13
その頃、先に謁見の間を出された成海とエリカは、城の長い回廊を二人並んで歩いていた。
お互い無言のまま。
一言も話すことなく。
成海はこの空気を気まずいと感じつつも、昨日のこともありエリカに声をかけられずにいた。
(エリカちゃん…何も言わない。…何も言ってくれない。……昨日のこと…まだ怒ってるの?)
隣を歩くエリカの横顔をチラリと見る成海。
ただ歩いているだけだというのに、気品漂うエリカの姿はまさに淑女そのもの。
(やっぱり…誰が見ても王妃に相応しいのは…エリカちゃんだよ。……私じゃない)
エリカの美しさは、外見だけではない。
彼女は王族の娘としての気品さを持ち、聡明で礼節を重んじる。
女王からの信頼は勿論、城の使用人達からも慕われ、信頼されている。
誰の目から見ても非の打ち所のない淑女。
エリカは成海が知る誰よりも『姫』と呼ばれるに相応しく『王妃』という地位に相応しい少女。
多くの者に慕われ、多くの者に必要とされているエリカは…成海とは何もかもが違う。
自分とは何もかもが違うエリカだったが……成海はエリカが好きだった。
成海がエリカに惹かれたのはその外見でも、聡明さでも、気品漂う姿でもない。
成海が惹かれたのは…エリカの優しさだった。
この世界では誰もが『二番目』という理由だけで自分を毛嫌いしている。
しかしエリカは……エリカだけは違った。
彼女はいつでも、こんな自分に礼儀正しく、優しく接してくれた。
昨日の会話で、初めて会った時にエリカから睨まれたと感じたのは成海の思い違いなどではないとわかった。
それでも…成海はエリカと共に過ごした日々が楽しかった。
絆もエリカと同じように、この世界に慕われているが…決定的に違う。
いつも自分のことばかりで、『二番目』である苦悩を知ろうともしない絆とは違う。
エリカはいつでも成海に優しく、共に笑い、共に学び、時には厳しい言葉で指導してくれた。
そんなエリカを…そんなエリカだからこそ、成海は彼女を好きになった。
この世界で唯一心を許せる友達として…成海はエリカが好きだった。
(私は…エリカちゃんが好きだよ。エリカちゃんは大事な…大切な…この世界でたった一人の友達。…それなのに……。エリカちゃんも…エリカちゃんまで…私を嫌いになっちゃうの?)
エリカまでもが自分を嫌ってしまう。
たった一人の心を許せる友までも自分から離れてしまう。
そんな自分の想像に成海は突発的に首を激しく横に振った。
(そんなの絶対嫌!エリカちゃんにまで嫌われるなんて!そんなの耐えられない!そんな事になったら……本気でもう…この世界で生きていけない!)
そう思った瞬間、成海の心からの叫びは、ついに言葉として彼女の口から飛び出る。
「エリカちゃん!」
「っ、は、はい!如何されました?姫様」
成海から急に名前を呼ばれ、エリカも驚いたように成海へと返事をした。
二人は自然と立ち止まり、お互いを見つめる。
先に動いたのは、やはり成海の方だった。
成海は勢いよく、エリカに向けて自分の頭を深く下げる。
「エリカちゃん!ごめん!」
「………姫様?」
「私っ!私…昨日エリカちゃんに酷いこと言ったよね!私達友達なのに!エリカちゃんの気持ちなんて何も知らないで…傷つけて…嫌なこと言って!本当にごめんなさい!」
昨日エリカに吐露したのは紛れもない成海の本心だった。
『姫なんてもう嫌だ』と。
『王妃になんかなりたくない』と。
それは成海の心からの叫びでもあった。
だが、それが原因でエリカと不仲になるのは…エリカとの友情が終わることは、成海にとって何より辛く耐えられない。
成海はエリカへ頭を下げながら、必死に自分のスカートを強く握り締める。
(嫌だ。エリカちゃんが離れるのは…エリカちゃんにまで嫌われるのは…絶対に嫌だ!)
エリカまで離れてしまえば、自分の味方は本当に誰もいなくなってしまう。
自分はこの世界で一人ぼっちになってしまう。
だからこそ……このままエリカとの友情が崩れてしまうのは…成海には耐えられなかった。
こぼれそうになる涙をなんとか堪えるが、それでも成海の体は小刻みに震える。
また昨日のように拒絶されたら?
恐怖と不安で震える体は、一向に収まる気配はない。
すると、成海の頭上から柔らかい声が響く。
「姫様…どうかお顔を上げて下さいませ」
「…………え?」
頭上から掛けられた声に成海が恐る恐る顔を上げると、そこには誰もが見惚れそうな美しい…しかし何処か困ったように微笑むエリカの姿。
「謝るのは……わたくしの方ですわ。姫様ではありません」
「……エリカ…ちゃん?」
エリカの言葉に困惑する成海だったが、次のエリカの行動で更に成海の頭は混乱することになる。
エリカはスッ…と目を伏せると、成海のように深く頭を下げる。
同じ動作だというのに、やはりエリカの所作は一つ一つが美しい。
急なエリカの行動に頭が追いつけず固まる成海だったが、エリカは構わず言葉を発した。
「わたくしは昨日、姫様に大変な無礼を働きました。あのような暴言…淑女として、姫様に仕える者として到底許されるべき事ではありません。それどころか傷心の姫様にお気を使わせてしまうなど…。本当に…申し訳ございません」
「そんな!エリカちゃん!エリカちゃんは何も悪くない!頭を上げて!」
自分と同じように深く頭を下げ謝罪するエリカの姿に、成海の心は更に締め付けられるように傷んだ。
また自分はエリカを追い詰めたのか?と。
だが次に発せられたエリカの言葉で、成海の心はまた激しく揺れることになる。
「いいえ。わたくしが悪いのです。わたくしの罪…それは姫様への無礼は勿論……大切なご友人を深く傷つけてしまったことですわ」
「…………え?」




