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エリカから聞こえた『大切な友人』という言葉に、成海はピタリと動きを止めた。
(エリカちゃん…まだ私を…好きでいてくれてる?本当に?私の聞き間違いじゃない?)
成海は心の中でのみエリカに問い掛ける。
言葉として口から出なかったのは、声に出さなかったのではなく…出せなかったから。
その言葉を素直に嬉しいと感じつつも、自分の心が都合よく聞き間違えたのではないか?とも思ってしまう。
頭を下げ、それ以上何も答えないエリカに、成海は再度彼女に頭を上げるように声を掛けようとした。
エリカにそっと手を伸ばして。
その時…成海の視界の隅には二人のメイドの姿が映る。
彼女達は成海の陰口を…いや、本人にも聞こえるように悪口を言っていた、あの二人のメイドだった。
彼女達は成海とエリカを見て、声を潜めることも無く、いつものように成海への悪口を話している。
口元に手を当てて隠そうとはしているが、その声は成海の耳にもハッキリ届く程の大きさだった。
「うわ、見てよアレ。エリカ様に頭下げさせるとか何様なの?」
「知ってるでしょ?あの方は素晴らしく無能で不要な姫様よ。ホント…人に嫌な思いさせるのだけはお上手ですこと」
「しかも何?あの手。まさか…エリカ様を叩くつもり?今までも影でエリカ様をいじめてたんじゃない?」
「あんな人にいじめられて…エリカ様、かわいそう」
わざと成海に聞こえるように話すソレは、確実に悪意の固まり。
確かに、傍から見れば成海がエリカを叱責している…もしくはいじめているように見えるかもしれない。
そうだとしても、メイド達の言葉も態度も、ただの使用人として有るまじきこと。
しかし彼女達の中で、成海は『二番目』という理由から圧倒的に悪者であり、エリカはそんな悪者にいじめられる被害者…かわいそうな令嬢である。
ただの使用人がこれだけ主人に暴言を吐けるのは、成海が『二番目』だからであり…逆を言えばそれだけの理由。
この世界では今までの歴史から『想造世界から二番目に来た者』は、争いの元であり、無条件で嫌われる存在。
自分達が感じる嫌悪感を成海にぶつける事は、彼女達の中で勝手に正当化されていた。
この世界の人々の気持ち…それを自分達は代弁しているのだ、と。
今もそうだ。
彼女達はエリカを心底かわいそうと思い、成海を心底嫌っているからこそ、平然と姫に対して暴言を口にしている。
何度となく向けられた自分への非難の目、暴言に…成海は悔しさと苦しさ、そして悲しさでギュッ…と唇を噛み締める。
エリカへと伸ばしていた手を引くと、成海は俯き、溢れそうになる涙を必死で堪えた。
しかし…エリカの方は違った。
今まで動こうとしなかったエリカは、急に頭を上げたかと思うと、成海には目もくれずメイド達の方へと向かった。
「エリカ…ちゃん?」
自分を呼ぶ成海の声には答えず、エリカはコツコツとヒールを鳴らし、大股で、それも早足でメイド達へ歩いていく。
その姿は、いつもの完璧な淑女らしいエリカからは想像もつかない。
成海が呆然としている間も、エリカは歩みを止めずに進んでいく。
メイド達はエリカが近づいてくるのに気づくと、エリカに向けて深々と頭を下げた。
エリカはメイド二人の前に行くと、ピタリとその足を止める。
そして静かに…メイド達を問い詰めた。
「貴女方は……この城のメイドですか?」
「さようにございます。エリカ様」
「わたくし共に御用でしょうか?何なりとお申し付けください」
エリカに対しては恭しく、成海の時とは雲泥の差の態度をとるメイド達。
そんなメイド達にエリカは冷たく言い放った。
「えぇ。不愉快ですので、わたくしと姫様の前から消えて下さいな。今すぐに」
「……え?」
「あ、あの…エリカ…様?」
吐き捨てられるように告げられた言葉に驚き、メイド達が恐る恐る顔を上げると…そこには美しい顔を怒りに染めたエリカの顔。
「先程の言葉はなんです?貴女方はメイド…使用人でしょう?それなのに…使用人風情が、姫様を罵る言葉など…口にしていいと思っているのですか?」
「い、いえ、それは…。ですが!姫様は二番目ですし!」
「そ、そうです!それにわたくし達は!エリカ様を心配して!」
「わたくしを免罪符に使わないで頂きたいですわ。二番目だから何だと言うのです?姫様はこの世界にとって女王陛下、そして絆様の次に尊いお方。そして何より…わたくしの大切なご友人です」
