…」
エリカの言葉を疑いもせず、ただただ喜ぶ成海。
今の成海は、エリカが話す度に幸福感が胸に、心に満ちていた。
成海は知らない。
エリカがどんな気持ちで成海を『友』と言ったのか。
エリカが何故…自分を傷つけた成海を、自分の立場を奪おうとしている成海を、平然と友として受け入れようとしているのか、を。
ただ純粋に自分の言葉を信じ、受け入れ、喜ぶ成海に…エリカは心の中でのみ本音を告げた。
(ご安心下さい、姫様。……今だけは、姫様や絆様の望む、心優しいご友人を演じて差し上げますわ。だって…)
これから訪れるであろう未来…自分の望む未来を思い浮かべ、エリカの笑みは自然と深くなる。
(どうせ貴女は…いなくなるんですもの。お父様なら必ず、そうして下さいますわ。わたくしの為に。ですから…)
エリカはそっと、自分の片手を包む成海の両手にもう片方の手を乗せた。
「姫様。わたくしは姫様を友としてお慕いしております。ずっとずっと、わたくしとお友達でいて下さいませ」
「うん!ずっとずっと!お友達でいようね!エリカちゃん!」
ニコニコと満面の笑みで友情を誓い合う二人の少女。
それは誰の目から見ても、美しい友情であり、二人は親友としてしか映らない。
女王だけでなく、城の人間達からも信頼の厚い…誰よりも美しく、優しく、完璧な淑女であり、王族の娘としても申し分のないエリカ。
そんなエリカが目の前の女の…自分を友と呼ぶ少女の破滅を望んでいるなど…誰が想像出来るだろう?
(貴女がいなくれば…王妃の座も、絆様もわたくしのもの。あぁ…早くいなくなって下さいませ。わたくしの目の前から…この王都から…この世界から…)
成海がいつかいなくなる未来。
そんな未来を想像し心躍らせるエリカ。
エリカにとって成海とは…もはや邪魔な存在であり、心の底から嫌いな相手へと成り下がっていた。
エリカがそんな成海と友情ごっこを演じる理由は一つ。
成海と仲良くしていれば…誰の目からも親友として振舞っていれば、自分の評価が更に上がると知っているから。
そして成海がいなくなった未来で…エリカが悲しむ素振りをすれば、きっと多くの者が彼女を心配し、同情してくれるだろう。
そんな心優しいエリカを…誰もが成海の代わり…絆の王妃として認めるだろう。
絆は成海を失い悲しむだろうが…同じように悲しむ自分に寄り添い、きっと自分を心から必要としてくれる。
そえすれば…成海の事などいつか忘れて…自分だけを愛してくれる、と。
幸い、成海はエリカにとても好意的だ。
成海がエリカを疑う事はない。
この世界に来てから女王や使用人達に拒絶され、軽視され続けた成海にとって、偏見なく優しく接してくれたエリカという存在は…かけがえのないものだったから。
成海がエリカを心より慕い、必要としている事を、エリカ本人は見抜いていたからだ。
だからこそ…今は自分にとって邪魔者でしかない成海を利用しようと決めた。
そんなエリカの企みなど全く知らない成海は、『あ!』と何かを思いついたように声を上げる。
「そうだ!友達なんだし…エリカちゃんには私を名前で呼んで欲しいな!」
「お名前…ですか?では、今後は『成海様』と」
エリカの言葉に成海はフルフルと首を横に振った。
「あ、ううん。違うんだ。今まで言いそびれてたけど『成海』は私の苗字。ファミリーネームだよ」
女王には名前を告げる前に言葉を遮られてしまったし、元の世界からの友人である絆も『成海』呼び。
その為、彼女の名前は既に『成海』で定着していたが…やはり友には名前で呼ばれたいらしい。
「私の名前はね…」
成海が自分の名前をエリカに告げようとしたその時…。
「あ!成海さーん!エリカー!!二人ともまだ城にいたんだ!」
回廊の奥から、絆が手を振りながら成海とエリカに向かって走ってくる。
成海はまた邪魔をされたと頬を膨らませ、エリカはそんな二人を見てクスクスと小さく笑みを漏らした。
絆が自分達の元に来ると、成海はやれやれと溜息をつき、絆へと声を掛ける。
「絆君。陛下のお話は終わったの?」
「うん。終わった……よ…」
「絆君?」
「絆様?どうされました?」
何故か言葉の途中で成海とエリカをまじまじと見つめ、段々と顔を赤く染めていく絆。
成海とエリカが自分を心配している様子を見て、絆は頭をポリポリと掻きながらボソボソと小声で呟く。
「な、なんか…変な感じ…だよね。二人が俺の…お、奥さん…なんてさ。ハハ…」
照れたように笑う絆だが、今の彼の発言は成海もエリカもちっとも笑えない言葉だった。
成海は王妃になどなりたくもないし、エリカも絆の妻の座を成海と分け合うつもりなど到底無かったからだ。
一瞬でこの場の…特に女子二人の空気が凍りついたことにすら気づかないのは、この脳天気な王位継承者…絆だけ。
「お、俺もビックリだよ!いきなり成海さんと!しかもエリカとも結婚だなんてさ!俺まだ17なのに!それに一度に奥さんが二人って…で、でもさ!俺って次の王様だしさ!そういうの…この世界じゃ普通なのかな!って!」
なんともデリカシーの欠けらも無い、それどころか考え無しの発言に成海は絆に対して苛立ちが募る。
どうして自分はこんなにも悩み苦しんでいるのに…絆ばかりは脳天気でいられるのだろう、と。
今、その話題はしたくないと…どうして気づいてくれないのか。
絆はどうしてこんなにも簡単に、自分達との結婚を受け入れられるのか?
その神経が…絆の心が…成海には理解出来ない。
「ちょっと絆君」
「そういえば絆様。以前、姫様はとても歌がお上手だとわたくしにお話して下さいましたね」
我慢出来なくなって一言物申そうとした成海の言葉を、今度はエリカが遮る。
エリカは絆に話しかけながらも、成海に向けてウィンクをした。
エリカが上手く話を誘導しようとしていると気づいた成海は、更にエリカを好きになりその話に乗る事にした。
「え?絆君、そんなこと言ってたの?」
「そうだっけ?でも成海さんが歌上手いのは本当だよ!」
「まぁ!やはりそうなのですね!わたくし是非とも!姫様のお歌…一度聞かせて頂きたいですわ!」
その場は成海の歌について盛り上がり、三人はいつも絆が将軍に稽古をつけてもらう庭園へと移動する。
そしてエリカと絆がベンチに座ると、成海はコホン…と咳払いをして、かつて親友と作った歌を口ずさんだ。
『 この世に生まれたその時に
きっと全てが決まっていた
貴女を愛するということ』
静かに…優しく歌う成海を見つめるエリカ。
目を閉じて成海の歌声に酔いしれる絆。
そして
三人からはわからない、遠くの茂みから…あのキースが成海を見つめていた。