堂々と成海との友情宣言するエリカに、成海とメイド達は言葉を失う。
成海の方は今度は感激で涙が溢れそうになっていた。
口元に手を当て、潤む目で自分の為に怒るエリカを見つめる成海。
しかしメイド達はただ呆然としているだけ。
言葉にせずとも、彼女達のその顔は『信じられない』と物語っていた。
そんなメイド達を放って、更にエリカは言葉を続ける。
「姫様への無礼を、わたくしは許しません。えぇ、決して許せるものではありませんわ。貴女方は『姫様を不要』とおっしゃいましたが、姫様を軽んじるメイドこそ、この城には不要です。今回の件はしっかりと、メイド長と父に報告致しますので」
冷たく言い放つエリカに、やっとメイド達は事の重大さを知る。
メイド達にとって『二番目』である成海は嫌悪する存在であり、見下し、馬鹿にする対象に過ぎない。
だがその『二番目』を友人だと言うエリカは、宰相補佐の娘であり、古の王族の一つリスク王家の娘。
何より女王陛下のお気に入りであり、彼女からの信頼も厚い。
そのような娘を怒らせ、自分達にどのような罰が下されるか…。
メイド達はエリカが本気で怒っていると知り、慌てて頭を下げて懇願した。
「え、エリカ様!申し訳ございませんでした!」
「ど、どうかお許し下さい!エリカ様!」
保身の為…自分達可愛さの為、必死に頭を下げ、許しを乞う二人のメイド。
その姿を見てエリカの眉間には皺が寄る。
「貴女方は…どなたに謝るべきかも、わからないのですか?謝罪の言葉、許しを乞う言葉を向けるのは、わたくしではありません。それに頭を下げるだけで…許されるとでも?」
エリカのその言葉聞き、メイド達は揃って頭を上げると、そのまま成海に向けて駆け出し、彼女の前で勢いよく土下座をした。
「姫様!申し訳ございまさんでした!」
「どうかお許し下さい!お許し下さい!姫様ぁ!!」
「あ、あの!頭を上げて下さい!立って下さい!服が汚れちゃいます!」
「姫様!どうか私達をお許し下さい!」
「お願いします!許して下さい!姫様!お願いします!!」
成海の言葉などまるで耳に入らず、ひたすら土下座をする二人のメイド。
もはやそれは許しを乞うているだけで、謝罪からは離れているようにも感じる。
だが成海の言葉など最初から決まっていた。
「ゆ、許します!謝ってくれたんでもういいです!だから頭を上げて下さい!」
オロオロしている成海の元に、エリカはゆっくりと近づき声を掛けた。
「姫様からのお許しが出たようですね。ならばわたくしも、これ以上は何も申しません。今回は目を瞑りましょう。メイド長と父への報告はしないでおきます」
「っ!?エリカ様!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「この御恩は忘れません!ありがとうございます!エリカ様!」
「ですから、礼を言う相手が違うと……はぁ…もういいですわ。下がりなさい」
「「はいっ!!」」
呆れ果てたエリカの言葉に、メイド達は急いで立ち上がると、バタバタとその場から去って行った。
残された成海とエリカ。
エリカは心配そうに成海を見つめると、申し訳なさそうに口を開く。
「姫様…まさか今までも…あの者達に?」
「あ…あはは。仕方ないよね。私は…二番目だから、さ」
片手を頭に当て、作り笑いをしながら肯定も否定もしない成海だが、その言葉こそ肯定だった。
そんな成海の手を取ると、エリカはそっと自分の両手で包む。
「エリカちゃん?」
「姫様はずっと…苦しまれていたのですね。悲しい思いを…されていたのですね。それにすら気づかず…わたくしは…」
「そ、そんな!エリカちゃんが気にする事じゃないよ! 」
段々と声が小さくなり、俯いていくエリカを元気づけるよう、成海は声をかける。
そんな成海の声を聞きながら…エリカは無表情で地面を見つめていた。
(姫様…あの者達の言う通りですわ。貴女はこの世界にとって…わたくしにとって、必要のない存在です。でも…絆様にとっては…違う)
成海を見つめる絆の顔を…とろけるような笑顔や愛しげな眼差しを思い出し、エリカはギリ…と奥歯を噛み締めた。
(絆様にとって…姫様は大切な想い人。姫様を嫌い、姫様を遠ざければ…絆様までわたくしから離れてしまう。ならば今は…)
エリカはゆっくりと顔を上げると、美しい微笑みを成海へと向けた。
「姫様は…本当にお優しい方ですわね。心優しい姫様とご友人となれて…わたくしは幸せですわ」




